六十四卦 意味・読み方
兌為沢|意味・卦辞爻辞解説(だいたく)
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。
引
兌は口と沢の卦です。内に剛正があり外が和やかなときにだけ、悦びは人を通わせます。
卦象と卦名
兌は上も下も兌で、沢の象です。沢は水を蓄えて万物を潤し、潤いを得た物は生き生きと喜びます。兌はまた口舌でもあるので、言葉、講習、相談、説得を主ります。二つの沢が連なるとは、互いに潤し、互いに成り立たせることです。
卦の中心的な意味
卦体は一つの陰が二つの陽の上にあります。二陽が下にあって内は剛実、一陰が上にあって外は柔和です。ですから兌のよさは、顔いっぱいの笑みにあるのではありません。眼目は剛中にして柔外というところ、心には原則があり、外では和やかに人と親しめる形です。
卦辞は「兌は亨る。貞しきに利あり」と言います。悦びは人心を通わせるので亨ります。しかし悦びが正しさを離れれば、諂い、誘惑、空言、甘言へ落ちます。正を守って初めて、兌は人を親しませる悦びになります。正を離れれば、残るのは媚びと牽引だけです。
向いている問い
兌を得たときは、話す、友を結ぶ、学び合う、協議する、和解する、楽しい関係を作ることに向きます。
ただし、自分の誠が相手を悦ばせているのか、話術で歓心を買っているのかは見分けます。朋友と講習しているのか、互いに持ち上げ合っているだけなのか。相手を心服させているのか、それとも釣っているのか。悦びが正を守るからこそ亨るのです。
卦辞
悦べば道は通じます。ただし正しさを外した悦びは、そのまま甘言へ落ちます。
原文
兌:亨。利貞。
書き下し文
兌は亨る。貞しきに利あり。
現代語訳
兌は通じます。正しさに利があります。
卦辞の読み解き
悦びによって物事は通じます。ただし利があるのは、正しさを守る場合に限られます。
高島の読みでは、兌はもともと乾から出ているので、乾の亨と貞を持ちます。ただし兌は秋を主り、元始の徳までは及びません。だから亨るとは言っても、貞に利ありと限定されます。兌には成熟、収穫、親和の気があります。けれども万物を始める源ではないので、正道を離れれば保ちません。
兌の悦びでいちばん危ういのは、外だけを悦ばせる態度です。世には笑顔や甘言、従順なそぶりに長け、好かれること自体を目的にする人がいます。品格が卑くなるほど、心は偽りへ傾きます。本当の兌は天に順い人に応ずる働きであって、人に媚びる技ではありません。内が剛正だから信じられ、外が柔和だから近づけます。
二と五は剛中で兌卦の正、三と上は柔外で兌卦の用に当たります。柔外そのものが悪いわけではありません。ただ、剛中を根に持たなければ、柔外はやがて来兌、引兌の危うさへ滑ります。
実際の読み方
意思疎通、交渉、協力、感情について問う時は、悦びの出どころを見ます。誠信、共通の目的、正当な関係から来ているなら吉です。
媚び、追従の笑い、誘導、互いの欺きから来ているなら、その場は楽しくても、後で事を壊します。
彖曰
なぜ人は労苦を忘れるのか。正しさと和やかさが揃った悦びに、自分から動かされるからです。
原文
兌、説也。剛中而柔外、説以利貞、是以順乎天、而応乎人。説以先民、民忘其労、説以犯難、民忘其死、説之大、民勧矣哉!
書き下し文
兌は説ぶなり。剛中にして柔外なり、説びて以て貞しきに利あり、是を以て天に順い、而して人に応ず。説びて以て民に先んずれば、民其の労を忘れ、説びて以て難を犯せば、民其の死を忘る。説びの大なる、民勧むかな。
現代語訳
兌は悦びです。剛が中にあり、柔が外にあり、悦んで正しさに利があります。これによって天に順い、人に応じます。悦んで民に先んずれば、民はその労を忘れます。悦んで難を犯せば、民はその死を忘れます。悦びの大きさは、民を励ますものです。
彖伝の読み解き
正しい悦びは人の心を開き、力を自然に引き出します。彖伝の眼目はそこにあります。
兌が悦べるのは、内に剛中があり、外に柔和があるからです。天に順うとは原則が正しいこと、人に応ずるとは表現が和やかであることです。この二つが揃って、初めて正当な悦びになります。
「説びて民に先んずれば、民其の労を忘る。説びて難を犯せば、民其の死を忘る」と言われるのは、話術で人を働かせる技のことではありません。上に立つ者が正道と誠意と恩沢によって先に人を感ぜしめるなら、民は心から悦び、労苦を引き受け、危難にも心を合わせる、という意味です。
彖伝は「民を勧む」とは書かず、「民勧む」と書きます。最上の悦びは外から押し出すものというより、人の側が自分から励むものです。よい指導者、朋友、師長は、相手に自ら善へ向かい、自ら努めたいと思わせます。
実際の読み方
人を率いる時、家族を説く時、顧客と関わる時、関係を調える時、相手を喜ばせる方法だけを考えていては足りません。
先に問うのは、その事が正しいか、自分が信じてもらえるか、相手が意味を理解しているかです。兌の力は迎合にはありません。相手に、心からそうしたいと思わせるところにあります。
象曰
友と講じ合い、互いに潤し合う関係でこそ、兌の悦びは深くなります。
原文
麗沢、兌、君子以朋友講習。
書き下し文
麗ける沢は兌なり。君子以て朋友と講習す。
現代語訳
連なる沢が兌です。君子はこれを見て朋友と講習します。
象伝の読み解き
象伝が説くのは、友と語り合い、学び習い、互いに潤し合う形です。
麗は連なることです。二つの沢が連なれば水気が通じ、互いに潤し合います。友人の間も同じで、一方が教え込むのではなく、互いに講じ、互いに習い、互いに戒めます。
兌は口ですから、講習の象があります。孔子の「学びて時にこれを習う、亦説ばしからずや。朋有り遠方より来る、亦楽しからずや」という悦楽も、学問と徳行を友人の間で繰り返し明らかにし、実践し、直していく喜びを指します。にぎやかな雑談とは中身が違います。
四爻には「商兌」とあります。商は相談であり、議論です。兌卦のよい悦びは、いつも中身と結びついています。和があり、信があり、話し合いがあり、慶びがあります。笑顔と言葉だけで実の講習がなければ、それは空っぽの兌にすぎません。
実際の読み方
学習でも、共同事業でも、夫婦でも、組織でも、麗沢は要ります。自分をより明らかにし、より正直にし、より動けるようにしてくれる相手と講習します。
居心地よく同調してくれる人ばかりを求めては、兌になりません。よい朋友は、悦ばせると同時に前へ進ませてくれます。
占断
話し合い、和解、朋友には利があります。甘言と媚びだけは、悦びの顔をして近づきます。
総合的な占意
兌の占意は、交流と喜びを正しさの側に置き、迎合や空約束へ流れないところにあります。六三の来兌は人を引き寄せる悦び、上六の引兌は引かれる悦びで、どちらも明るく開けません。その悦びが誰の得になっているかを見れば、正邪はたいてい見当がつきます。
項目別の占断
- 時運と人心:運は平穏です。誠実な喜びで人心を得れば吉に転じます。迎合して悦ばせる形と、悦びに引きずられる形の二つを警戒します。
- 経営と功名:信頼できる仲間の助けで利益や評価を得られます。ただし人情と信用は別ものとして扱います。
- 戦いと協力:二つの陣営が約束して協力する形に向きます。命令、境界、責任を明確にします。
- 婚姻と家宅:旧知の関係は結びつきを助けます。共に暮らすなら、実際の希望と役割を話し合います。
- 病と訴訟:病状をよく知る医師に相談し、必要なら別の医師の意見も聞きます。争いは信頼できる人の公正な意見を仰ぎ、必要に応じて正式な手続を取ります。
六爻の要点
- 初九:私心も疑いも混じらない自然な和やかさは、正しい悦びとして吉です。
- 九二:誠実さに支えられて悦び合えば、互いの信頼が戻り、悔いも消えます。
- 六三:笑顔や巧言で相手に取り入る悦びは、正しさを欠くので凶です。
- 九四:正邪と好悪の間でよく話し合い、節度を定めて不安を除けば喜びがあります。
- 九五:高い地位で信頼が集まるほど、その信頼が削られていないかを警戒します。
- 上六:悦びで人を引き、自分も引かれる関係は、自主性と明るさを失います。
実際の読み方
口を開くのはよいことです。ただ、話す中身に誠がなければ意味がありません。友も結んでよいのですが、誰と結ぶかは選びます。和を求めるのもよいのですが、原則まで譲ってしまえば和になりません。
迎合や誘導、甘言や利益で人を牽いている、あるいは牽かれていると気づいたら、悦びを正しさの側へ戻します。
初爻
私心の混じらない和やかさで交われば、関係の始まりは順調に運びます。
原文
初九:和兌、吉。
書き下し文
初九、和して兌ぶ、吉なり。
現代語訳
和して悦びます。吉です。
爻辞の読み解き
自然に和やかに悦べば吉になります。
初爻は兌卦の始めで、陽剛が内にあり、まだ私欲も疑いも混ざっていません。人が初めて交わる時に心気が和し、同じ心で助け合えるなら、その悦びは正しい所から出ています。わざと歓心を買って得た結果ではありません。
象伝は「行い未だ疑わざるなり」と言います。これは、疑いが永遠に起こらないという保証ではありません。事の初めにはまだ念が転じず、猜疑や私曲が入り込んでいないだけです。初九のよさは、和しても流されず、柔和でありながら剛正を失わないところにあります。
実際の読み方
時運は和を貴び、万事が吉へ向かいます。戦いは師が和してこそ勝ち、兵が心服して、戦わずに帰服する象もあります。経営では兌が正秋で万物成熟の時に当たるので、商いは自然の利を得ます。
協力や関係では、始めに和気と信頼と共通目標を立てておくことが、いちばんよく効きます。
高島の占例
友人が謀事の成否を問い、兌が困に変じる初九を得ました。高島は、初爻は事の始めであり、和とは互いに同心することだと読みました。初と四はともに陽なので正応にはならず敵応ですが、位の順に初の和兌と四の商兌を並べて読めば、謀事には相談が要るという意味に合います。初爻は行未疑と言い、四爻は有慶と言うので、この事は安心して取り組んでよく、後に成ると断じました。
二爻
互いに信じ合えた悦びは、以前の行き違いまで自然にほどいていきます。
原文
九二:孚兌、吉、悔亡。
書き下し文
九二、孚ありて兌ぶ、吉なり、悔い亡ぶ。
現代語訳
誠があって悦びます。吉です。悔いは亡びます。
爻辞の読み解き
信実によって悦べば吉となり、悔いも消えます。
二は下卦の中にあり、陽が陰位にいるので剛中です。九二と九五はともに陽爻で、爻位としては対応しますが、同陽の敵応であって陰陽の正応ではありません。高島の読みでは、この位置関係は君臣や上下の人事に当てられ、互いに信実をもって悦ぶ象になります。
この悦びは初九より深いものです。初九は自然に和して悦び、九二は信任を経て悦びます。君臣、上下、朋友、夫婦、協力者の間では、心が相孚しないかぎり、笑って話しても本当の悦びにはなりません。真に信じ合えれば、前の悔いは自然に消えます。
実際の読み方
時運は中正を得て、人々が互いに信頼し、吉で悔いがありません。戦いは上下が一心で、令が出ればすぐ行われます。経営は利益を追う貿易であっても、信を本に据える必要があります。
婚姻では、二と五は爻位のうえで対応するものの同陽の敵応であり、陰陽相偶とは見ません。むしろ双方が誠をもって信じ合えるかどうかを見ます。家宅は隣里と同心して富を得られます。病は疑いが解ければ軽くなることがあります。
高島の占例
占例1
友人が気運を問うたところ、兌が随に変じる九二が出ました。高島は、九二は剛中で孚があり、阿好や迎合とは違うと読みました。すでに相孚を得ているのだから、悦び合わないはずがありません。朋友を選び、小人を遠ざけ、君子に近づけば、自然に相扶けられると断じました。
占例2
明治二十八年に日本とアメリカの交際を占ったときも、同じ爻が出ました。邦交は信義が相孚するのが最もよく、両国に詐虞がなければ、干戈を玉帛に化せるので吉と読みました。
三爻
引き寄せるための笑顔と巧言は、内に正しさを欠くかぎり凶へ向かいます。
原文
六三:来兌、凶。
書き下し文
六三、来りて兌ぶ、凶なり。
現代語訳
来りて悦びます。凶です。
爻辞の読み解き
外から悦びを招き寄せる形は凶です。六三がまさにそれに当たります。
来は招き寄せ、牽き寄せることです。三爻は兌の主で、陰柔が外にあります。柔媚、笑語、外飾によって人の悦びを招きやすい位置です。初九の和兌や九二の孚兌は、意図して求めなくても自ずと悦びが生まれます。六三の来兌は、わざわざ人を引いて自分を好かせようとします。
この悦びの弱点は、剛中の徳を欠いているところです。外では話がうまく、笑顔が多く、合わせることに長けていても、内が正しくなければ欺きの風が生まれます。上下が互いに眩まし合い、媚び合うなら、友人同士の講習にはならず、互いに誘い合うだけの関係になります。
実際の読み方
時運は、諂笑によって悦びを求めれば人に軽んじられます。経営は和気で客を招くのはよいのですが、互いに欺けば商道を失います。功名は奔走して栄を求め、一時は栄えても必ず敗れます。
戦いは烏合の衆を招く形で、長くは保てません。婚姻は初めが合っても終わりに離れます。訴訟は外から来る禍です。
高島の占例
明治二十四年、友人が某氏の気運を代占し、兌が夬に変じる六三を得ました。高島は、兌の悦びは心の中から出るべきもので、外から来る悦びは多く偽りだと読みました。この友人は心地が正しくなく、口蜜腹剣の象があるので凶です。朋友であるなら、常に戒めて偽りを去り誠を存させれば、凶を吉へ変えられると説きました。
四爻
迷いが残るのは当然です。相談で邪正を分け、節操で疑いを隔てれば喜びが来ます。
原文
九四:商兌、未寧、介疾有喜。
書き下し文
九四、商りて兌ぶ、未だ寧からず、疾を介つれば喜び有り。
現代語訳
商りて悦びます。まだ安らかではありません。疾を介てれば喜びがあります。
爻辞の読み解き
相談してもまだ不安が残ります。節操で病を隔てれば、そこに喜びが生まれます。
商は相談し、量ることです。兌は口ですから、商兌は繰り返し相談して取捨を量る働きになります。四爻は三と五の間にあり、上には九五の剛中を承け、下は六三の陰柔に近い位置です。君子と小人の間で軽重を見分ける場所に立ちます。
未寧とは、心がまだ落ち着かないことです。介は節操が堅いこと、また隔てることを指します。疾は憂疑から起こる病です。介節を守って邪正を分け、事情を十分に話し合えば、病は去り、喜びが来ます。
実際の読み方
時運はまだ安定しません。逆らえば憂い、順えば喜びがあるので、よく考えてから行います。経営は外へ出て商うと憂惧が多いのですが、相談を尽くしたあとに喜びがあります。功名は艱難を経て得られます。
婚姻は一時疑って成りにくく、媒妁が再三説き合わせる必要があります。家宅は中が安らかでなく、秋ごろ落ち着くこともあります。病は心神の不安から来るもので、喜び事があると緩むことがあります。
高島の占例
ある人が某縉紳の気運を占い、兌が節に変じる九四を得ました。高島は、兌は悦、未寧は不悦であって、商兌とはその悦と不悦の間に介在することだと読みました。人生の気運は中立のままではいられません。正に従えば吉、邪に従えば凶です。選択が定まらないうちは、病が身にあるようなものです。選択が定まれば、病は去り身は安らぎます。四は君位に近いので、状況をよく検討し、上には君徳を助け、下には民心を合わせれば慶びがあるとしました。
五爻
信任が篤いときこそ、その裏で誰かが削られていないかを疑います。
原文
九五:孚于剥、有厲。
書き下し文
九五、剥に孚あり、厲うきこと有り。
現代語訳
剥に信を置きます。危ういことがあります。
爻辞の読み解き
剥落や損耗にまで信を置いて深く関わるので、危うさが伴います。
五は尊位で剛中得正、兌卦でもっとも正しい高位です。ここでの剥は、傷つけられることだけを指しません。労苦、艱難、損耗、削られていく事まで含みます。
悦びが極まると、民衆は心悦誠服し、労を忘れ、死をも忘れます。上に立つ者は、まさにその状態を見て警戒しなければなりません。民は苦労と感じていないかもしれません。それでも君上は、それが剥であることを知っている必要があります。人々が自ら引き受けたいと思っているからといって、責任者がそれを濫用してよい道理はありません。位が正しいからこそ、危うきを思う心が要ります。
この爻の深いところは、安きにいて危きを忘れない点にあります。二爻の孚兌は互いの信任、五爻の孚于剥は、盛運のなかで衆志が城となる形です。しかし盛りが極まれば剥が来ます。常に剥を防いでいれば、盛りは長く保てます。
実際の読み方
時運は位が正しく運も盛んですが、盛りが極まって剥へ転じることを防ぎます。戦いは生死存亡のなかで軍心が一つになり、衆志成城となります。
経営は費用、損耗、搾取の議論が出ても、信任が深ければ大利があります。功名は命に安んじれば通じます。病は肌を剥ぐような疾を早く手当てすれば癒えることがあります。
高島の占例
明治二十二年、友人が気運を問うて、兌が帰妹に変じる九五を得ました。高島は、この人は陽剛中正で運は盛時に当たり、人々が互いに信頼し、たとえ剥削や労難があっても悦び合って解けると読みました。ただし心中では剥を危険と見て、患いを思って予防し、盈を持って泰を保つべきだと戒めました。五は吉を言いませんが、二の吉は五の吉でもあります。
上爻
引き、引かれてつながる悦びは明るさに欠け、終わりで大きく伸びません。
原文
上六:引兌。
書き下し文
上六、引きて兌ぶ。
現代語訳
引かれて悦びます。
爻辞の読み解き
上六は、人を引き寄せ、自分もまた悦びに引かれていく形です。
引は牽き寄せることです。上六には巽の気があり、巽は縄に当たります。兌は艮にも通じ、艮は手です。ですから牽引の象があります。上六と六三はともに柔爻で、三はすでに位を失っており、上六と三はともに陰ですから正応にはなりません。それでも位の対応から、上六が三を牽く形と読みます。来ることも正しくなく、引くことも当たっていません。
これは自然の和でも、誠信の孚でもありません。互いに牽引し、互いに媚び合う形です。爻辞は直接には凶と言いません。しかし象伝は「未だ光らざるなり」と言います。明るく開けた事ではない、という意味です。後に失うものが出るのを、免れにくい形です。
実際の読み方
時運は末端に来ていて、人に引き立てられて進む程度の平穏です。功名は推薦があっても遅すぎるきらいがあります。経営は人の導きが要り、海外へ出て商う象もありますが、大利は得にくいでしょう。
戦いは兵を西へ引きますが、時機は遅れています。病は内の邪が外へ出れば癒える望みがあります。婚姻は人の牽引や誘いによることが多く、正礼に合わないので慎みます。
高島の占例
明治二十二年、ある貴顕の気運を占うと、兌が履に変じる上六が出ました。高島は、上爻は外卦の極にあってこれ以上進む所がなく、物は極まれば変わるので、かえって退こうと思う象があると読みました。この貴顕は長く高位にいたが、身を引いて退隠し、自ら楽しむだろう。これを引兌と呼ぶと断じました。その年の冬、この人は果たして辞職し帰隠しました。
兌為沢:読みの覚え
兌為沢は、悦びと対話の卦です。内に剛正があり、外が和やかであるときにだけ、悦びは人を通わせます。
悦びの出どころを見る
同じ笑顔でも、誠から出たものと、相手を引き寄せるために作ったものとでは、行き着く先が違います。兌ではまずそこを見分けます。信にもとづく喜びなら話は深くなり、関係も残ります。歓心を買うための喜びは、その場かぎりで終わります。 見分け方はそれほど難しくありません。その悦びが誰の得になっているか、相手が去ったあとにも残る中身があるか。この二つを確かめれば、たいてい見当がつきます。
和やかさと、譲れない線
柔らかく話すことと、内側を曲げることは別の話です。会話でも和解でも販売でも、口調は和やかにしたまま、事実と原則は動かさずに置いておきます。相手を喜ばせるために境界や本心を曲げ始めたら、それはもう兌の悦びではありません。 九四が示すのは、迷いが残るうちは相談を尽くし、節操で邪を隔てるという運び方です。不安を抱えたまま同調してしまうより、話し合って正邪を分けたほうが、結局は喜びに届きます。 友との関係も同じで、居心地のよさだけを求めると学びが消えます。互いに講じ、習い、時には戒め合える相手がいるかどうかを見ます。
沢のとなりで読む二卦
巽為風とあわせると、巽は柔らかく入り込む力、兌は悦びによって人の心を開く力で、人へ働きかける二つの道を分けて読めます。沢雷随とあわせれば、兌の悦びから随の追随が生まれる流れが見え、喜んで従っている時ほど自分の判断を手放していないかを確かめられます。
兌為沢:読みの覚え札記を開く
兌為沢は、悦びと対話の卦です。内に剛正があり、外が和やかであるときにだけ、悦びは人を通わせます。
悦びの出どころを見る
同じ笑顔でも、誠から出たものと、相手を引き寄せるために作ったものとでは、行き着く先が違います。兌ではまずそこを見分けます。信にもとづく喜びなら話は深くなり、関係も残ります。歓心を買うための喜びは、その場かぎりで終わります。 見分け方はそれほど難しくありません。その悦びが誰の得になっているか、相手が去ったあとにも残る中身があるか。この二つを確かめれば、たいてい見当がつきます。
和やかさと、譲れない線
柔らかく話すことと、内側を曲げることは別の話です。会話でも和解でも販売でも、口調は和やかにしたまま、事実と原則は動かさずに置いておきます。相手を喜ばせるために境界や本心を曲げ始めたら、それはもう兌の悦びではありません。 九四が示すのは、迷いが残るうちは相談を尽くし、節操で邪を隔てるという運び方です。不安を抱えたまま同調してしまうより、話し合って正邪を分けたほうが、結局は喜びに届きます。 友との関係も同じで、居心地のよさだけを求めると学びが消えます。互いに講じ、習い、時には戒め合える相手がいるかどうかを見ます。
沢のとなりで読む二卦
巽為風とあわせると、巽は柔らかく入り込む力、兌は悦びによって人の心を開く力で、人へ働きかける二つの道を分けて読めます。沢雷随とあわせれば、兌の悦びから随の追随が生まれる流れが見え、喜んで従っている時ほど自分の判断を手放していないかを確かめられます。
この卦を読む前に
本卦、動爻、問いを照らす
卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。
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本卦の問い
兌が出たら、まず何を確かめますか。
悦びの出どころです。誠信や共通の目的から来ているなら吉、歓心を買うためや利益で釣るところから来ているなら、その場は楽しくても後で崩れます。六三の来兌と上六の引兌は、どちらもそこで足をすくわれる形です。
甘い話に乗ってよいか、どこで見分けますか。
相手が自分の原則まで譲らせようとしているかどうかで見ます。和やかに話しながら事実と境界を確かめられる相手なら、乗って構いません。確かめようとすると機嫌が悪くなる相手なら、そこが引兌です。
兌が出たら、まず何を確かめますか。開く
悦びの出どころです。誠信や共通の目的から来ているなら吉、歓心を買うためや利益で釣るところから来ているなら、その場は楽しくても後で崩れます。六三の来兌と上六の引兌は、どちらもそこで足をすくわれる形です。
甘い話に乗ってよいか、どこで見分けますか。開く
相手が自分の原則まで譲らせようとしているかどうかで見ます。和やかに話しながら事実と境界を確かめられる相手なら、乗って構いません。確かめようとすると機嫌が悪くなる相手なら、そこが引兌です。
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