六十四卦

六十四卦 意味・読み方

風地観|意味・卦辞爻辞解説(ふうちかん)

資料説明周易と高島易断をもとに整理
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。

引

一言で読む

風地観は、見ることと見られることの卦です。こちらが人を観る間、人もまたこちらを観ています。本当の観は、観察から感化、設教、反省へと進みます。

卦象と卦名

観は上が巽風、下が坤地。風は地上を行き、どこへも届きます。しかし風そのものには形がなく、草木や万物の揺れによって初めて見えるものです。徳も、風気も、政治も、家庭の躾も、会社の文化も同じです。手で触れることはできませんが、人の行動、言葉、態度、習慣の中に必ず現れます。

卦の中心的な意味

高島の読みでは、観は日常の「見る」にとどまらず、非常の変化に際してよく審らかに察することを指します。鸛鳥が陰晴や風水を察し、見たところに従って上り下りし避けるように、観には注意深い判断が含まれます。臨は上が下へ近づく卦でした。観は、近づいた後に上下が互いに見る卦です。臨がよければ、人は観て化します。臨が悪ければ、人はその虚偽まで観てしまいます。

向いている問い

下位にいるなら、上の人、制度、模範が学ぶに足るかを観ます。上位にいるなら、自分の態度が人に見られ、風気を作っていることを知ります。仕事では調査、観察、見学、監査、ユーザー理解、文化診断に向きます。家庭では、子どもは言葉より親の毎日を観ていると読みます。観はあくまで動くための目です。観た結果、何を学び、何を設け、何を改めるか。最も尊い観は、最後に自分を反観することでしょう。

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卦辞

一言で読む

本物の誠敬は、形を尽くす前から人に伝わり、見る人を自然に仰がせます。

原文

観:盥而不薦、有孚顒若。

書き下し文

観は、盥いて薦めず、孚有りて顒若たり。

現代語訳

観は、手を洗い清めてもまだ供物を献げず、誠があって仰ぎ見るさまです。

卦辞の読み解き

盥は祭祀の前に手を洗い清めること、薦は供物を献げることを言います。まだ正式に献げてはいません。それでも内に真実の敬いがあれば、人はすでに仰ぎ見て粛然とします。観は心にあって貌になく、孚は神にあって迹にありません。

本当に誠のある人は、多くの動作をする前から、その準備、表情、間合い、身の置き方に心が現れます。逆に、外形だけ盛大でも心が虚しければ、観る人にはやがて露わになります。

実際の読み方

事業では、相手の約束より準備と誠意を見ます。共同事業なら、礼数の奥にある本心を見ます。修身では、儀式は簡素でも心まで簡素にはしません。リーダーは、人が自分の言葉だけでなく、心の動きの清濁まで観ていると知っておきたいところです。見た目が立派でも心がなければ、形だけの観に終わります。まだ動作が小さくても誠が人を動かすなら、それはよい観です。この卦が見るのは、動機、風気、模範です。

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彖曰

一言で読む

上に立つ人の中正な姿は、命令より先に見られ、下を自然に感化します。

原文

大観在上、順而巽、中正以観天下。観、盥而不薦、有孚顒若、下観而化也。観天之神道、而四時不忒、聖人以神道設教、而天下服矣。

書き下し文

大観上に在り、順にして巽い、中正にして以て天下に観す。観は、盥いて薦めず、孚有りて顒若たりとは、下観て化するなり。天の神道を観るに、四時忒わず、聖人神道を以て教を設けて、天下服す。

現代語訳

大いなる観が上にあり、順い、柔らかく入り、中正によって天下に示します。手を洗い清めても供物を献げず、誠があって仰ぎ見るさまとは、下の人が観て化することです。天の神妙な道を観れば四時はたがわず、聖人はその神妙な道によって教えを設け、天下は服します。

彖伝の読み解き

上にある中正な姿と誠敬は、命令しなくても人に観られ、風気そのものを変えていきます。

二つの陽が上にあり、四つの陰が下にあります。大きく剛いものが上にあり、柔小が下から仰ぎます。九五は尊位で中を得た観の主で、下の四陰はこれを仰ぎ観ます。観の道は、清潔、誠敬、中正、無私に尽きます。下にいる人は、上の誠を見れば、無理に命じられなくても感化されます。天は大声で命じませんが、四時は乱れません。聖人もまた、誠敬の道を見える形に置くことで天下を服させます。

実際の読み方

リーダーは、まず自分を正します。先生や親が見られているのは、スローガンよりも日々の行動です。会社文化では、社長や責任者の実際の振る舞いが制度以上に人へ伝わります。社会の風気もまた、模範と儀式によって深く動きます。観の教化は、怒鳴って通すものではありません。見られてよい中正を保ち続けるところに生まれます。下の人を変えたいなら、まず上にいる自分が何を見せているかを観ます。

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象曰

一言で読む

観察は見物で終わらず、民の実情に合わせて教えを設けるところまで進みます。

原文

風行地上、観、先王以省方観民設教。

書き下し文

風地上を行くは観なり。先王以て方を省み民を観て教を設く。

現代語訳

風が地の上を行くのが観です。先王はこれを見て、四方を巡って省み、民を観て教えを設けました。

象伝の読み解き

坤は地であり、国土であり、衆人です。巽は風であり、命令です。風が地上を行くように、政教と風気は民間の隅々へ及びます。省方とは四方の民心の向背を観察すること、観民とは風土や習俗の好むところを調べること、設教とはそれに応じて教え治めることを言います。三つはこの順に並びます。

先王は宮中に座したまま治めたりはしませんでした。土地へ行き、人を観て、風俗を見て、それから教えを設けました。観卦の「見る」は、最後に方法、規則、言葉、速度を調整するために使われます。

実際の読み方

製品なら、先にユーザーを観ます。教育なら、学生の実情を見ます。地方を治めるなら、民俗を見ます。会社改革なら、現実の手順と隠れた文化を見ます。家庭教育なら、子どもの実際の状態を見ます。観察なしの設教は空命令に終わり、設教なき観察はただの見物に終わります。観とは、見て、分かり、それに基づいて教えを設けるところまでを言う卦です。

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占断

一言で読む

観を得た時は、観察、名声、模範、風気、調査、待つことを読みます。局面を見極めるのが先で、浅見で妄動してはいけません。

総合的な占意

観の総占は、外をよく調べることと、自分が他人からどう見られているかを反観することを重ねて読みます。

項目別の占断

  • 時運・事業:外へ出て考察、学習、発表を行います。閉門して考えるだけでなく、周囲も自分の行動を見ています。
  • 商業・投資:遠方の品の販売や輸送に利がありますが、品物の実情と市場の風向きを先に観ます。
  • 家宅・教化:家は宗教、教学、旧い供奉に関わることがあります。上に立つ人は自ら模範を示します。
  • 戦争・訴訟:風が疾く行く勢いで地と民を得ます。訴訟は広く観察し、公平に判断します。
  • 健康・出行:病は風湿や巡りの滞りを見ます。遠遊、考察、伝教には利があります。
  • 天候・雑占:風があれば晴れる象です。失物は風で遠くへ移ったように広く探します。古占では妊産を男児と見ます。

六爻の要点

  • 初六:童観で目先だけを見る段階。普通の人は無咎でも、責任ある人には吝です。
  • 六二:門の隙間から覗く片面的な観で、内事を守れても大局判断には足りません。
  • 六三:自分の行動と現状を観て、事実に基づき進退を決めます。
  • 六四:国や組織の光を観て、大局と制度を知り、より高い場で任事します。
  • 九五:上に立つ者が自らの政教と行動を反観し、そこから生じる風気を正します。
  • 上九:位の外から人生と社会の風気を大きく観て、自己の得失だけに囚われません。

実際の読み方

仕事では、考察、学習、模範を見ることに向きます。昇進や名声の場面では、周囲があなたを観ています。投資や商売では、品物の実と市場の風向きを見ます。関係では、相手の平時の行動を見ます。個人修養では、他人を観るより先に自分を観ます。観の失敗は、浅く見ること、覗き見ること、偏って見ることです。観の成熟は、反観して自分の振る舞いを直すところにあります。

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初爻

一言で読む

浅い見方も未熟なうちは咎められません。責任ある人がそこに留まるなら、惜しいことになります。

原文

初六:童観、小人無咎、君子吝。

書き下し文

初六、童観す、小人は咎なし、君子は吝なり。

現代語訳

子どものような観です。小人なら咎はありませんが、君子なら吝です。

爻辞の読み解き

初六は最下にあり、九五から最も遠いので、見えるものが浅くなります。だから童観と言います。観卦の六爻は九五へ近いほど観が深くなる、というのが高島の見取り図です。小人の見識が浅いのは、まだ責めるには当たりません。しかし君子が、道徳や大局を見ず、童稚の浅見に止まるなら吝です。

童観に悪意はありません。ただ未熟なだけです。しかし責任ある人が未熟な見方のまま判断すれば、事を誤ります。

実際の読み方

時運の初めは弱いものの、大害には至りません。商業では、初めの場面なので小さく始めます。家宅では、童僕や子どもの盗みに注意します。戦いでは、小勝の後の大敗を防ぎます。病は、小病なら無碍ですが、大病には不利です。婚嫁では幼い頃からの縁なら吉のことがあります。

高島の占例

占例1

石炭会社の試験後の投標を占って高島は初六を得ました。試験する側の見識が浅く、狡猾な競争者に欺かれやすいと読み、後にその通りになりました。

占例2

豪商の宴席でも、来占者が末座に置かれ、君子の才が童観の扱いを受けると読みました。初六は、浅い見方が人の位置まで誤らせることを示します。

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二爻

一言で読む

隙間から見るような片面の観は、視野の狭さを知って静かに正を守る時だけ役立ちます。

原文

六二:窺観、利女貞。

書き下し文

六二、窺い観る、女の貞に利あり。

現代語訳

覗き見る観です。女性の正しさには利があります。

爻辞の読み解き

闚観とは、門の隙間から見ることを言います。六二は初六より九五に近いものの、まだ下にあり、九五の中正の道を全体としては観られません。「女貞に利があります」とあるのは、古代の内外分業を背景にした言い方で、内にいて視野が限られるなら静かに守正せよ、と読みます。視野が限られていると自覚しているうちは、まだ咎になりません。危ういのは、片面をそのまま全体だと思い込む時です。

実際の読み方

時運はよくなく、守りが上策です。商業では、蚕糸など細く内にあるものに利を見ることがありますが、他は平平です。家宅では、女性が内を取り仕切る象があります。病は陰寒で、大害は少ないことがあります。出行は家族を伴うとよい場合があります。失物は門の隙間や狭い場所を探します。

高島の占例

明治二十三年、高島は貴族院を占って六二を得ました。九五を政府、六二を人民や議院と見て、皇族、華族、元老、多額納税者が集まる貴族院は本来、世界の大勢を広く観て維新の正論を立てるべきだが、まだ闚観で、視野が狭いと読みました。六二は、近くなっただけでは眼界が広がったとは限らないと教えます。

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三爻

一言で読む

外ばかり見ていませんか。自分の行いを観てはじめて、進むか退くかの判断がつきます。

原文

六三:観我生、進退。

書き下し文

六三、我が生を観て、進退す。

現代語訳

自分の生き方や行いを観て、進むか退くかを決めます。

爻辞の読み解き

我生とは、自分から生じる行動とその結果を指します。六三は上下の境にあり、二爻より九五に近く、進む余地も退く余地もあります。観我生とは、自分の志、能力、方法、時機を審らかにしたうえで進退を定めることです。ここまで来ると、観の目は外から内へ向きを変えます。他人を見る卦が、自分を見る卦になります。

実際の読み方

時運は平平ですが、力量に応じて行い、妄動しなければ失いません。商業では、慎重に売買し、時価に従えば大損はありません。家宅では旧宅がよく、移転を急がないほうがよいでしょう。戦いでは、軍情をよく察して臨機応変に動きます。行人はまだ帰心が定まりません。病は心を静め自養すれば安んじます。

高島の占例

三人が北海道で漁業を開く相談をした占で、高島は六三を得ました。風行地上は初め容易に見えても実際は変動が多く、他の二人の財力と才知が弱いため途中で退く恐れがある。来占者が独力で成し遂げる力を持たないなら、始めるべきでないと読みました。後にその通り大敗しました。六三は、共同事業の前にまず自分の力を観よと教えます。

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四爻

一言で読む

大局の光を観られる位置に来たなら、中心へ賓客として近づき学ぶのが利です。

原文

六四:観国之光、利用賓于王。

書き下し文

六四、国の光を観る、用て王に賓たるに利あり。

現代語訳

国の光を観ます。王の賓客となるのに利があります。

爻辞の読み解き

六四は九五に近いので、上位の光明を見ることができます。国之光とは、君王一人の姿にとどまりません。国家の風俗、政教、制度、人才、気象までを観ることを指します。王は九五にあたり、その陽明に光があります。観国之光は、一国の風俗の美悪と政教の盛衰を見きわめる働きです。六四は位置が高く、大局を近くから観ることができ、賓礼をもって王に接することもできます。

実際の読み方

時運は盛運です。利を求めてもよく、名を求めるならなおよいでしょう。商業では海外貿易に向き、利益だけでなく名声も得ます。家宅には喜びが臨み、郷里を光らせます。戦いでは大勝して功名があります。病には不利を見ることもあります。行人はまだ帰らないこともあります。妊産には男で貴い象があります。

高島の占例

明治七年、ある貴顕が清国へ渡航する前に占って六四を得ました。高島は、相手国と談判し、君命を辱めず、相手の国王から賓礼を受ける、まさに観国之光、利用賓于王だと読みました。六四は、外交、訪問、視察、高度な提携に向く爻です。

次へ:五爻

五爻

一言で読む

人々に観られる中心にいる人ほど、自分の生んだ風気を反省します。だから咎がありません。

原文

九五:観我生、君子無咎。

書き下し文

九五、我が生を観る、君子は咎なし。

現代語訳

自分の生き方や行いを観ます。君子なら咎はありません。

爻辞の読み解き

九五は尊位で中を得た全卦の主です。下の人々はみな九五を仰ぎ観ます。六三も観我生でしたが、九五の意味はさらに大きいものです。六三が見るのは自分の進退です。九五が観るのは、自分から出る政教、制度、風気、言葉、態度が四方へどう及んでいるかです。

四海の内は我より化し、治乱も風俗の美悪もみな我から生じます。だからこそ、他人を観るより先に我を観ます。自分の教化が善ければ、天下に君子の風が生まれます。

実際の読み方

時運は正を得ており、直道で行けば通ります。商業では、方針を自分で定め、売買や販売・輸送を進めます。家宅では、自分が建てた家に君子が住めば大利です。戦いでは、まず自陣を審らかにし、知己があって初めて知彼できます。病は天命にあり、大過は少ないでしょう。失物は身近にあります。

高島の占例

会社の社長選任で高島は九五を得ました。観には上下が互いに観る義があります。社長は一社の主で、社中の諸事は一人の方向から出ます。社員の従否、社運の盛衰は、その人の姿勢で決まると読みました。九五は、責任者にとって最も厳しい一言です。人を観る前に、まず我を観よと言っています。

次へ:上爻

上爻

一言で読む

位を離れた高い視点から人生の結果を観ても、君子として整えていれば咎はありません。

原文

上九:観其生、君子無咎。

書き下し文

上九、其の生を観る、君子は咎なし。

現代語訳

その生き方や行いを観ます。君子なら咎はありません。

爻辞の読み解き

上九は九五の上にあり、高くても実位を持ちません。しかし剛明の才徳があり、その一動一静はなお人に注目されます。「観其生」は九五の観我生と少し違います。九五が観るのは自分から出る政教、上九が観るのは日頃の行為、義理、より長い風気と人生の結果です。位の外にあってもなお、自分の生の現れは人に観られ、法となるかどうかを問われます。上九はそこを扱う爻です。

実際の読み方

時運では盛りを過ぎていますが、反躬自省すれば失いません。商業では、貨物が尽きようとするなか、よい値で利を得ることがあります。家宅は古い基がよく、生息も繁盛します。戦いは終局に近く、凱旋できます。病は天年が長くないことを慎重に見ます。訴訟は結着します。妊産は、旧来の占断では男児の象に数えます。

高島の占例

占例1

鳥尾得庵が易を論じ、世に真に易道に通じた者がいるかを問うた時、高島は上九を得ました。この爻は内省を促すもので、自分が易理を尽くしていないなら、他人にも容易に断言できない、今いなくても後世にあるかもしれないと読みました。

占例2

三層楼の建築占では、外形は壮観でも日本の風土に合うかを長く観るべきとしました。上九は、最高の観は外観ではなく、長期に合うかを観ることだと示します。

風地観:読みの覚え

風地観は、見ることと見られることの卦です。観察は見物で終わらず、自分の姿が人を感化しているかも問います。

風は見えず、跡だけが見える

観では、上に立つ人の態度が言葉より先に見られます。盥いて薦めずと言うように、誠敬は形を尽くす前から伝わり、人は自然に仰ぎます。風そのものに形はなく、草木の揺れによってはじめて見えるのと同じで、徳も風気も日々の行動の中にしか現れません。相手を観察する前に、自分が何を見せているかを確かめておきます。

浅く見る、覗いて見る、偏って見る

観の失敗は三つに分かれます。初六の童観のように浅く見ること、六二の闚観のように隙間から覗いて片面を全体と思い込むこと、そして自分に都合のよい側だけを偏って見ることです。一つの場面、一人の声、一つの数字だけで決めていないか。見たものを、どんな教えや制度に変えるつもりなのか。この二つを問い直すと、観は見物から判断へ変わります。

観てから設ける

調査、教育、広報、リーダーシップでは、動く前に場を観ます。浅い見方のまま急ぐより、民情や現場に合わせて教えを設けるのが観の用法です。観察のない設教は空命令に終わり、設教のない観察はただの見物に終わります。

近づく卦、開ける卦との違い

地沢臨と並べると、臨は人々へ近づいて世話をする働き、観は自らを整えて人から見られる風格をつくる働きだと分かります。先に臨めた人が、後で観られるに堪えます。火地晋とあわせれば、観は姿や徳が信頼に足るかを問い、晋は明るい道が上へ開くかを問います。信じられる姿があってこそ、進む道も開けていきます。

風地観:読みの覚え札記を開く

風地観は、見ることと見られることの卦です。観察は見物で終わらず、自分の姿が人を感化しているかも問います。

風は見えず、跡だけが見える

観では、上に立つ人の態度が言葉より先に見られます。盥いて薦めずと言うように、誠敬は形を尽くす前から伝わり、人は自然に仰ぎます。風そのものに形はなく、草木の揺れによってはじめて見えるのと同じで、徳も風気も日々の行動の中にしか現れません。相手を観察する前に、自分が何を見せているかを確かめておきます。

浅く見る、覗いて見る、偏って見る

観の失敗は三つに分かれます。初六の童観のように浅く見ること、六二の闚観のように隙間から覗いて片面を全体と思い込むこと、そして自分に都合のよい側だけを偏って見ることです。一つの場面、一人の声、一つの数字だけで決めていないか。見たものを、どんな教えや制度に変えるつもりなのか。この二つを問い直すと、観は見物から判断へ変わります。

観てから設ける

調査、教育、広報、リーダーシップでは、動く前に場を観ます。浅い見方のまま急ぐより、民情や現場に合わせて教えを設けるのが観の用法です。観察のない設教は空命令に終わり、設教のない観察はただの見物に終わります。

近づく卦、開ける卦との違い

地沢臨と並べると、臨は人々へ近づいて世話をする働き、観は自らを整えて人から見られる風格をつくる働きだと分かります。先に臨めた人が、後で観られるに堪えます。火地晋とあわせれば、観は姿や徳が信頼に足るかを問い、晋は明るい道が上へ開くかを問います。信じられる姿があってこそ、進む道も開けていきます。

この卦を読む前に

本卦、動爻、問いを照らす

卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。

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本卦の問い

よく見てから動けと言われますが、そのうち時機を逃しませんか。

観は動くなと勧める卦ではありません。見ている間にも、自分の基準を人が見て信じられる形へ整えています。いざ動く段になった時、そのぶん足元が固まっています。

人間関係で観が出たら、何を見ればよいですか。

一時の言い分より、長く繰り返される行いを見ます。そして同じ物差しが自分にも向くと考えておきます。相手がこちらを判断する材料も、やはり繰り返してきた振る舞いのほうです。

観卦がいちばん嫌うのは、どんな態度ですか。

表面だけを見ること、そして見栄えのよい表面だけを見せようとすることです。九五の観我生は、責任ある人に向かって、人を観る前にまず自分から出た風気を観よと言います。

観たあとは、何をすれば観を活かしたことになりますか。

先王は方を省み、民を観て、それから教えを設けました。見たものを方針、教育、改善、伝え方のいずれかへ移した時にはじめて、観は人を感化する力になります。

よく見てから動けと言われますが、そのうち時機を逃しませんか。開く

観は動くなと勧める卦ではありません。見ている間にも、自分の基準を人が見て信じられる形へ整えています。いざ動く段になった時、そのぶん足元が固まっています。

人間関係で観が出たら、何を見ればよいですか。開く

一時の言い分より、長く繰り返される行いを見ます。そして同じ物差しが自分にも向くと考えておきます。相手がこちらを判断する材料も、やはり繰り返してきた振る舞いのほうです。

観卦がいちばん嫌うのは、どんな態度ですか。開く

表面だけを見ること、そして見栄えのよい表面だけを見せようとすることです。九五の観我生は、責任ある人に向かって、人を観る前にまず自分から出た風気を観よと言います。

観たあとは、何をすれば観を活かしたことになりますか。開く

先王は方を省み、民を観て、それから教えを設けました。見たものを方針、教育、改善、伝え方のいずれかへ移した時にはじめて、観は人を感化する力になります。