六十四卦 意味・読み方
山火賁|意味・卦辞爻辞解説(さんかひ)
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。
引
山火賁は、内実があってこそ文飾が生きる卦です。外の飾り、礼、姿、言葉、制度は、真実の内容を支える時にだけ美しくなります。
卦象と卦名
賁は上が艮山、下が離火。山の下に火があり、その光が山石、草木、宮室、人の姿を照らします。もともと朴素なものに文理と光彩が現れるので、賁には装飾、礼文、文明、文采の意味があります。ただし、この卦が勧めるのは見た目の追求ではありません。すでにある実質を、ふさわしい礼、言葉、制度、儀式で表す。そこが賁です。
卦の中心的な意味
高島の注は字形から入ります。賁の字の上には草花の彩りがあり、下には貝の文様があります。艮は山で草木花卉を含み、離は亀、蚌、貝など文様あるものを象ります。噬嗑の後に賁が来るのは、人と事が粗雑に合うだけでは長く続かず、情意を礼で整える必要があるからです。直情のままぶつかるのは苟合にすぎません。礼の器に情意を置くから、長く合います。
向いている問い
賁を得た時は、名声、発表、内装、文書、儀式、礼節、教育、ブランド、制度の細部を整えることに向きます。ただし必ず問いを立てます。今していることは、真実の内容を分かりやすくするためか。それとも空虚を美しい外殻で隠すためか。
質があって文が加われば、価値は見えやすくなります。質がないまま文だけを飾れば、ただの虚栄です。賁が否定するのは美そのものではありません。根のない美のほうです。
卦辞
飾りは物事を通しやすくしますが、進めるのは小事や形式の整えに限られます。
原文
賁:亨。小利有攸往。
書き下し文
賁は亨る。小しく往く攸有るに利あり。
現代語訳
賁は通ります。小さく往くところがあるのに利があります。
卦辞の読み解き
文采、礼法、形式は、情意に節を与え、事務に秩序を与え、人と人の敬意を成り立たせます。明らかな文書、ふさわしい儀式、整った手順は、散ったものを理解しやすくし、伝えやすくし、協力しやすくします。だから賁は亨ります。
ただし賁の利は、あくまで小さな利にとどまります。下に離火があり明るさがありますが、上に艮山があって止まります。火は山の下を照らして物を明らかにするものの、無限に拡張はできません。賁が利をもたらすのは、修文、立礼、細務の整理、外観の改善までです。包装だけで大局を押し切る卦ではありません。
実際の読み方
事業では、発表、ページ改修、文案、契約、制度、資料、礼儀を整えます。関係では、言葉と礼が情意を安定させます。商売では、包装と展示は利になりますが、商品そのものが良くなければ続きません。拡張では、勢いや見た目だけで遠くへは出られません。
賁の利は、飾りが本質を助けるところにあります。外形が本質を圧倒し始めたら、すでに賁を誤っています。
彖曰
賁の美は、剛柔が互いに整え合い、質の上に文が乗る時だけ生きます。
原文
賁、亨、柔来而文剛、故亨。分剛上而文柔、故小利有攸往。剛柔交錯、天文也、文明以止、人文也。観乎天文、以察時変、観乎人文、以化成天下。
書き下し文
賁は亨る、柔来りて剛を文る、故に亨る。剛を分かちて上り柔を文る、故に小しく往く攸有るに利あり。剛柔交錯するは天文なり、文明にして以て止まるは人文なり。天文を観て、以て時変を察し、人文を観て、以て天下を化成す。
現代語訳
賁は通ります。柔が来て剛を飾るので通ります。剛を分けて上へ行かせ、柔を飾るので、小さく往くのに利があります。これは天文です。文明で止まるのが人文です。天文を観て時の変化を察し、人文を観て天下を化成します。
彖伝の読み解き
賁は噬嗑から変じた形と読みます。柔爻が下へ来て離明を成すのは、柔が来て剛を文る動きです。剛爻が上へ往き艮を成すのは、剛が上って柔を文る動きです。剛と柔が互いに飾り、成就させるから、天下の文が生まれます。賁の文には二層あります。天文と人文です。天文は日月星辰、寒暑、晦朔であり、自然のうちに光華を持ちます。人文は礼楽制度、詩書教化、倫理秩序であり、人倫の実質の上に章法を作ります。
実際の読み方
賁の読みで最も重いのは「質が先、文が後」という順序です。絵には素地が要り、玉帛、鐘鼓、宮室、衣服にも実質が要ります。人も同じです。内行が修まり、徳が実であれば、顔にも名にも自然に光が出ます。内が空で外だけ塗れば、賁は壊れます。
会社なら、製品が本当にあるかを見てからブランドを語ります。家庭なら、敬意が本当にあるかを見てから礼数を整えます。個人なら、徳行と実力があって初めて名望が生きます。文はあくまで質を見せる力です。無から質を作ることはできません。
高島の占例
高島はさらに、「天文を観る」一つの占験を記しています。明治十八年、熱海で夜空を見た際、月のそばに大星があるのを認め、この天象から数日中に大臣の一人に死期が迫ると予感しました。三日後、果たして有栖川宮殿下が薨去されました。この逸話は、一般の人に星象を迷信するよう勧めるものではありません。賁を読む時、天文、人文、時の変化を結び付けて見ていたことを示します。文とは表面の模様というより、天地と人事に現れる秩序を指します。
象曰
明るく整える力は日常の政務に用い、刑獄の重い判断には必ず止めを置きます。
原文
山下有火、賁、君子以明庶政、無敢折獄。
書き下し文
山下に火有るは賁なり。君子以て庶政を明らかにし、敢えて獄を折くこと無し。
現代語訳
山の下に火があるのが賁です。君子はこれを見て庶政を明らかにし、あえて獄を断じません。
象伝の読み解き
山下の火は細部を照らし、山はその勢いを止めます。君子はこの象を取り、日常の政務、制度、教養、兵食、財用などを明らかにします。しかし人の生死、名誉、処罰に関わる刑獄を、自分の明察だけで即断することはしません。
離の明は、細務を照らすには有効です。ただし明察が過ぎれば苛酷になります。艮の止は、聡明にもブレーキが要ると教えます。「無敢折獄」は、自分の明を過信せず、一時見えたことを全真相と決めつけない戒めです。
実際の読み方
組織では、手順、財務、職責、公告、教育規則を明らかにします。しかし処罰、解雇、訴訟、家族への重大な責めは、急いで断じません。証拠を聞き、相手の言い分を聞き、時間を置きます。
賁の明は、細務を照らす光です。賁の止は、権力が人を照らしすぎないためのブレーキになります。
占断
賁を得た時は、名声、文書、包装、礼儀、発表、修飾、小規模な前進を読みます。吉は文質相称にあり、凶は外華内空にあります。
総合的な占意
賁を得た時は、名声、文書、包装、礼儀、発表、修飾、小規模な前進を読みます。外形を整えることには利がありますが、大事を飾りだけで押し通せる時ではありません。文と質、本体と表現が釣り合うかを先に見ます。
項目別の占断
- 時運:発動の時で多くは順調ですが、上に止めがあり、思いのまま直進はできません。
- 商業:責任者に才幹と明察があれば進めますが、利に厳しすぎないようにします。
- 家宅と戦い:家では火気に注意し、戦いは前方の山に阻まれるため無理な攻撃を避けます。
- 病:鬱火上蒸を見ます。火を鎮めても、寒涼を過用して真火まで損なってはいけません。
- 行人と妊産:行人は帰ろうとしてなお止まります。妊産は古占で女児の象とされます。
六爻の要点
- 初九:不義の便利に乗らず、自分の足で正しく歩くことを美とします。
- 六二:鬚の飾りが顔に従うように、外形は本体に依って初めて生きるもの。
- 九三:光彩が最も盛んな時ほど、名利に溺れず長く正を守ります。
- 六四:華やかさから素白へ戻り、疑わしい接近が結ぶべき縁かを見極めます。
- 六五:派手さを捨て、丘園、農桑、倹徳という根本へ資源を向けます。
- 上九:飾りの極みで白賁へ帰り、本質を覆わない簡素さを選びます。
実際の読み方
ブランドや発表はできますが、実物があってのことです。内装や儀式は美しくしてよいですが、奢ってはいけません。求名なら出てもよいでしょうが、実徳を守ります。訴訟や処罰は早断しません。健康では火気上炎を見ます。
賁は美を大切にします。それでも最後には白賁へ戻ります。飾りは本質を隠すためのものではありません。見えやすくするために置きます。
初爻
不義の便利に乗るくらいなら、自分の足で正しく歩くことが本当の美です。
原文
初九:賁其趾、舍車而徒。
書き下し文
初九、其の趾を賁り、車を舍てて徒す。
現代語訳
その足を飾ります。車を捨てて歩きます。
爻辞の読み解き
初九は下にあり、位こそありませんが義を守ります。趾は足を、徒は徒歩を指します。古くは身分ある人が車に乗ることを光彩としました。しかし初九は、義に合わない車なら捨てて歩きます。美は車馬の威儀にあるのではありません。脚が仁義を踏むところにあります。
賁趾は「仁を践み義を履む」と読みます。世俗は車馬を光としますが、君子は不義の乗り物を恥として捨てます。少し遅く、低く、苦しくても、坐ってはいけない席には座りません。
実際の読み方
時運では清高で時流に合わず、徳で通じます。商業では小本や肩負いの商いに向き、大きな舟車の販売・輸送には向きません。家宅は勤倹で起こり、知足であれば辱めを受けません。戦いは陸軍に利があります。行人は途中で阻まれ、徒歩で帰ることがあります。病は初起で、薬なしに癒える場合もあります。
高島の占例
ある貴顕の気運占で高島は初九を得て、退位閑居しながらも天下を忘れず、民間に潜行して民情風俗を観る象と読みました。初九は、退いても朴素に行動することが大きな徳になると示します。
二爻
外の飾りは本体に付いて初めて意味を持ち、単独で主にはなれません。
原文
六二:賁其須。
書き下し文
六二、其の須を賁る。
現代語訳
その鬚を飾ります。
爻辞の読み解き
鬚眉は人の儀表ですが、鬚は顔や頤頬に附いており、口に随って動きます。六二は柔で柔位にあり、噬嗑の六五の柔が来て離明を成した形です。柔が剛を文る爻にあたります。その文飾は役に立ちますが、必ず上や本体に附いて動きます。単独で勝手に動くことはできません。
鬚はあくまで上に附くものだという読みは、象伝の「上と興る」を承けています。依って事を成し、全体の文脈に随って自分を表す爻です。爻として悪いわけではありませんが、自分が根本ではないと知っておく必要があります。
実際の読み方
時運は平平で、人に依って成ることがあります。商業では富商や強い相手と協力すれば盛んになります。戦いでは大軍と共に進むべきです。家宅は上の人の福沢で門が光ります。婚姻はまだ待つのがよいでしょう。妊産は、古い占では女児にあたると伝わります。
高島の占例
明治十四年、国会について高島は六二を得て、官吏と代議士の論説が互いに文る文明の象と読みました。ただし「小利有攸往」であり、外形だけを学べば数年後に剥落の憂いがあるので、賢を養い、国力を蓄え、実を厚くすべきと説きました。六二は、制度の文は本体の実に附いて初めて生きると教えます。
三爻
光彩が最も盛んな時ほど、人は溺れます。名利に流されず長く正を守るので吉となります。
原文
九三:賁如濡如、永貞吉。
書き下し文
九三、賁如たり濡如たり、永く貞なれば吉なり。
現代語訳
飾りは美しく、潤っています。長く正しければ吉です。
爻辞の読み解き
九三は下卦離明の上にあり、一陽が二陰に挟まれ、賁の文が最も盛んな所にあたります。濡如は、潤い、光彩が流れるような姿です。人で言えば、名を得、利を得、人に好まれ、外の魅力が満ちる時です。
ただし陰柔は、人を飾ると同時に人を溺れさせもします。戒めはそこにあります。文采と名声は人を魅力的にしますが、同時に本当の力を忘れさせます。だから永貞と言います。一時のことではなく、長く正を守らなければなりません。
実際の読み方
時運は盛んで、名利ともに得ます。商業では財源が水のように潤い、事業基盤を長く保てます。家宅は華やかで清く、水の映りもあるようなよい象です。戦いでは衆人が徳に感じ同心します。訴訟は理を得て、相手は再び犯しにくいはずです。婚嫁は百年偕老の象です。行人は衣錦して帰る象です。
高島の占例
友人の気運占で高島は九三を得て、維新後の仕途には才を飾り互いに標榜し、得位しても実能のない虚賁が多いと戒めました。虚名を博さず実徳を践み、永く貞を守ることが本当の賁です。
四爻
華やかさから素白へ戻る時、疑わしい接近も実は結ぶべき縁かもしれません。
原文
六四:賁如皤如、白馬翰如、匪寇婚媾。
書き下し文
六四、賁如たり皤如たり、白馬翰如たり、寇するに匪ず婚媾せんとす。
現代語訳
飾られて白く、白馬が飛ぶように来ます。敵ではなく、婚姻を求めるものです。
爻辞の読み解き
六四は離から艮へ入り、賁の道が光彩から静止へ移る所にあたります。皤如は白く素朴な姿、翰如は白馬が疾く来るさまです。白は文采を失った色というより、華から素へ返る色です。
六四は初九と正応します。しかしその間に九三がいるため、初めは疑いが生じます。白馬が急に来るので、敵かと疑います。しかし爻辞は、寇ではなく婚媾だと言います。九三は剛正であって害を奪う者ではなく、最後には疑いが解けて相合います。
実際の読み方
時運は今こそ阻みがありますが、安分なら吉で、後に通じます。商業では急いで売るのがよく、遅れると品が変色することもあります。家宅では喪と喜びが同時にあるような複雑さもあります。戦いでは和親の議が出ます。病は胸中の阻み、上下不調で、積もった阻みが解ければ大害は少ないでしょう。
高島の占例
ある縉紳の気運で高島は六四を得て、局中に隔てがあり、白馬に乗って来る人を初めは疑うが、本意は相助けるためで奪利ではないと読みました。後に疑いは解けました。六四は、誤解の中にも合うべき縁があると教えます。
五爻
派手さを捨てて根本と誠を重んじる時は、礼が薄く見えても最後は吉です。
原文
六五:賁于丘園、束帛戔戔、吝、終吉。
書き下し文
六五、丘園に賁る、束帛戔戔たり、吝なれども、終には吉なり。
現代語訳
丘園を飾ります。束ねた絹は少なく粗い。吝ですが最後は吉です。
爻辞の読み解き
六五は尊位にありながら、文飾を華麗な宮殿や市朝に向けず、丘園、農桑、朴素な根本へ向けます。束帛は礼物、戔戔は少ないさまを言います。外からは吝に見えるかもしれません。しかし意図は奢華を捨て、倹約と根本を重んじるところにあるので終吉です。
ここには二つの読みがあります。一つは、大禹が宮室を卑くし飲食を薄くしたように、上位者が倹徳を示して風俗を淳朴に返す道です。もう一つは、丘園の隠士へ束帛をもって聘し、賢者を求める道です。礼物は小さくても、誠敬があれば通じます。
実際の読み方
時運は正しく、勤倹が上策です。商業では木材、織物、農桑に利があり、貨物が多くなくてもよい利を得ます。家宅は勤倹の家風であれば吉です。戦いでは、土地に詳しい老人や郷人を導き手にします。婚嫁では、聘礼が薄くても賢婦を得る喜びがあります。
高島の占例
ある商人の気運占で高島は六五を得ました。近頃の商業は欧米風の華美や欺きを学び、朴素敦厚を吝と見るが、その人は山林の佳地を求め、園を修め木を植え、老後と後世を楽しましめる方が吉だと読みました。六五は、賁の中で根本へ返る倹の徳です。
上爻
飾りの極みでは、さらに盛るのをやめます。素白へ帰り、本質を覆わないでおきます。
原文
上九:白賁、無咎。
書き下し文
上九、白く賁る、咎なし。
現代語訳
白く飾ります。咎はありません。
爻辞の読み解き
賁の終点は、装飾を増やすところにはありません。白へ返るところにあります。白は文采を失った色ではありません。文采が本質に溶け、濃い飾りを必要としなくなった姿です。宝玉は彫らず、真珠は飾らず、文が質を覆わない。これを白賁と呼びます。
上九は卦の外、高い所にあり、世俗の過度な文飾を正し、独り朴素を尊びます。賁は卦内で、飾ることと飾らないことの両方を示し、最後は白賁で収束します。文明の否定ではありません。成熟した文明が本質へ返る姿です。
実際の読み方
時運では好運が終わりに近く、労した人は休み、動いた人は静へ返ります。商業では、価格が高く時令が終わる前に、過度な包装なしで売って利を得ます。家宅は清白な家風で、高い場所が吉となります。戦いでは、正々堂々の陣で奇謀を用いず勝てます。病は上焦にあり、清淡の薬を用います。行人は利を得て帰ります。
高島の占例
浦賀の吏員の病占で高島は賁が明夷へ変じる象と上九の白を見て、死と喪の象を読み、後にその通りになりました。上九は、事業や修身では白賁の吉ですが、病や終局の問いでは白が喪の象にもなるため、問いに応じて慎重に読みます。
山火賁:読みの覚え
山火賁は、飾りが内実を助ける時の卦です。形、言葉、礼、見せ方は大切ですが、本体を越えて主になってはいけません。
形式は内容に貼りつく
賁の美は、質の上に文が乗る時に生きます。火が山の下から山の形を照らし出すように、装飾の本分は内容に秩序と礼を与え、見える形にすることです。外を整えるのは小事には利がありますが、重い判断まで飾りで決めることはできません。
見栄えが主になった時
美しい形は入口になります。ただ、見栄えが本体を隠し始めた時、賁の美は役目を失います。ブランド、式典、履歴、作品、空間、礼儀のやり取りでは、今この場に足りないのが表現なのか、それとももう包み過ぎているのかを先に分けます。
立ち止まって確かめること
- この飾りは、本質を見えやすくしていますか。 - 見栄えのために、重い問題を軽く扱っていませんか。 - 素白に戻した時にも、価値は残りますか。
減らすほど分量が出る
発表、デザイン、文書、礼儀、式典では、見せ方を整えるほど話が通りやすくなります。それでも刑罰、契約、重大な判断の前では、一度止まって実質を確かめます。大象が庶政を明らかにしながら獄を折くことをしないと言うのは、そういう線の引き方です。
鼎と家人、それぞれの面
火風鼎と並べると、賁は形式を整えて礼を成す働き、鼎は中身を変化させて人を養う働きです。外が美しくても、内が人を養えなければ続きません。風火家人とあわせれば、賁は外に現れる文様を、家人は内側の秩序を受け持ちます。外の美しさと内の正しさは、どちらか一方だけでは立ちません。
山火賁:読みの覚え札記を開く
山火賁は、飾りが内実を助ける時の卦です。形、言葉、礼、見せ方は大切ですが、本体を越えて主になってはいけません。
形式は内容に貼りつく
賁の美は、質の上に文が乗る時に生きます。火が山の下から山の形を照らし出すように、装飾の本分は内容に秩序と礼を与え、見える形にすることです。外を整えるのは小事には利がありますが、重い判断まで飾りで決めることはできません。
見栄えが主になった時
美しい形は入口になります。ただ、見栄えが本体を隠し始めた時、賁の美は役目を失います。ブランド、式典、履歴、作品、空間、礼儀のやり取りでは、今この場に足りないのが表現なのか、それとももう包み過ぎているのかを先に分けます。
立ち止まって確かめること
- この飾りは、本質を見えやすくしていますか。 - 見栄えのために、重い問題を軽く扱っていませんか。 - 素白に戻した時にも、価値は残りますか。
減らすほど分量が出る
発表、デザイン、文書、礼儀、式典では、見せ方を整えるほど話が通りやすくなります。それでも刑罰、契約、重大な判断の前では、一度止まって実質を確かめます。大象が庶政を明らかにしながら獄を折くことをしないと言うのは、そういう線の引き方です。
鼎と家人、それぞれの面
火風鼎と並べると、賁は形式を整えて礼を成す働き、鼎は中身を変化させて人を養う働きです。外が美しくても、内が人を養えなければ続きません。風火家人とあわせれば、賁は外に現れる文様を、家人は内側の秩序を受け持ちます。外の美しさと内の正しさは、どちらか一方だけでは立ちません。
この卦を読む前に
本卦、動爻、問いを照らす
卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。
関連記事
本卦の問い
見せ方には、どのくらい手をかけるべきですか。
内容が見えやすくなり、相手が受け取りやすくなるところまでです。賁は亨りますが、その利は小さいと卦辞は言います。形式が空虚の代弁を始めたら、そこが手を止める線になります。
作品や事業で賁が出たら、どう使えばよいですか。
表現、包装、見せ方を整えてかまいません。ただし先に、中身が単独で立つかどうかを確かめます。中身が薄いまま包むほど、かえって粗が目立ちます。
逆に、簡素にしたほうがよいのはどんな時ですか。
名がすでに知られ、外形が十分に明るい時です。六五は束帛を丘園へ向け、上九は白賁で収めます。後段になるほど、足すより減らすほうが重みを生みます。
賁のいちばんよい状態とは、どんな状態ですか。
文と質が釣り合っている状態です。礼を尽くすべき場では尽くし、簡素にすべき場では削る。飾りに目を奪われず、本当の光がそのまま見えているなら、賁は働いています。
見せ方には、どのくらい手をかけるべきですか。開く
内容が見えやすくなり、相手が受け取りやすくなるところまでです。賁は亨りますが、その利は小さいと卦辞は言います。形式が空虚の代弁を始めたら、そこが手を止める線になります。
作品や事業で賁が出たら、どう使えばよいですか。開く
表現、包装、見せ方を整えてかまいません。ただし先に、中身が単独で立つかどうかを確かめます。中身が薄いまま包むほど、かえって粗が目立ちます。
逆に、簡素にしたほうがよいのはどんな時ですか。開く
名がすでに知られ、外形が十分に明るい時です。六五は束帛を丘園へ向け、上九は白賁で収めます。後段になるほど、足すより減らすほうが重みを生みます。
賁のいちばんよい状態とは、どんな状態ですか。開く
文と質が釣り合っている状態です。礼を尽くすべき場では尽くし、簡素にすべき場では削る。飾りに目を奪われず、本当の光がそのまま見えているなら、賁は働いています。
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