六十四卦 意味・読み方
風水渙|意味・卦辞爻辞解説(ふうすいかん)
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。
引
風が水面を分けるように詰まりを吹き払い、散らしたあとで人心を中心へ戻す卦です。
卦象と卦名
渙は上卦が巽で風、下卦が坎で水です。風が水の上を渡ると、水面は波立って分かれます。鬱結は風に吹かれて開き、険阻は水に流されて通る、そういう象です。渙の第一の意味は散です。水は分かれて流れ、風は四方へ広がり、古い詰まりや固まりが開かれます。
卦の中心的な意味
ただし渙は、流してしまうだけの卦ではありません。卦辞は「渙は亨る。王有廟に假る。大川を渉るに利あり。貞に利あり」と言います。散乱が亨るのは、険を散らしたあとに、宗廟の誠、共同の本、正しい道があって、散った人心をもう一度収められるからです。
坎は水で、水が散れば多くの流れに分かれます。巽は風で、風が散れば四郊へ行き渡ります。風と水が出遇えば、水は長く留まらず、風も跡を残しません。それが渙です。散るだけなら、ただの流失にすぎません。険を散らし、鬱を散らし、邪を散らして、そのうえで廟へ帰り、正へ帰るなら亨ります。
向いている問い
渙を得たときは、疎通、解散、分流、危険からの離脱、詰まりの整理に向きます。関係なら誤解を解いて信頼を立て直し、組織なら古い小集団を解いて共同目標を立てます。身体なら鬱結を通し、事業なら財貨と情報を流通させます。
渙は塞ぎ込む卦ではありません。まず詰まった所を通す卦です。
卦辞
散らすだけで終わらせません。帰る中心を立ててこそ、大きな険も渡れます。
原文
渙:亨。王假有廟、利渉大川、利貞。
書き下し文
渙は亨る。王有廟に假る、大川を渉るに利あり、貞に利あり。
現代語訳
渙は通じます。王が宗廟に至ります。大川を渡るのに利があります。正しさに利があります。
卦辞の読み解き
散ったものを正しい中心へ戻し、大きな難を渡れば通じます。卦辞の骨はそこにあります。
渙が亨るのは、難を散らし、険を釈くからです。難が散れば道理は平らかになり、険が解ければ人心は通じます。渙でいちばん恐ろしいのは、人心も組織も財用も信頼も散ってしまったのに、それを収束させる中心がないことです。
「王有廟に假る」とは、王者が宗廟に至り、精誠によって祖考や鬼神に感通することです。宗廟は古代の共同の根本であり、散った人心を本へ帰らせる場所でした。今の言葉にすれば、共同の信念、共同の目標、共同の制度、共同の記憶がこれに当たります。
「大川を渉るに利あり」とは、渙が家の中で道理を語るだけの卦ではなく、大きな険を渡る力を持つということです。坎は大川、巽は木で、舟楫の象があります。散乱の局面でも中心を立て、舟楫を備えるなら、険を渡って難を越えられます。
実際の読み方
組織がばらけ、家庭が不和になり、関係が冷え、案件が乱れた時、散るなと叫ぶだけでは足りません。
まず詰まりを開き、そのうえで、みなが何へ帰るのかを問います。廟がなければ、散ったあとに帰る所がありません。舟がなければ、散ったあとに険を越えられません。正がなければ、散ったあとはただ流れて失われるだけです。
彖曰
剛は険のなかで窮まらず、柔は外で上に順います。だから散乱が疎通へ変わります。
原文
渙、亨。剛来而不窮、柔得位乎外而上同。王假有廟、王乃在中也。利渉大川、乘木有功也。
書き下し文
渙は亨る。剛来りて窮まらず、柔位を外に得て上と同じくす。王有廟に假るとは、王乃ち中に在ればなり。大川を渉るに利ありとは、木に乘りて功有ればなり。
現代語訳
渙は通じます。剛が来て窮まらず、柔が外で位を得て上と同じくします。王が宗廟に至るとは、王が中にあることです。大川を渡るのに利があるとは、木に乗って功があることです。
彖伝の読み解き
中心があり、通るための道具があれば、散乱のなかでも難は渡れます。彖伝はその条件を並べています。
序卦伝は「兌は悦なり。悦びて後にこれを散ず、故にこれを受くるに渙を以てす」と言います。人心が悦んだあとにこそ、鬱結を散らすことができます。散ったあとに、新しい亨通が生まれます。渙が兌の後に来るのは、楽しみが終わって散会するという意味ではありません。悦びによる通達を使って険難を解くということです。
「剛来りて窮まらず」は、坎中の剛爻が乾から来て、水が長く流れて尽きないような象です。「柔位を外に得て上に同じ」は、巽柔が外にあり、風に順って行き、上と同心になる形です。剛は険中にあっても窮まらず、柔は外で上に順います。だから険難を散らせるのです。
これはそのまま人事にも当てはまります。一身で胸が通らなければ病が生じ、意気が伸びやかでなければ争いが起こります。家で内外が隔たれば弊が生まれ、上下が塞がれば乱が起こります。渙じることができれば、雲霧が風を得て散り、溝渠が水を得て通り、疑いは氷のように解けます。
実際の読み方
渙が問うのは、誰が誰を押さえるかというより、どこが流れていないかです。意思疎通が通らなければ関係はこじれ、金や貨物が通らなければ経営は傷みます。気血が通らなければ身体は病み、上下が通らなければ組織は乱れます。
渙の手立ては、投げ出すことにはありません。ほぐし、通し、分け、そして帰らせるところにあります。
象曰
散らしたあとに何が残るか。共同の敬いと本があれば、人心はそこへ戻ります。
原文
風行水上、渙、先王以享于帝立廟。
書き下し文
風の水上を行くは渙なり。先王以て帝を享し廟を立つ。
現代語訳
風が水の上を行くのが渙です。先王はこれを見て帝を享し、廟を立てます。
象伝の読み解き
象伝の教えは、散る時ほど共同の敬いと帰るべき本を立てるところにあります。
風はもともと形がありません。水に遇って初めて波として見えます。鬼神も無形ですが、廟に入ると彷彿として見えてきます。集まれば有るものとなり、散れば無いものになります。だから先王は、大難がようやく定まって人心のまだ安んじない時に、帝を享し廟を立て、誠敬によって散乱した心を集めました。
物は天を本とし、人は祖を本とします。帝を享するのは天地生成の恩に報いること、廟を立てるのは祖考功徳の盛に報いることです。天下の人に尊ぶべきを尊ばせ、親しむべきを親しませ、その本を忘れさせなければ、人心は風に随って流れ散りません。
これは宗教形式だけの話ではなく、人心をまとめる仕組みの話です。災後、乱後、分裂後に、人は命令だけで集まり直せるでしょうか。共同の記憶、共同の敬い、共同の礼法が要ります。自分たちがどこから来て、どこへ向かうのか。それを知っていることが要ります。
実際の読み方
再編でも、家庭の和解でも、組織の転換でも、地域の災後復興でも、それぞれの廟が要ります。規約、使命、家訓、儀式、記念、共同目標のどれであっても、呼び名は問いません。
渙散したあとに共同の中心がなければ、人はすぐまた散ります。散らすことと、帰る所を置くことは一組です。
占断
流すものと守るものを分けます。詰まりは散らし、中心は散らしません。
総合的な占意
渙では区別が大切です。険を散らすのはよく、本を散らすのはいけません。小集団の閉塞を散らすのはよく、共同の心を散らすのはいけません。鬱滞を散らすのはよく、財を無度に散らすのはいけません。渙には方向が要ります。散らすのは詰まり、守るのは中心です。
項目別の占断
- 時運と解消:滞りをほどく機会があります。恐れ、隔たり、閉じた小集団を解いてから、共通の中心を築き直します。
- 戦いと行動:水路や船を用いる動きに向きます。危険では信頼できる力を借りて早く離れ、各自がばらばらに戦うことは避けます。
- 経営と功名:資源が流れ、助けを得られれば利益と評価につながります。情報と方針を広く行き渡らせます。
- 婚姻と家宅:人心を落ち着かせ、共通の信念を取り戻してから、関係と家庭を結び直します。
- 病と失せ物:古占は病を重く見ますが、実際には必ず速やかに医師にかかります。失せ物は散って遠ざかり、見つけにくい象です。
六爻の要点
- 初六:険の初めに強く頼れる助けを借りて離れれば、早いほど吉です。
- 九二:散乱のなかで頼れる足場へ急いで寄れば、心が定まり悔いも消えます。
- 六三:自分だけを守る執着を手放し、外の助けと大局へ向かうので悔いはありません。
- 六四:閉じた小集団を解き、より大きな共同体へ組み直せば大吉です。
- 九五:中心から明確な方針を発し、全体の詰まりを解けば、主位に咎はありません。
- 上九:傷と恐れを遠ざけ、危険から十分に離れれば咎はありません。
実際の読み方
関係が張りつめているなら、まず感情の詰まりを散らし、そのあとで信頼を立て直します。組織に内輪もめがあるなら、小集団を解いてから共同目標を立てます。資金が詰まっているなら、流れを戻すのが先です。
渙の処方は、疎通してからもう一度まとまることにあります。
初爻
険に落ちかけたら、強い馬を借りるように、頼れる助けへ素直に乗ります。
原文
初六:用拯馬壮、吉。
書き下し文
初六、用いて拯う、馬壮んなれば吉なり。
現代語訳
用いて救います。馬が壮んなら吉です。
爻辞の読み解き
初六の吉は、強い馬のような力を借りて早く救われるところにあります。
初は坎険の下にあり、危険に陥り始めた人に当たります。坎のなかに落ちたら、まず必要なのは救援です。初六は九二に近く、九二は乾の気を得ています。乾は馬であり、乾健なので馬は壮んです。初六が九二の力を借りれば、壮馬を借りて険を脱するようなものです。
象伝は、初六の吉は順にあると言います。初はもともと坤体で、坤は順です。乾健の救いを素直に受けるから吉になります。危険が起こったばかりの時に、強がって自力で抜け出そうとせず、信頼できる援助に従う。そのほうが危険を脱しやすくなります。
実際の読み方
時運は険難が多いものの、救援に遇って危から吉へ転じます。戦いは初めて陣に臨む形で、優れた馬や速い機動で囲みを解きます。経営は資本が薄くても、同僚の助けで利を得ます。
功名は馬運に遇えば成ることがあります。家宅は新築で、禄馬が向きに臨む象です。病は急な手当てが要り、良医を得れば吉です。行人は駅馬すでに動いていて、その日のうちに帰ることがあります。
高島の占例
友人が気運を問うたところ、渙が中孚に変じる初六が出ました。高島は、この人の時運は困難のただ中にあり、坎険へ身を陥れたようで、一時は自力で抜け出しにくいと読みました。ただし幸いに友人の救援へ頼れば災厄を脱することができます。友人の言葉に従えば、凶を吉へ変えられます。その友が馬年生まれ、または馬姓であることも、馬壮の象に暗合するかもしれないと付け加えています。
二爻
散り散りの時に走って寄れる几があるなら、悔いはそこで消えます。
原文
九二:渙奔其机、悔亡。
書き下し文
九二、渙れて其の机に奔る、悔亡ぶ。
現代語訳
渙の時、その几へ奔ります。悔いは亡びます。
爻辞の読み解き
散乱のなかで頼るべき支点へ急げば、それだけで悔いは消えます。
机は几に通じ、廟中の神几を指します。広く、頼れる中心や支点とも読めます。散乱の時に人がいちばん恐れるのは、依る所がないことです。九二と九五はともに陽なので正応にはなりませんが、二と五という位の関係から、九二が上の正位へ奔る象を取り、願いを得て悔いが消えると読みます。
高島の読みは、これを「王有廟に假る」とつなげます。王が廟中にあって神明と交わり、散った人心は誠敬によって帰る所を得ます。九二はまさに、乱れ散るなかで廟几を見つけ、頼れる所を得る爻です。
実際の読み方
時運は願いに順い、災いも悔いも消えます。経営は貨物輸送や貿易に頼る所があり、償いを得ます。功名は所願を遂げることがあります。
戦いは敗れて奔っても拠る所を得て、回復を図れます。婚姻は女が年長で男が若い象があり、木水相生です。病は鬱々として楽しめない状態が、良医によって解けます。
高島の占例
梔尾某が土地抵当の買戻しをめぐって華族と争い、代言人や壮士に頼ったことから危険が生じて、高島に処置を問いました。得たのは渙が観に変じる九二です。内卦の坎は険、外卦の巽は臨機の変であり、二と五はともに陽なので正応ではなく、位のうえで対しているだけです。だから外へ逃れ、機転の利く人に処置を任せれば悔いはない、という断になりました。
三爻
身を守る執着を先に散らすと、かえって険から抜ける道が開きます。
原文
六三:渙其躬、無悔。
書き下し文
六三、其の躬を渙らす、悔なし。
現代語訳
その身を渙らします。悔いはありません。
爻辞の読み解き
躬は自分の身です。三は坎険の極にあり、深く険へ陥っています。上には巽風があり、水は風に随って動き、木は水に浮きます。三の志は外にあり、外の力を借りて険から出ようとします。この時、自分の身だけを顧みれば、かえって抜け出しにくくなります。身への執着を散らし、難へ赴けば、悔いはありません。
三から上までの互卦には艮があり、艮を躬と取るので渙其躬と言います。象伝の「志在外」とは、心志を外卦、上方からの救援に置くべきだという意味です。
実際の読み方
時運は険境にありますが、身を忘れて難へ赴けば出られます。戦いは国のために身を忘れる忠勇が嘉されます。経営は遠方の貨物が風波や艱苦に遭い、財を重んじて身を軽んじる象なので慎みます。
功名は身を殺して仁を成し、名を後世に垂れる象があります。家宅は水に臨み、宅主は外へ避けるのが向きます。行人はまだ帰りません。
高島の占例
友人が気運を問うて、渙が巽に変じる六三を得ました。三爻は坎難の極で、身が険に陥って自力では解けません。ただ上爻の遠くから来る救援に頼ってこそ、渙然として消散できます。この人の運は滞りがちで、船が海に入って風波に遇うようなものです。遠くから巨舟の救いを得て、ともに険厄を脱する必要がある、というのが高島の読みでした。
四爻
古い群れをほどくと、思いがけず丘のような大きな集まりが生まれます。
原文
六四:渙其群、元吉。渙有丘、匪夷所思。
書き下し文
六四、其の群を渙らす、元吉なり。渙れて丘有り、夷の思う所に匪ず。
現代語訳
その群れを渙らします。大いに吉です。渙らして丘るものがあります。普通の人の思う所ではありません。
爻辞の読み解き
古い群れを散らすと、かえって丘のような大きな集まりが生まれます。六四の妙はそこにあります。
群は旧い衆、旧い仲間、旧い固まりです。渙其群とは、すべての人をばらばらにすることではなく、坎険のなかで固まっていた旧い群れを解くことです。解散したあとに、さらに高丘のように集まります。渙のなかにも集まる働きがあるわけです。
坤は衆であり、坤が巽に化せば群は渙ります。上互の艮は丘で、険を散らしたあとにまた高丘として聚まります。巽は事に応じて宜しきを制し、隠れたり現れたりして一定せず、その裁きの妙は普通の人には測りきれません。だから「夷の思う所に匪ず」と言います。
実際の読み方
時運は困難から解かれ、事業の基盤を立て直せます。経営は大きな手段があり、財を散じて危を救い、独りで大業を成すこともできます。功名は一時に独り抜きん出ることがあります。
戦いは兵勢が急に散り急に集まり、変化が神妙です。病は外邪を散らし、元気を集めれば癒えます。家宅は隣居が遠く、独り一家を成す象です。訴訟は群れが散れば争いも解けます。
高島の占例
長崎の女商人大浦阿啓が船で帰郷する際、名古屋丸が周防で遭難したという噂が立ち、家人が驚きました。得たのは渙が訟に変じる六四です。高島は、「渙其群」を衆人を離れて険から出ること、「渙有丘」を危険を脱したあとに独り丘の上にいることと読み、心配は要らないと断じました。後に大浦から電報が届き、果たしてすでに危険を脱していました。
五爻
号令は汗のように、正しい中心から出て、近くから遠くへと通っていきます。
原文
九五:渙汗其大号、渙王居、無咎。
書き下し文
九五、其の大号を渙汗し、王居を渙らす、咎なし。
現代語訳
その大号を汗にします。王居を渙らして咎はありません。
爻辞の読み解き
王の中心から大きな号令を汗のように発して散らせば、咎はありません。
五は尊位であり、彖伝に言う王有廟の王です。号は号令、大号は大政令を指します。九五は天下の険を自分の険と見て、号令によって天下の険を散らそうとします。
「渙汗」はとても分かりやすい象です。劉向は、号令は汗のようで、出たら返らないと言います。汗は身体の内から出て四体に行き渡り、邪熱は汗とともに解けます。仁政の号令も王居から出て、近くから遠くへ至り、天下の困苦を和らげます。
「渙王居」とは、号令が中心の正位から出ることです。王居が正しくなければ、号令は人を服させません。正位で命を凝らせば、近い所が先に通り、遠い所も後から通ります。九五の渙は、統治の次元での疎通です。
実際の読み方
時運は、位が正しければ語るも黙るも動くも静まるも吉です。経営は地位が正当で、貨物が流通し、至る所に利があります。功名は至尊に近い位で、名が天下に聞こえます。
戦いは号令が厳明で、軍威が整い、汗馬の功を立てます。婚姻は貴い婿の象があります。家宅は尋常の構えを越えた象です。病は一汗して解けることがあります。
高島の占例
占例1
朝鮮で東学党の乱が起きた時、朴泳孝が国を憂えて占い、渙が蒙に変じる九五を得ました。高島は、朝鮮の禍は王居に迫っており、王は速やかに号令を発して乱党を散らし、王居を安定させるべきだと読みました。朝鮮を救護する者は東方の日本にあるとも断じています。
占例2
続いて、日本兵が朝鮮へ渡航すれば開戦になるのかと問われました。この爻から読めるのは、日本が号令を発して艦を派し、険を散らし乱を救う意であって、必ずしも衝突を開くためではないということです。高島の答えはそう出ています。
上爻
血の滞りも恐れも遠く去ったなら、危機はすでに過ぎたあとです。
原文
上九:渙其血、去逖出、無咎。
書き下し文
上九、其の血を渙らす、去りて逖く出づ、咎なし。
現代語訳
その血を渙らします。去って遠く出ます。咎はありません。
爻辞の読み解き
血の滞りや恐れが散って遠く去るので、上九に咎はありません。
血は身体の流れです。流通すれば安らかで、鬱結すれば病になります。渙其血とは、血傷、血瘀、険害を疎散することです。逖は憂い恐れ、あるいは遠い害と取れます。上爻は渙の極にあり、坎険を離れているので、憂患は遠ざかります。
上と三が応じ、三の体は坎で血卦なので渙其血と言います。上九まで至れば坎険はすでに遠く、害も遠のいています。別の説では、風が水上を行く義を取り、血は川水のように遠くまで流通し、風に乗って去って、もう滞らないとします。
実際の読み方
時運は災いが去り、福が来て、運は通じます。戦いは交戦すれば双方が傷つくので、意思を通じ合って害を遠ざけるのが向きます。経営は商船が遠くへ出て、貿易が通じ、利を得ます。
功名は筆を投げて軍に従う象です。婚姻は遠くへ嫁ぐ象です。家宅は血光を防ぎ、遠く避ければ大過を免れます。病は気血の鬱結を疎通することが大切です。失せ物は多くすでに遠くへ去っています。
高島の占例
占例1
友人が気運を問うて、渙が坎に変じる上九を得ました。渙は難を脱する卦で、上は渙の終わりにあり、困難がまさに消散しようとしています。病人の血脈が通い、憂患がことごとく去るようだ、というのが高島の断でした。
占例2
英国とロシアの交際を占ったときも、同じ爻でした。英海軍とロシア陸軍が相対する形から、両国は意思を通じ合い、血戦の害を散らすべきである。そうすれば各国も害を遠ざけられる。これが高島の読みでした。
風水渙:読みの覚え
風水渙は、風が水面を分けるように詰まりをほどく卦です。ほどいた先に何を置くかまで見て、初めて渙が読めます。
散らすものと、守るもの
渙で最初に分けるのは、散らしてよいものと、散らしてはいけないものです。鬱結、派閥、恐れ、古い恨みは散らします。共同の心、信頼の芯、帰る場所は守ります。ここが入れ替わると、疎通のつもりが流失に変わります。 卦辞が王有廟を並べるのも同じ理由からです。散らす技だけでは足りず、散ったあとに人が戻る所を先に用意しておきます。
風は水に遇って初めて見える
風はそれだけでは形を持ちません。水面に触れて波になり、初めて働きが見えます。渙の疎通も同じで、抽象的な方針のままでは何も動きません。誰の詰まりを、どの手順で通すのかまで降りて、ようやく形になります。 九五が号令を汗にたとえるのもそのためです。汗は内から出て四体へ行き渡り、途中で止まりません。中心から出た方針が末端まで届いて、初めて渙になります。
執着をほどく順番
六三は、自分の身を守る握りしめから先に散らします。険の底にいる人ほど、守ろうとしたものが足かせになります。何を手放せば流れが戻るのかを、自分の側から先に探します。 六四はその先を見せます。古い群れを解いた場所に、思いがけず丘のような集まりが生まれます。解体が再結集の前段だと分かれば、ほどく作業も怖くなくなります。
危険の初めにこそ、人を頼る
初六は、険に落ちかけた時に壮んな馬の力を借ります。自力で抜けようと粘るほど深く沈む場面があり、渙はそこで素直さを取ります。九二も同じで、走って寄れる几があるかどうかが分かれ目になります。 助けを借りることと、判断を丸投げすることは違います。誰に頼るか、どこまで任せるかは自分で決めます。
渙とあわせて読む二卦
水沢節とあわせると、渙は固まったものを散らし、節は散ったものを収めて境界を立てる卦なので、開くことと収めることを一組として読めます。沢地萃とあわせれば、渙は私的な結びを解き、萃は人々を新しい中心へ集める卦なので、解体と再結集の流れが見えてきます。
風水渙:読みの覚え札記を開く
風水渙は、風が水面を分けるように詰まりをほどく卦です。ほどいた先に何を置くかまで見て、初めて渙が読めます。
散らすものと、守るもの
渙で最初に分けるのは、散らしてよいものと、散らしてはいけないものです。鬱結、派閥、恐れ、古い恨みは散らします。共同の心、信頼の芯、帰る場所は守ります。ここが入れ替わると、疎通のつもりが流失に変わります。 卦辞が王有廟を並べるのも同じ理由からです。散らす技だけでは足りず、散ったあとに人が戻る所を先に用意しておきます。
風は水に遇って初めて見える
風はそれだけでは形を持ちません。水面に触れて波になり、初めて働きが見えます。渙の疎通も同じで、抽象的な方針のままでは何も動きません。誰の詰まりを、どの手順で通すのかまで降りて、ようやく形になります。 九五が号令を汗にたとえるのもそのためです。汗は内から出て四体へ行き渡り、途中で止まりません。中心から出た方針が末端まで届いて、初めて渙になります。
執着をほどく順番
六三は、自分の身を守る握りしめから先に散らします。険の底にいる人ほど、守ろうとしたものが足かせになります。何を手放せば流れが戻るのかを、自分の側から先に探します。 六四はその先を見せます。古い群れを解いた場所に、思いがけず丘のような集まりが生まれます。解体が再結集の前段だと分かれば、ほどく作業も怖くなくなります。
危険の初めにこそ、人を頼る
初六は、険に落ちかけた時に壮んな馬の力を借ります。自力で抜けようと粘るほど深く沈む場面があり、渙はそこで素直さを取ります。九二も同じで、走って寄れる几があるかどうかが分かれ目になります。 助けを借りることと、判断を丸投げすることは違います。誰に頼るか、どこまで任せるかは自分で決めます。
渙とあわせて読む二卦
水沢節とあわせると、渙は固まったものを散らし、節は散ったものを収めて境界を立てる卦なので、開くことと収めることを一組として読めます。沢地萃とあわせれば、渙は私的な結びを解き、萃は人々を新しい中心へ集める卦なので、解体と再結集の流れが見えてきます。
この卦を読む前に
本卦、動爻、問いを照らす
卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。
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本卦の問い
渙が出たのは、悪い意味ですか。
散る形ではありますが、凶と決まっているわけではありません。渙が言うのは、詰まったものを通せという指示です。問題は散ること自体より、散ったあとに帰る中心があるかどうかにあります。
何から散らせばよいか分かりません。
流れを止めているものから探します。話が通っていない所、金や物が滞っている所、閉じたまま外と交わらない小集団などです。共同の目的や信頼の芯は、散らす側に入れません。
人に頼るのは負けた気がします。
初六は壮んな馬を借りて険を出ます。危険の初めに強がると、抜け出す時期を逃します。頼る相手と任せる範囲を自分で決めているなら、それは依存になりません。
ばらばらになった組織を、どう立て直しますか。
順番があります。まず滞りを通し、古い群れをほどき、それから共有できる方針や約束を中心に置きます。九五が号令を中心の正位から出すのも、この順番を守るためです。
渙が出たのは、悪い意味ですか。開く
散る形ではありますが、凶と決まっているわけではありません。渙が言うのは、詰まったものを通せという指示です。問題は散ること自体より、散ったあとに帰る中心があるかどうかにあります。
何から散らせばよいか分かりません。開く
流れを止めているものから探します。話が通っていない所、金や物が滞っている所、閉じたまま外と交わらない小集団などです。共同の目的や信頼の芯は、散らす側に入れません。
人に頼るのは負けた気がします。開く
初六は壮んな馬を借りて険を出ます。危険の初めに強がると、抜け出す時期を逃します。頼る相手と任せる範囲を自分で決めているなら、それは依存になりません。
ばらばらになった組織を、どう立て直しますか。開く
順番があります。まず滞りを通し、古い群れをほどき、それから共有できる方針や約束を中心に置きます。九五が号令を中心の正位から出すのも、この順番を守るためです。
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