高島易断
艮為山|意味・卦辞爻辞解説
艮為山䷳:一言で読む 止まるべき所で止まり、行くべき時には行き、心・身・言葉・欲をそれぞれの位置に戻します。 現代語訳 艮は上も下も艮で、重なる山の象です。山は高く厚く、むやみに動きません。そこから安定、停止、収束、守位の意味が出ます。震卦の後に艮が来るのも自然です。震は動きです。雷が動いた後、万物はいつまでも動き続けることはできません。どこかで止まり、落ち着き、位置に戻る必要があります。
導入
一言で読む
止まるべき所で止まり、行くべき時には行き、心・身・言葉・欲をそれぞれの位置に戻します。
現代語訳
艮は上も下も艮で、重なる山の象です。山は高く厚く、むやみに動きません。そこから安定、停止、収束、守位の意味が出ます。震卦の後に艮が来るのも自然です。震は動きです。雷が動いた後、万物はいつまでも動き続けることはできません。どこかで止まり、落ち着き、位置に戻る必要があります。
高島は卦体から、艮は二陰一陽で、一陽が二陰の上にあり、陽気が地上に高くとどまるので山となると説きます。また震と反対です。震は一陽が下にあり、内から発動するので動です。艮は一陽が上にあり、外で止まるので止です。動きが極まれば静へ帰り、静も時に合えばまた行く。これが艮の根本です。
卦辞は「其の背に艮まり、其の身を獲ず。其の庭に行きて其の人を見ず。咎なし」と言います。背は身の後ろで、自分から見えにくく、また物を取りに行く場所でもありません。背に止まるとは、私欲に引かれにくい所へ心を置くことです。庭に行って人を見ないとは、本当に人がいないのではなく、目の前の人事に心が引きずられないことです。
実際の読み方
艮を得たら、まず「進めるか」より、「今どこで止まるべきか」を問います。仕事なら拡張を止めて本業を守る。関係なら言い争いを止め、節度を守る。健康なら休み、消耗と怒りを止める。
艮のよさは安定にあり、危うさもまた安定の行き過ぎにあります。時に合って止まるのは知恵ですが、責任から逃げて固まるのは艮ではありません。
卦辞
一言で読む
心を背のように欲から遠い所へ止めれば、身にも人にも執着せず咎がありません。
現代語訳
その背に止まります。その身を得ません。その庭に行ってもその人を見ません。咎はありません。つまり、欲に引かれにくい所で止まれば、自他への執着が薄れ、咎がない、という字面です。卦辞の中心は背です。顔、手、足は前にあり、自分にも見え、すぐ動きます。背は後ろにあり、自分では見えず、外物を取りに行く働きも弱い。背に止まるとは、追わず、競わず、見せようとしない位置に自分を置くことです。そこに止まれると、眼前の欲、評価、誘いに動かされにくくなります。
「其の身を獲ず」は、身体を失うという意味ではありません。背を向けて立てば互いに見えないように、自己への執着が弱まることです。背に止まり、身に執われない。「其の庭に行きて其の人を見ず」も、目を閉じて世界を拒むことではありません。庭の中にいても、外の人によって分別、攀附、争いの心を起こさないということです。
高島はこれを人事や国家にも広げます。人事には静から動へ行く震があり、動から静へ帰る艮があります。艮は仏老の枯寂断滅ではなく、一切を押し殺すことでもありません。時を審らかにし、場所を得て、正しく止まることです。国家で言えば、乱がまだ萌さないうちに防ぎ、暴が動こうとする時に止めることです。光明正大な陽で、陰暗の潜謀を止めるので、その道は光明です。
実際の読み方
現実では、艮を逃避と読まないことが大切です。背に艮まるとは、責任を捨てることではなく、まず自尊心、貪り、怒りを前に出さないことです。
衝突したら「どうしても勝ちたい、証明したい、すぐ返したい」という衝動を止めます。誘いが来たら手足を止めます。情報が多すぎたら目と耳を一歩引かせます。そうすれば大きな咎はありません。
彖伝
一言で読む
止まる時は止まり、行く時は行くことで、静止は死んだ固定ではなく光明の時機になります。
現代語訳
艮は止まることです。止まるべき時には止まり、行くべき時には行きます。動静がその時を失わず、その道は光明です。つまり、止は動かないことだけでなく、時に合って止まり行くことだ、という字面です。この数句が艮を生きたものにしています。止は固定した姿勢ではなく、時機の判断です。止まるべき時に止まるのが正しい止です。行くべき時に行くことも、私欲に流されず時に合うなら、艮の道から外れません。
高島は「所」と「時」を詳しく分けます。所は止まる場所に定位があること、時は止まり方が死定していないことです。一見すると定まっていないようでも、その時に合っていれば、それが止まる所です。平たく言えば、今日は守る時なら守る。明日条件が熟して動く時なら動く。私欲に引かれない限り、動も止の中にあり、静も止の中にあります。
「上下敵応して相与せず」とは、上下二つの艮が同じ山のように向かい合い、互いに引き合わないことです。二つの山がそれぞれ屹立し、互いに攀じません。だから内では自分の身に執着せず、外では他人を追いません。その結果、「其の身を獲ず、其の庭に行きて其の人を見ず」という境地が現れます。
実際の読み方
何かをするかどうかを判断する時、自分がしたいかだけで見てはいけません。時と位を見ます。時が来ていないのに動けば妄動です。時が来ているのに縮こまって動かなければ失時です。
艮の実用は単純です。まず外の騒音から心を戻し、今は止まる、守る、待つ、あるいは節度を持って進む、そのどれかを見極めます。
象伝
一言で読む
山がそれぞれの所に止まるように、思いも自分の位と責任を越えません。
現代語訳
重なる山が艮です。君子はこれを見て、思いをその位から出しません。つまり、山が自分の所に止まるように、考えも自分の責任と位置を越えない、という字面です。兼山とは、一つの山の外にまた一つの山があることです。二つの山は相対し、それぞれ安んじて自分の所に止まります。ほかの八純卦には上下が互いに連なる意味が強いものもありますが、艮はとくに上下の山がそれぞれの所に止まり、越え合わないことを重んじます。
「思うこと其の位を出でず」は、視野を狭くせよという意味ではありません。自分の責任、権限、現在の段階をまず知るということです。思いが位を越えると、行動も乱れます。行動が乱れれば、本来の「止まるべき所」から外れ、むやみに動くことになります。
高島は『中庸』の「其の位に素して行い、其の外を願わず」を引いて説明します。普通に言えば、今いる位置で、その位置の仕事を確かにすることです。自分の権責でないことを奪わない。まだ自分の時でないことに焦らない。すでに自分に落ちている責任を押し返さない。
実際の読み方
会社では、越権して約束しない、人の職責をむやみに背負い込まないことです。家庭では、親、子、伴侶がそれぞれの節度を守ることです。
学びや修行では、遠くの名利に心を乱されず、目の前の課題を固めます。念を本位に止められれば、行動は自然に安定します。
占断
一言で読む
まず誤った動き、貪り、越位を止め、守るべき根本を固めます。
現代語訳
高島の総占は一貫しています。時運を問えば平平で、退守がよく、妄動はよくありません。戦いや競争を問えば、互いに境界を守り、越境して勝ちを求めない方がよい。経営や売買では、本業を守り、意外の財を貪ってはいけません。功名は旧を守り、僥倖で進むことを望まない。家宅は土地が狭くても、軽く改造しない方がよい。婚姻は富を貪り貧を嫌うのではなく、分と誠を守ります。
訴訟では、曲を直と言い張ると不利です。失せ物は元の所や近い所に求めると得やすい。病は艮に止と延の意味があり、長引く象があるので、静養し消耗を止める必要がありますが、具体的には医学に従います。妊娠出産では古占では女を主ることが多いとします。
この卦で最も怖いのは、止の字の誤解です。何もかも希望がないという意味ではありません。一律に退けという意味でもありません。今最も大切なのは、拡げる動きではなく、誤った動き、貪り、争い、越位を止めることです。
実際の読み方
選択を問うなら、艮はまず減らすことを勧めます。無効な連絡を止め、危険な投資を一時止め、手元の資源を守り、境界と職責を点検します。
長期計画なら、基本盤を立て直します。関係なら、一言少なくし、一拍遅らせ、感情を相手に押しつけないことです。
初爻
一言で読む
動き出す最初の足先で止めれば、後の災いを避け、長く正を守れます。
現代語訳
その足の指に止まります。咎はありません。長く正しくするのに利があります。つまり、動き出す最初の所で止めれば咎なく、長く正を守るのに利がある、という字面です。趾は身体の中で最初に動く所です。人が歩こうとする時、まず足の指に動く気配が出ます。人が過ちを犯す時も、小さな動作、小さな念、小さな試しから始まることが多い。だから初爻は、まさに動こうとする初めに止めることを言います。
高島は、これは人欲をまだ萌さないうちに止め、正理をまだ現れないうちに保存することだと説きます。早く止めれば止めるほど容易です。すでに遠く歩き、言葉に出し、局面を作ってから止めるのは難しい。「永貞に利があります」とあるのは、この早止めが一時だけの我慢ではなく、長く正を守ることだからです。
占例では、明治二十四年にある大臣の気運を占い、艮が賁に変じる初六を得ました。高島は、二つの山が並び立ち、もうさらに前進できない。初爻は趾であり、趾が動かなければ全身も動かない。爵位を保ち、正を長く守るべきで、さらに昇進任用を求めるべきではないと断じました。妄りに動けば過失があります。
実際の読み方
時運は、ひとつの段階に入ったばかりで、穏やかに正を守るべき時です。戦いでは軍が山の足もとにあり、静守がよい。経営では足るを知って本業を守り、新局を貪りません。
功名は小さな起点でも守正で保てます。家宅は長住できます。婚姻は久しく合う象があります。病は足や歩行に関わることがあり、早く治し養います。
二爻
一言で読む
自分だけ止まっても従う相手を救えない時は、無理に背負わず不快を受け止めます。
現代語訳
そのふくらはぎに止まります。従うものを救いません。その心は快くありません。つまり、自分は止まっても従う相手を救えず、心が晴れない、という字面です。腓はふくらはぎで、足の指の上にあります。足の指が動けば小腿もついて動き、足の指が止まれば小腿も影響を受けます。六二は柔順で、本当は止まりたい。しかし上の九三が門限のように前に横たわり、下の初に従う関係もあるため、自分だけで局面を救うことができません。そのため心が快くないのです。
この爻の重点は大凶ではなく、動くにも止まるにも人に引かれる不快さです。ある停止は自分が主体的に選んだものではなく、状況、上位者、仲間、身体条件、外部環境により、やむなく止まる場合があります。この時、無理にすべてを救おうとすると、かえって疲れます。
高島には二つの占例があります。一つは鉱山の占で、艮が蠱に変じる六二を得ました。背と腓の位置から、鉱穴は山背、股下足上にあるとしつつ、爻義は停止を主るので、倡議者は止まり、従う者も救えず、しばらく退いて五爻の悔亡の時を待つべきだと読みました。もう一つは明治二十七年冬至に戦後の形勢を占った例で、大戦後は止戈休養すべきであり、軍士は動きたがっても朝廷は静かに鎮めるべきだとしました。軍中に不快が残るのも、この爻です。
実際の読み方
時運は阻みがあり、思いのまま動かない方がよい。戦いでは堅守して進まず、外援も少なく、心が鬱します。経営では貨物が滞り、無理に押しても売れません。
功名は少しも進めず、強い援けも得にくい。病は古占では足や秋症などを取り、薬力だけでは速く救いにくい象としますが、現実には早く診てもらいます。関係では、従うことと自立の間に不快さがあります。
三爻
一言で読む
止め方が硬すぎて内外を裂くと、静けさではなく危うさが心を焼きます。
現代語訳
その限に止まります。その背肉を裂きます。危うくて心を薫します。つまり、境目で無理に止めすぎると、内外が裂けて心が苦しく危うい、という字面です。限は門限、内外の境目です。夤は背骨を挟む肉です。三爻は内卦と外卦の間にあり、身体で言えば腰脊のあたりに門限を置くような位置です。止を、強く切る、押しつける、断絶することだと誤解すれば、人身の上下の血脈を分けるように、気血が通らず、心火が上に薫ります。
高島はこの爻を非常に重く見ます。心は本来、虚霊であり、事に応じて自然に感通すべきものです。艮は止を説きますが、それは「時止まるべき時は止まり、時行くべき時は行く」です。強制的に心を降伏させ、自分と外界、上下、人情、流通をすべて断つなら、表面は静かでも、実は危うい。真の止は安定であって閉塞ではありません。節度があることであって、往来を絶つことではありません。
占例では、ある貴顕の気運を占って艮が剥に変じる九三を得ました。高島は、この人は政府内外と情意が通じず、位置を高くして人と往来することを軽んじ、次第に孤立すると読みました。才智があっても施す所がない。爻辞の「限に艮まり、夤を列く、厲うくして心を薰す」は、まさに内外が隔絶し、心背が裂かれる象です。補うには咸卦の感通を取り、みずから交通を求める必要があります。
実際の読み方
時運は、順境でも逆境でも時に従うことが必要です。強制すれば危うくなります。戦いでは二軍が対峙し、境界を切るだけでは済みません。経営では流通があって初めて利があり、閉じこもれば困ります。
功名は一技一隅に守るだけでは大器になりません。家宅は厳格さはよいが、内外隔絶は家道を通じさせません。婚姻は門戸の見方が重すぎると成りにくい。病は上下不交、血脈不通の象として重視します。
四爻
一言で読む
大きく動かせなくても、自分の身を守り分を越えなければ咎はありません。
現代語訳
その身に止まります。咎はありません。つまり、自分の身体と行いをその場に止め、分を守れば咎がない、という字面です。身は全体です。四爻は下卦の上、上卦の下にあり、身体で言えば中ほど、心にも近い位置です。柔順で正を得ており、上の六五にも近いので、自分の止まるべき所に止まり、身体と行いを乱しません。
この爻は九三より良いです。九三は強く隔断して心が薫されます。六四は自分の身に戻り、身において止まります。天下を兼ねて救う力や大局を動かす力はなくても、自分の身を清く守り、職分を越えず、妄りに動かない人にはなれます。高島も、これは空虚な静坐ではなく、心の節度を身体の行動に実際に落とすことだと見ます。
占例では、明治二十年にある貴顕の気運を占い、艮が旅に変じる六四を得ました。高島は、四爻は身心を兼ねて言い、保身安命を主ると断じました。その人の爵位はすでに顕れているので、職分を謹んで守り、日夜怠らず、名声、俸禄、地位を保ち、太平の福を安んじて受けるべきで、別の大きな働きを求める必要はないとしました。
実際の読み方
時運は柔順に身を守れば平安を保てます。戦いでは大きく進取できませんが、自身は大傷を受けません。経営では保本が中心で、拡張はよくありません。
功名は大きな得失がありません。家宅は安居できます。婚姻は平平。病は病を持ちながら養生して長く保つ象です。失せ物は身近な所、または身につけている所に求めます。
五爻
一言で読む
言葉は黙るか話すかではなく、時と順序を整えて出せば余計な失敗を防げます。
現代語訳
その口のわきに止まります。言うことに順序があります。悔いは亡びます。つまり、言葉の出口を制し、順序立てて言えば悔いが消える、という字面です。輔は口のわきで、発言に関わります。輔に艮まるとは、口を完全に封じることではありません。言葉の出口を管理することです。言う時を待ち、意味を順序立て、節度を中正に合わせます。妄言が少なければ悔いも少なく、言うべき時に明らかに言えば、事も誤りません。
高島は、君子の道は黙り込むことではなく、「時ありて後に言う」ことだと強調します。黙るべき時は黙り、語るべき時は語る。語ることも黙ることも時を失わない時、初めて言有序です。五は外卦の中にあり、中正の位を得ています。だから議論、号令、消息、媒妁の言葉を、正しい秩序の中へ収められます。
占例では、明治二十四年、日野西公と稲葉正邦が疫病、大津事件、濃尾震災、伊勢神宮の庭燎異常などを語り、議会の成否を憂えました。高島は以前、衆議院を占って艮が漸に変じる五爻を得ており、「艮其輔」は衆議の中の根拠ない妄言を止め、議者の言葉に序があって初めて聴き納められることだと読みました。しかし実際には出言不遜、政府を困らせる言葉が多く、ついに勅命による解散に至ると予見し、後にその通りになりました。
実際の読み方
時運は中正を得ています。話を慎めば悔いはありません。戦いでは流言が軍心を乱すことを最も恐れ、号令を明らかにします。経営では商業情報を軽く漏らさず、交渉は要点を押さえます。
功名は巧言で敗れ、正言で成ります。家宅は中正で安らかです。婚姻では媒人の言に誇張がありやすく、聴く側が慎みます。病は口、歯、発声などの象として、現実の症状に従い受診します。
上爻
一言で読む
止まる力が我慢ではなく厚い徳になった時、人も事も安定して終われます。
現代語訳
止まることが厚いです。吉です。つまり、止め方が厚く安定して徳となっていれば吉、という字面です。敦は厚いことです。山は高いほど根が厚くなければなりません。人も高位、晩年、終局に至るほど、厚徳をもって自ら止まる必要があります。前の爻は趾、腓、限、身、輔と身体の一部で止を説きましたが、上爻では特定の部位を言わず、敦艮と言います。止の工夫が一つの気質になったからです。
高島は、全卦六爻の中で上爻だけが直接吉と言われることを重く見ます。艮の道はここで厚く終わります。恐れて動かないのでも、困って止まるのでも、心を押し殺すのでもありません。自分がどこに止まるべきかを知り、忠厚、穏重、人を凌がない態度でその位置を守ることです。厚く終わることが、艮の完成です。
占例では、明治二十七年三月、ある貴顕が気運を占い、艮が謙に変じる上九を得ました。高島は、この人は山のように位が高く、人民が仰ぎ見るが、もとより忠厚で、勢位をもって人を凌がないと読みました。すでに兼山の上にいるのだから、止まるべき所に止まり、厚さにさらに厚さを加えるべきです。そうすれば己にも人にも吉で、晩運は亨ります。
実際の読み方
時運は、すでにこれ以上進みにくい所まで来ています。厚みに厚みを加えて守成すれば吉です。戦いでは地位が高く、兵力と根基を厚くすべき時です。経営では成熟した商いで、品がよく値も高く、利も厚いが、軽薄な冒進を避けます。
功名は上選を望めます。家宅は代々忠厚の家です。婚姻は吉。病は素体が厚く、不薬にして喜ぶ象もありますが、現実の病状に従って治療します。
艮為山:読みの覚え
艮為山は、止まるべき所で止まる卦です。止まることは停滞ではなく、心身と言葉をそれぞれの位置へ戻す働きです。
止まる場所を正確にする
艮では、欲から遠い背のような場所に心を止めます。動く時は動き、止まる時は止まるから、静止は生きた判断になります。
止めるべきものは、足かもしれません。口かもしれません。欲や思い込みかもしれません。どこを止めるかを間違えないことです。
立てておきたい問い
- 今止めるべきものは、足ですか、口ですか、欲ですか。 - 硬く止めすぎて、内側を裂いていませんか。 - 自分の位を越えた思いに引かれていませんか。
沈黙にも順序がある
休職、沈黙、境界設定、瞑想、撤退では、無理に成果を出しません。言葉は黙るか話すかではなく、時と順序を整えて出します。
あわせて読む
震為雷が動かす卦なら、艮為山は止める卦です。天山遯と読むと、止まることと退くことの違いが見えてきます。
本卦の問い
今止めるべきものは、足ですか、口ですか、欲ですか。
衝動的に歩く足、言いすぎる口、追いかける欲を見分けます。艮は全部を凍らせる卦ではなく、越えている部分を止める卦です。
硬く止めすぎて、内側を裂いていませんか。
止めることで心身が整うなら正しい静止です。内側が裂け、恐れだけが増えるなら、止め方を硬くしすぎているかもしれません。
自分の位を越えた思いに引かれていませんか。
自分の役割を越えた心配、発言、介入を見ます。艮は、思いをその位置へ戻すことで心を静めます。
本ページの現代語訳は gaodaoyijing.com が独自に整理・翻訳したものです。© 2026 gaodaoyijing.com。無断転載、複製、機械的な大量取得、商用データベースでの利用を禁じます。