六十四卦

六十四卦 意味・読み方

火沢睽|意味・卦辞爻辞解説(かたくけい)

資料説明周易と高島易断をもとに整理
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。

引

一言で読む

分かれ、そむき、互いに見誤る卦です。断絶ではありません。小さな所から通じ始めます。

卦象と卦名

睽は上が離火、下が兌沢です。火は上へ燃え上がり、沢は下へ潤します。一つは上へ、一つは下へ向かうので、方向が背きます。睽とは、離れ、そむき、目と目が合わない状態です。古人が反目を睽と呼んだのは、関係が絶えたからではありません。見方も向きも心も、今は合っていないからです。

卦の中心的な意味

革と睽は対にして見るべき卦です。沢が火の上にある沢火革では、沢と火が互いに助け合い、変革が成ります。ところが火が沢の上にある火沢睽では、火と沢が背き、互いに離れます。同じ力でも、位置と用い方が変われば、革にもなり睽にもなります。

睽は家人の後に来ます。序卦伝は、家道が窮まれば必ず背き離れるので睽が来ると言います。家庭でも組織でも国家でも、近い関係ほど、行き詰まった時の反目は強くなります。しかし睽の中にも合う機はあります。外の三爻は、疑いがどうほどけていくかをよく語っています。

向いている問い

睽を得たら、すぐ大同を求めたり、大事業を押したり、人を陣営に分けたりしません。まず差異を認めます。立場も速度も利益も情報も感情も、互いに違っています。

できるのは、小さい事、局部の事、具体的な事です。一つの誤解を解く。一つの手続きを整える。一つの小さな成果を出す。そこから大局がゆっくり戻ります。

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卦辞

一言で読む

大事はそろいにくく、小事なら吉です。人心が離れた時に一気にまとめません。

原文

睽:小事吉。

書き下し文

睽は、小事には吉なり。

現代語訳

睽は、小さい事には吉です。

卦辞の読み解き

人や気持ちが背いている時は、大事を一気にまとめず、小さな事から通します。それが吉になります。睽の時は、人々の心が離れ、互いに従いにくく、大事を共に担いにくい状態です。大事には上下の合力と多くの人の同心が要ります。しかし今は上下が背き、左右が疑っています。無理に大事を押せば、裂け目はさらに広がるだけです。

それでも小事は吉です。小事なら全員の同意を待たずに始められますし、一度に全資源をまとめる必要もありません。小さな修理、一つの謝罪、一つの納品、一つの誤解の説明。睽の時の吉は、大きな標語には宿りません。そうした小さな所に宿ります。

この卦には上下互いに既済の意味があり、既済もまた小者が亨ると説きます。兌にも小の象があります。だから卦辞は小事だけを言い、大事には触れません。睽でも大事業が成ると読めば、この卦の節度を失います。

実際の読み方

協力を問うなら、すぐ合併、同盟、長期契約へ進まず、まず一つの小さな共同作業をします。感情では、相手に大きな表明を迫らず、具体的な誤解を一つ解きます。会社では、大きな制度改革より一つの手順を通します。

争いでは、双方が受け入れられる最小の一点を探します。

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彖曰

一言で読む

同じ場にいて志が別れます。それでも悦びと明が少し通えば、小事は成ります。

原文

睽、火動而上、沢動而下、二女同居、其志不同行、説而麗乎明、柔進而上行、得中而応乎剛、是以小事吉。天地睽、而其事同也、男女睽、而其志通也、万物睽、而其事類也、睽之時用大矣哉!

書き下し文

睽は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居すれども、其の志は同じくは行われず。説びて明に麗き、柔進みて上り行き、中を得て剛に応ず。是を以て小事は吉なり。天地は睽けども其の事は同じきなり、男女は睽けども其の志は通ずるなり、万物は睽けども其の事は類するなり。睽の時用大なるかな。

現代語訳

睽では、火が動いて上り、沢が動いて下ります。二人の女が同居しても、その志は同じ方向へ進みません。悦びながら明るさに付き、柔が進んで上へ行き、中を得て剛に応じるので、小事には吉です。天地は背きながら成す働きを同じくし、男女は異なりながら志を通じ、万物はそれぞれ異なりながら事を種類ごとに成します。睽という時の働きは、まことに大きいものです。

彖伝の読み解き

同じ場にいても方向や心が別れます。それが睽です。離は中女、兌は少女で、どちらも陰柔に属します。一つの場所にいるようでも、心志はそれぞれ別に動きます。女性を責める話ではありません。同じ場にいても内心まで同じとは限らない、という卦象の説明です。

ただし睽は、離れるだけの卦ではありません。悦びが明に付き、柔らかいものが進んで上へ行き、中を得て剛に応じます。そのため小事は吉です。兌は悦、離は明で、下に和悦があり、上に明があります。六五は柔中で尊位にあり、九二の剛に応じます。だから食い違いの中にも、話して明らかにできる土台と、少し通じる道が残ります。

「睽の時用大いなるかな」という一句が、この卦の眼目です。天地は位置が背いていても、共同して万物を成します。男女は内外が別でも、情志は通じます。万物は用途が違っても、種類ごとに事を成します。睽は差異を消す卦ではありません。差異をよく用いる卦です。違う人を無理に同じにせず、違いの中でそれぞれの位置を得させます。

国家で見れば、政府と人民、上層と下層が互いに見えなくなった時、国勢は散ります。しかし久しく合ったまま睽かないものはなく、久しく睽いたまま合わないものもありません。睽を治める道は、食い違いを隠すところにはありません。それぞれの気質と位置、そして通じ合える小さな点を見つけるところにあります。

実際の読み方

睽を読む時は、合うか合わないかという大きな判定を急ぎません。どの層が背いているのか、どの小事なら通じるのか、誰が悦びを持ち、誰が明を持ち、誰が中位でつなげるのか。

差異を分けて見られれば、差異を使えるようになります。

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象曰

一言で読む

同じ場にいて働きが違うことはあります。共通を認め、違いはそのまま保ちます。

原文

上火下沢、睽、君子以同而異。

書き下し文

上は火、下は沢なるは睽なり。君子以て同じくして異なる。

現代語訳

火が上にあり、沢が下にあるのが睽です。君子はこれを見て、同じでありながら異なるようにします。

象伝の読み解き

同じ場、同じ目的の中でも、違いを失わずに保つ。それが同而異です。火と沢は同じ一卦の中にあります。しかし火は上へ燃え上がり、沢は下へ潤し、用い方が違います。君子はここから、共通する所では共通を認め、違う所では違いを保つことを学びます。

同而異は、わざと目立つ態度でもなければ、人が賛成すれば必ず反対する天邪鬼でもありません。声色や貨財は誰もが欲しがるものですが、君子は取るべき時に取り、捨てるべき時に捨てます。皆が欲しがるからと安易に同調せず、といって世に背くために背きもしません。共通の欲の中で自分の分別を失わない。それが本当の同而異です。

睽で最も危ういのは二つです。一つは、同じ仲間だけで党を組み、異なる意見をすべて敵と見ること。もう一つは、違うこと自体を目的にして、合理的な共通点まで壊すことです。火沢の象は、同じ場にいるからといって同じ働きとは限らず、意見が違うからといって関係が破れたとも限らないと教えます。

実際の読み方

チームでは、職能ごとにやり方が違って構いませんが、目的は説明できるようにします。関係では、差異をすぐ裏切りと見ません。決断では、ただ多数に従うことも、ただ逆張りすることも避けます。

世論や争いでは、事実と立場と感情を分けます。同じ所と異なる所を同時に見られること。それが睽の明です。

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占断

一言で読む

背きの中で小さな合いを探します。上下不通も値の開きも、まず疑いを散らします。

総合的な占意

これらはすべて、火が上にあり沢が下にある象から出てきます。上は熱く、下は湿り、中は通じません。人事では上下が一心にならず、商いでは値段の開きが大きく、家では気が落ち着かず、関係では見方がずれます。

項目別の占断

  • 時運:運が逆転して互いに合わず、正道で処するほかありません。
  • 戦いと功名:軍情が一致しない時は部隊の離散を防ぎます。上下が通じなければ名望は成りにくい時です。
  • 経営:相場の開きが大きく、人が捨てるものに小利があっても、性急に進みません。
  • 病:上に熱、下に湿があり、中間の気が通じないため、治療は難しくなります。
  • 家宅・婚姻・訴訟:家を整えるか移り、婚姻では気質の合う相手を選び、訴訟は和解して止めます。
  • 現代での応用:組織、取引、家庭、関係のずれは、小さな共通点から通し、全面一致を強いません。

六爻の要点

  • 初九:対立の初めには失ったものを追わず、嫌う相手も排除せず、自然に戻るのを待ちます。
  • 九二:表通りが塞がれても、脇道や偶然の出会いから連絡を取り戻せます。
  • 六三:両側から引かれて辱めを受けても、関係と正道を守れば終わりは好転します。
  • 九四:孤立の中で誠実な仲間に会ったら、信をもって交われば危険を脱します。
  • 六五:近くて信頼できる人を介し、浅い隔たりを破れば、進んでも咎はありません。
  • 上九:疑いが極まると味方を敵と見ますが、誤解が雨のように解ければ終には吉です。

実際の読み方

睽を得たら、奇妙に見える現象をすぐ本当の凶と決めつけません。上爻は泥を負う豚、鬼を載せた車、賊のような相手を見ますが、最後には婚媾となり、雨に遇えば吉になります。

まず確かめ、それから動きます。小事を通してから大局を語ります。それが睽の用法です。

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初爻

一言で読む

去ったものは追わず、嫌な相手も拒みません。それで初めの悔いは消えます。

原文

初九:悔亡、喪馬勿逐、自復、見悪人無咎。

書き下し文

初九、悔い亡ぶ。馬を喪う、逐うこと勿かれ、自ら復る。悪人を見るも咎なし。

現代語訳

悔いは消えます。馬を失いますが、追ってはいけません。自然に戻ります。悪人に会っても咎はありません。

爻辞の読み解き

離れたものを追い回さず、嫌な相手もすぐには拒みません。それで咎を避けられます。馬は、初爻が動いて上へ去る象と取ります。自分を捨てて去ったように見えても、初と四は同じ徳を持ち、四には正応がないので、結局また戻ります。だから追うな、自ら復ると言います。悪人は離火の激しく畏るべき象です。睽の時は人心がもともと背いています。嫌な人を見て激しく拒めば、相手はいっそう遠ざかります。無心に応じれば、咎は避けられます。

実際の読み方

時運は好運が来始め、失ったものも本当に失ったとは限りません。過度に焦らないでおきます。戦いでは、初戦に小敗しても後に勝ちがあります。経営では、新しい取引が一時不利でも後に戻ることがあり、来る者をむやみに拒みません。

功名は今すぐには整わず、次の段階を待ちます。失せ物は急いで追わずとも手に戻ることがあります。婚姻も、今まとまらなくても後に成る余地があります。

高島の占例

気運を問うた友人が、睽が未済に変じる初九を得ました。気質が孤高で人と合いにくいものの、目下の災悔はすでに退いていると高島は読みます。普段嫌っている相手が求めて来ても拒まないこと、失った馬のように一時の得失を気にしないこと。そう告げた上で、次の爻には巷で主に遇う象があり、来年には昇進の望みもあると添えました。

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二爻

一言で読む

表の大路が詰まっていても、小路で会うべき人に遇えば咎はありません。

原文

九二:遇主于巷、無咎。

書き下し文

九二、主に巷に遇う、咎なし。

現代語訳

主に巷で遇います。咎はありません。

爻辞の読み解き

正式な大路ではなく、身近な小路で会うべき人に出会います。それで咎はありません。主は六五を指します。巷は里の中で人が往来する小路です。二と五は正応ですが、睽の時なので、堂々と大庭で会うことはできません。巷の中で思いがけず出会います。形は正式でなくとも、会うべき者が会うのですから道を失わず、咎もありません。

この爻の要は巷にあります。大路は公開で制度的ですが、睽の時にはかえって通りにくいものです。小巷は人情に近く、阻みが少ないので、話が通ることがあります。君臣、上下、師生、協力者の間で、正式な窓口が詰まった時、横の道、非公式の対話、偶然の機会が道を開きます。

実際の読み方

時運は強くありませんが、近くによい出会いがあります。戦いでは、巷の中で短兵相接するような接近戦になります。経営では、巷という語の共の意から、共同事業や出資者との出会いを見ます。

功名は風雲際会の時です。家宅は小路の内にあり、貴人が近く来ることがあります。病では良医に遇う象です。婚姻は邂逅の縁で、必ずしも正式な正配とは限りません。

高島の占例

文部省の教育準則を占った時には、睽が噬嗑に変じる九二が出ました。当時の教育は旧来の道徳教化を軽んじ、欧米の智理に傾きすぎている。高島はそう見て『道徳本原』を著し、仁義忠孝、節操廉恥の大切さを述べました。はじめ山県総理に会い、次に芳川文部大臣に会い、最後に天聴へ達して、教育勅語につながったとします。これは予定された公式の一本道ではありません。時に応じて事を主導する人に遇う、遇主于巷の象です。

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三爻

一言で読む

前後から引かれ、体面まで傷つきます。それでも初めが悪いだけで、終わりは残ります。

原文

六三:見輿曳、其牛掣、其人天且劓、無初有終。

書き下し文

六三、輿の曳かるるを見る、其の牛は掣かれ、其の人は天せられ且つ劓らる。初めなく終わり有り。

現代語訳

車が引かれるのを見ます。牛は止められ、その人は髪を切られ鼻を削がれます。初めはありませんが、終わりはあります。

爻辞の読み解き

前後から牽制され、面目まで傷つけられても、最後には収まる余地があります。車は前から引かれ、牛は後ろから制され、車と牛の向きがかみ合いません。さらに車を御す人は、髪を切られ鼻を削がれる刑のように、体面を傷つけられます。始めは著しく不順です。

六三は上下の境にあり、位も正しくなく、前後から牽制されます。前の四に曳かれ、後ろの二に掣られて、一つの事が前にも後ろにも引っ張られます。顔や鼻の傷は、面目や名誉や外の体裁が損なわれることを指します。しかし三は上九と応じ、上には最後に雨に遇えば吉という象があります。疑いは終に解けるので、無初有終と言います。

実際の読み方

時運は目下位を得ず、刑傷や辱めを受ける恐れがありますが、後には転じます。経営では人と合わず、急に始めれば牽制されますが、後期には成る余地があります。功名は左右から掣肘され、晩運がよくなります。

戦いでは車馬が不利で、初め敗れて後に勝つには援軍が要ります。婚姻は、初め男家の疑いや辱めがあっても、後に疑いが解ければ成ります。家宅では前後左右に牽制があり、頭や顔の傷に注意します。

高島の占例

占例1

ある貴顕から託された件を占うと、睽が大有に変じる六三が出ました。卦に女の象が多いので、頼まれ事はおそらく女性に関わると高島は読みます。初めは上下の人に隔てられて紛争となり、仲介者も面目を失います。しかしもう一人、剛直な人の助言を得れば、最後には成ると断じました。

占例2

農商務省の施政を占った時も同じ爻でした。欧米の農商法をそのまま日本へ用いれば傷を受けると読みます。富商は安逸で遠行を好まず、貧商は志があっても資本がありません。糸茶製造に機械を入れても、外貿は関税や船舶保険に阻まれます。農地も狭く、欧米をそのまま写すわけにはいきません。後に商標、保険、銀行支店といった漸進策へ改めて、無初有終となりました。

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四爻

一言で読む

孤立した場でも、誠を交わせる相手に会えるか。会えれば危うくても道は保てます。

原文

九四:睽孤、遇元夫、交孚、厲無咎。

書き下し文

九四、睽きて孤なり。元夫に遇い、交わりて孚あり。厲うけれども咎なし。

現代語訳

睽いて孤独です。元夫に遇い、互いに誠を交わします。危ういけれど咎はありません。

爻辞の読み解き

背きの中で孤立しても、誠を交わせる相手に会えば咎は免れます。四は外卦離の始めにあり、離は目です。目が互いに見合わないので睽と言います。四には正応がなく、孤立しています。元夫は初九を指します。初と四は同じ睽の時にあり、同じ一卦の始めに居るので、気も志も通じることがあります。

この爻は初九と響き合います。初九では失った馬を追いません。四爻では孤の者が元夫に遇います。前で急いで追わなかったから、後に自然な出会いが来ます。睽の時に本当の助けになる人は、騒がしい同盟者とは限りません。同じく孤で、同じく局面が分かり、誠をもって交われる人です。

実際の読み方

時運では、気質が孤介で時に合いにくいものの、同志に遇えば大過を免れます。戦いでは孤軍深入して危ういところですが、救いを得ることもあります。経営では、遠くの孤客となって貨物が売れにくくても、旧友に遇えば処分できます。

功名は孤寒で大きな顕達は望みにくく、無咎を求めます。家宅は孤村僻地の象です。病は目の疾患を見ますが、良医を得れば治ります。

高島の占例

明治二年十二月、高島は海軍省の蒸気船飛龍丸で米を南部宮古へ運ぶことになり、出発前に睽が損に変じる九四を得ました。途中でふと十八年前に知った女性を思い出し、到着後、旧友に頼んで呼び寄せました。女性は病で容貌が変わり、自ら恥じて席に入ろうとしません。旧情を思って米二十包を贈り、生活を助けました。かつて睽いた相手と孤境で再び遇い、交孚によって恥と困窮を解く象です。

次へ:五爻

五爻

一言で読む

同じ根を持つ相手と近く通じます。柔らかい隔たりは破れ、往いて咎はありません。

原文

六五:悔亡、厥宗噬膚、往何咎。

書き下し文

六五、悔い亡ぶ。厥の宗膚を噬む、往くも何の咎かあらん。

現代語訳

悔いは消えます。その同宗が膚を噛みます。往けば何の咎があるでしょうか。

爻辞の読み解き

同じ根を持つ相手と近く通じれば、隔たりは破れ、前へ行っても咎はありません。五は君位にあり、睽の時に居るので本来は悔いがあります。しかし九二と応じます。二は同宗であり、臣であり、近づける人です。そのため悔いが亡びます。噬膚は、柔らかい皮膚や肉を噛むことです。隔たりが硬くなく、噛めば通じるという象になります。

睽が五爻まで来ると、見知らぬ者どうしの衝突という段階を越えます。同宗、同類、君臣、上下が再び会う段階です。二爻は主に遇うと言い、五爻は厥宗と言います。上からも下からも、互いが同じ根に属することを認めます。共に食し、共に議し、共に責任を担えば、隔たりは柔らかい皮のように破れます。

実際の読み方

時運では悪い運が退き、同宗同類と共に事を進められます。戦いでは勇んで進めます。経営では、共同者が利益を食い込むことに注意しますが、道理を明らかにして前へ行けば利を得ます。

功名は同宗の助けで慶びがあります。家宅は宗族の旧家の象で、住めば慶があります。病は皮膚や筋肉の病で、比較的治しやすいものです。婚姻は親族や旧家同士の縁として成れば喜びがあります。

高島の占例

明治二十三年春、衆議院を占うと、睽が履に変じる六五が出ました。五は君位、二は臣位で、二五が応じるので君臣が相合い、会議の象があると高島は読みます。卦名が睽ですから、議会の内部には必ず異見があります。しかし厥宗とは、貴族院と衆議院が位階こそ違え、同じ国家政体に属することです。噬膚は議が成った後の酒食会飲にも通じ、意見の相違を経て上下の志が合うと見ました。

次へ:上爻

上爻

一言で読む

疑いが極まると何もかも怪しく見えます。雨のようにほどければ誤解は吉に変わります。

原文

上九:睽孤、見豕負塗、載鬼一車、先張之弧、后説之弧、匪寇婚媾、往遇雨則吉。

書き下し文

上九、睽きて孤なり。豕の塗を負うを見、鬼を一車に載す。先には之が弧を張り、後には之が弧を説く。寇に匪ず婚媾なり。往きて雨に遇えば則ち吉なり。

現代語訳

睽いて孤独です。泥を背負った豚を見、鬼を一車に載せているように見ます。初めは弓を張り、後には弓を外します。相手は賊ではなく、婚姻を求める人です。往いて雨に遇えば吉です。

爻辞の読み解き

疑いが極まれば相手を怪しく見誤り、疑いが解ければ吉に変わります。孤疑が極まると、泥まみれの豚が怪物に見え、車に載るものが鬼に見えます。先には弓を張って射ようとし、後には弓を外します。相手は賊ではありませんでした。婚姻を結ぶ相手だったのです。往いて雨に遇えば火気が消え、煙も散って、吉になります。

上九は離火の極にあり、互卦の坎は疑い、豚、車、鬼、雨の象を持ちます。離は目ですが、睽の時の目は明らかに見ません。疑いが、ありふれた景色を恐ろしい景色へ加工してしまいます。多くの恐怖は事実そのものではありません。疑心が事実を悪く作り替えたものです。そこにこの爻の深みがあります。雨が降れば火は鎮まり、疑いは消え、孤立していた睽は合へ向かいます。

実際の読み方

時運は運が交わり変わる時で、妄想と疑いを最も戒めます。まず心を定めます。戦いでは、高所にいて軍が孤立するので、疑兵を防ぎます。経営では値動きが多く、盛夏は客が少なく、秋雨の後に利があります。

功名は、眼前の変動が怪しく見えても、久しければ解けます。婚姻は、前に疑いで不和でも後に和します。家宅は変動と疑惧がありますが、婚嫁などの喜びで解けます。病は疑心から来ることがあり、疑いが破れれば軽くなります。

高島の占例

占例1

東京のある大家の夫人が娘を伴って訪れ、夫が気鬱の久病で医薬も効かず、養嗣の人も遊蕩で家を継げそうにないと問いました。病も家の憂いも、根は疑いの一念にあると高島は読みます。主人は養嗣を疑い、日夜憂えて火気が上へ衝き、湿気が下に鬱し、上下が通じないので病になりました。家人もまた疑いによって豕を見、鬼を見、寇を見ています。娘が柔らかく接し、兌の悦をもって遇すれば、枯れたものが雨に遇うように、睽も最後まで離れたままではないと告げました。

占例2

春日に出遊した折には、睽が帰妹に変じる上九を得ています。初めは孤身で、行く先も定まりませんでした。途中で旧友に遇って大阪へ向かい、書店で長年探していた周易の珍本を得、さらに旧蔵の易書も多く買うことができました。後にこう解しています。載鬼一車の鬼は書物であり、遇雨は途中で遇った旧友であった、と。上九は恐怖ばかりを示す爻ではありません。見誤りの後に喜びを得ることも示します。

火沢睽:読みの覚え

火沢睽は、そむき、食い違い、見方が一つにならない卦です。完全な破局とは限りません。大同が得にくい時は、まず小さく通じ合える所を探します。

違いを、急いで埋めない

火は上へ、沢は下へ。向きが違えば、気持ちも同じ所には置けません。睽の時に相手を急かして揃えさせようとすれば、たいてい前より背きます。よい読み方は、差異をまず認めることです。その上で、まだ協力できる所、まだ互いが見えている所を一つ探します。同じくして異なるとは、変わって見せるためでもなければ、人が賛成した途端に反対することでもありません。同じ所では同じを認め、違う所では違いを残す。それが睽の正しい使い方です。

食い違いはどの層にあるか

食い違いは分けて見ます。価値観から来るもの、情報から来るもの、立っている位置から来るものがあります。価値観の違いは、短い間に無理をしません。情報の違いは、突き合わせればたいていほどけます。位置の違いは、立つ場所が見えるものを決めているので、誰が正しいかを争うより、それぞれの立場を言葉にする方が効きます。この三層を分けないでいると、あらゆる違いを敵意と取り違えます。違うことが、そのまま悪意とは限りません。

まず小さく合わせる

別れ話の瀬戸際、チームの不一致、共同経営の意見割れ、親子の衝突を問う時、睽は大きな和解から入るのを勧めません。突き合わせられる情報を先に整理し、双方が受け入れられる小さな一件を先に片づけます。小さな所が通れば、大局を語る機会も出てきます。正式な筋道が塞がっている時は、脇の道を通っても構いません。九二が巷で事を主導する人に遇ったのは、まさにその、あまり正式でない機会でした。

疑いは像を作る

上九のくだりは覚えておく値打ちがあります。泥まみれの豚が怪物に見え、車の影が鬼車に見え、来る人が賊に見える。火の気が収まってはじめて、相手は縁を結びに来たのだと分かります。睽の時にいちばん危ういのは、食い違いそのものより、疑いがありふれた景色を恐ろしい景色へ作り替えることです。だから睽が出たら、確かめてから動きます。

家人と訟のあいだ

風火家人とあわせて読むと、家人は内が相安んじることに重きを置き、睽は互いに背くことに重きを置きます。一方は合を見、もう一方は離を見て、二つはちょうど首尾でつながります。天水訟とあわせれば、睽は意見が背いた段階、訟は争いが形になった段階です。睽のうちに小さな一致を得られれば、たいてい訟までは行きません。

火沢睽:読みの覚え札記を開く

火沢睽は、そむき、食い違い、見方が一つにならない卦です。完全な破局とは限りません。大同が得にくい時は、まず小さく通じ合える所を探します。

違いを、急いで埋めない

火は上へ、沢は下へ。向きが違えば、気持ちも同じ所には置けません。睽の時に相手を急かして揃えさせようとすれば、たいてい前より背きます。よい読み方は、差異をまず認めることです。その上で、まだ協力できる所、まだ互いが見えている所を一つ探します。同じくして異なるとは、変わって見せるためでもなければ、人が賛成した途端に反対することでもありません。同じ所では同じを認め、違う所では違いを残す。それが睽の正しい使い方です。

食い違いはどの層にあるか

食い違いは分けて見ます。価値観から来るもの、情報から来るもの、立っている位置から来るものがあります。価値観の違いは、短い間に無理をしません。情報の違いは、突き合わせればたいていほどけます。位置の違いは、立つ場所が見えるものを決めているので、誰が正しいかを争うより、それぞれの立場を言葉にする方が効きます。この三層を分けないでいると、あらゆる違いを敵意と取り違えます。違うことが、そのまま悪意とは限りません。

まず小さく合わせる

別れ話の瀬戸際、チームの不一致、共同経営の意見割れ、親子の衝突を問う時、睽は大きな和解から入るのを勧めません。突き合わせられる情報を先に整理し、双方が受け入れられる小さな一件を先に片づけます。小さな所が通れば、大局を語る機会も出てきます。正式な筋道が塞がっている時は、脇の道を通っても構いません。九二が巷で事を主導する人に遇ったのは、まさにその、あまり正式でない機会でした。

疑いは像を作る

上九のくだりは覚えておく値打ちがあります。泥まみれの豚が怪物に見え、車の影が鬼車に見え、来る人が賊に見える。火の気が収まってはじめて、相手は縁を結びに来たのだと分かります。睽の時にいちばん危ういのは、食い違いそのものより、疑いがありふれた景色を恐ろしい景色へ作り替えることです。だから睽が出たら、確かめてから動きます。

家人と訟のあいだ

風火家人とあわせて読むと、家人は内が相安んじることに重きを置き、睽は互いに背くことに重きを置きます。一方は合を見、もう一方は離を見て、二つはちょうど首尾でつながります。天水訟とあわせれば、睽は意見が背いた段階、訟は争いが形になった段階です。睽のうちに小さな一致を得られれば、たいてい訟までは行きません。

この卦を読む前に

本卦、動爻、問いを照らす

卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。

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本卦の問い

ここまでこじれた関係は、まだ戻せますか。

戻せる見込みは十分あります。睽は、食い違いが目立って大事はそろいにくいと言っているだけで、小事はなお通じます。まず小さく合う所から手をつけ、関係の生死を急いで決めません。

共同の仕事で睽が出たら、どう進めますか。

範囲が狭く、危険が小さく、規則のはっきりした事から始めます。最初から完全な一致を求めません。違いをそのまま敵意と取らず、価値観と情報と位置の、どの層でずれているのかを見分けます。

ここまでこじれた関係は、まだ戻せますか。開く

戻せる見込みは十分あります。睽は、食い違いが目立って大事はそろいにくいと言っているだけで、小事はなお通じます。まず小さく合う所から手をつけ、関係の生死を急いで決めません。

共同の仕事で睽が出たら、どう進めますか。開く

範囲が狭く、危険が小さく、規則のはっきりした事から始めます。最初から完全な一致を求めません。違いをそのまま敵意と取らず、価値観と情報と位置の、どの層でずれているのかを見分けます。