六十四卦 意味・読み方
離為火|意味・卦辞爻辞解説(りいか)
整理説明を見る
本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。
引
離為火は光の卦です。火が薪に附くように、才知も正しい依り所に附いて人を照らします。
卦象と卦名
離は上下とも離です。ここでの離は、離れることではありません。麗、すなわち附くことを指します。火そのものには気があっても、固定した形がありません。薪、灯油、器物に附いて、初めて炎と光が現れます。人の心も才華も名声も権力も、同じ理屈で動きます。正当な事に附いてこそ、人を照らせます。虚名や私欲に附けば、人を焼き、自分も焼きます。
卦の中心的な意味
水は始まりを資け、火は生を資けます。水は気を化し、火は形を成す。一つの火星は万の炬火へ分かれ、一つの心は万事に応じられます。ただし、明るければそれでよいというものでもありません。求められるのは、中央が虚で、明らかで、しかも柔らかいことです。離卦の中爻は陰で、火炎の中が虚であるようであり、人心が空明であるようでもあります。心が私欲で塞がれば、かえって明を失います。
卦辞は「離、利貞、亨。牝牛を畜えば吉」と言います。離はまず正を守ることに利があり、その後に亨ります。牝牛を畜うように、柔順で、生み養い、持続する力が吉を生みます。離の光明は、見せびらかす光とも、刃のような鋭さとも違います。正道へ柔らかく附き、安定した力を育てていく光です。
向いている問い
離を得たら、自分が何に附いているかを見ます。正道、規則、徳行、専門、信頼できる関係に附けば、光は長く続きます。虚名、情緒、私欲、短期利益に附けば、明るくなるほど危険です。
離は公開、文明、教育、礼法、照察に向きます。同時に、火災、焦り、過熱、急な爆発、感情の炎を防ぐ卦でもあります。
卦辞
明るさは正しいものに附いて初めて通り、柔順に養われてこそ吉へ落ち着きます。
原文
離:利貞。亨。畜牝牛、吉。
書き下し文
離は、貞しきに利あり。亨る。牝牛を畜えば吉なり。
現代語訳
正しく守ることが利で、通ります。牝牛を養えば吉です。
卦辞の読み解き
離の光はまず正に附き、柔順で生み養う力を育ててこそ吉になります。この順序が大切です。他の卦では亨、利、貞の順に言うことが多いのに、離では先に利貞を言い、それから亨を言います。離は外が剛明で、内が柔虚だからです。方向を先に正さなければ、外の明るさは見せびらかしや偏執や急躁へ傾きます。正を守って、初めて本当に通じるのです。
畜牝牛は、置きどころのある譬えです。坤は牛であり、離は坤の柔中から変じたものなので牛の象を取ります。牝牛は母牛で、性情は柔順であり、しかも生み養います。離卦は二つの陽が一つの陰を包む形です。剛明が柔順を保護し、その柔が偏邪へ流れないようにしています。火が剛すぎれば暴れますし、明が硬すぎれば人を傷つけます。だから離は、光明を柔らかく、持続し、生養するものとして育てることを求めます。
これは人の聡明にも言えます。聡明な人が、ただ人を責め、圧し、誇るばかりなら、烈火が乱れ焼くのと変わりません。正を守り、柔らかく人を照らして養うなら、灯火が道を照らし、竈火が食を熟すように、人に欠かせない明になります。
実際の読み方
事業では、露出や熱度より先に、依って立つ規則と価値が正しいかを見ます。感情では、熱烈さに加えて、順承と滋養が要ります。名声では、正しさが先で、明るさは後です。管理では、剛明でありながら柔和を包み、制度が人を養う形にします。
離が求めるのは、ただ燃える火ではありません。照らし、養い、長く続く光です。
彖曰
明はそれだけでは善になりません。正しい根に附いて上下が照らし合う時、天下を化成します。
原文
離、麗也、日月麗乎天、百谷草木麗乎土、重明以麗乎正、乃化成天下。柔麗乎中正、故亨、是以畜牝牛吉也。
書き下し文
離は麗くなり。日月は天に麗き、百谷草木は土に麗く。重明以て正に麗き、乃ち天下を化成す。柔中正に麗く、故に亨る。是を以て牝牛を畜えば吉なり。
現代語訳
離は附くことです。日月は天に附き、百穀草木は土に附きます。重なる明が正に附くことで、天下を教化し成します。柔らかなものが中正に附くので通り、牝牛を養えば吉です。
彖伝の読み解き
明るさは何かに附いて働きます。そして正に附いた時にだけ、人を育てます。日月は天に懸かるから日月の明となり、百穀草木は土に根づくから生長します。人の聡明、国家の政教も、正道に附いて初めて天下を教化できます。
重明とは、上下二つの離が重なることをいいます。二つの太陽が争う象ではありません。光明が相継ぎ、上下が照らし合う象です。ここで要になるのは二爻と五爻で、六二は柔で中正、六五は尊位にいて憂惧を知ります。君臣が心を同じくし、朝野が志を合わせる形です。光明は一人の眼のうちにあるのではなく、上下が接して内外が通じる秩序のなかに宿ります。
人事に当てれば、離は心であり、目でもあります。心が虚だから明らかなのです。目に麗けば見ること、耳に麗けば聞くこと、口に麗けば飲食と言語、身に麗けば進退周旋になります。肝心なのは、心が何に附くかという一点です。道義に附けば正しく、欲望に附けば邪になります。徳行に附けば中を得て、私利に附けば偏ります。中正であれば通じ、邪偏であれば塞がります。
国家で見れば、上卦は政府、下卦は人民です。火は炎上し、威徳は上から出ます。離にはまた孕育の象があるので、人民はその養いを受けます。政令も刑罰も、正に麗いていなければなりません。政令が正しければ百姓は教化され、刑罰が偏れば怨みが増えます。牛を牧することと民を牧することは、そのまま通じ合います。本当の治理は人を焼き伏せることではなく、柔順と生息と秩序を養い出すところにあります。
実際の読み方
この卦を「自分は明るく賢い」と読むと外します。本当の明とは、自分が何に附いているかを知り、人が何によって養われるかを知る明のことです。
リーダーなら制度を正に附けます。学問なら聡明を理に附けます。人としては、表現を徳に附けます。離の光は、正から離れるほど、明るく見えていても乱れていきます。
象曰
一度まぶしく光るより、正しい明を継ぎ続けて四方を照らす。それが離の仕事です。
原文
明両作、離、大人以継明照于四方。
書き下し文
明両つながら作るは離なり。大人以て明を継ぎて四方を照らす。
現代語訳
明るさが二度重なって起こるのが離です。大人はこれを見て、明を継ぎ、四方を照らします。
象伝の読み解き
光明は一度で終わらず、継いで広く照らしていくものです。象伝はそこを言います。上下二つの離は、光明が前後に相継ぐ象を示します。日月の明は一度だけ爆ぜる光ではなく、日々運行しています。徳位と判断力のある人も同じように、明徳、明政、明察を継続し、四方を照らすべきです。
ここで日と直接言わずに明と言うのは、天に二つの日がないからです。重離が取るのは、二つの太陽が争う姿ではありません。内外二層の光明が続いていく姿です。この明は、忠邪を弁え、百姓の疾苦を知り、幽微隠蔽の所まで照らし、しかも久しく続くものでなければなりません。
継明は、大学の明明徳にも通じ、日日新にも通じます。今日だけ明るくても足りません。明日も明らかであってこそ継明です。一時の熱情は、離の明には届きません。教育、制度、判断、徳行が世代を越えて続く時、四方を照らす明になります。
実際の読み方
管理では、照察の仕組みを継続して作ります。一度の運動だけに頼りません。家庭では、明らかな家風と規矩を伝えます。学習では、たまに頑張るのをやめて、日々更新します。指導者にとっての光明は、人に仰がせるためのものではありません。四方の問題を見えるようにし、手を打てるようにするためのものです。
占断
物事が顕れ、判断も明らかになる時です。文書や名誉に利があり、過熱と火患を防ぎます。
総合的な占意
離の利点は、隠れたものを照らして方向を見えるようにするところにあります。危ういのは、急ぎすぎ、熱くなりすぎ、外からの認可を求めすぎる時です。火は食を煮て暖を取り、人を助けますが、家を焼き身を傷めることもあります。聡明も人を啓発できますが、人を傷つけ自分を傷つけることがあります。
項目別の占断
- 戦い:攻めには火攻めを用い得ますが、守りでは前後から同時に火が起こる事態を防ぎます。
- 経営:照明、エネルギー、電力、電子、通信、教育、映像、公開展示など、光明を生かす業に利があります。
- 功名:順位や文才が表に現れ、人に認められやすい時です。
- 家宅と婚姻:家は前後が通り採光がよい形が吉です。婚姻は再縁や、相手の家柄が尋常でない場合があります。
- 妊産と病:妊産は、古い断だと女子に見ます。病は熱勢が強まり、神気が離散するのを防ぎます。
- 現代での応用:離は隠れたものを照らしますが、性急さ、過熱、外からの評価への執着に注意します。
六爻の要点
- 初九:明るい場へ入った直後は足取りが乱れやすく、敬慎を保って秩序を守ります。
- 六二:中正で柔らかな光によって物事を照らすのが最も吉です。
- 九三:光が衰える時は時の移りを受け入れ、嘆きで自分を消耗させません。
- 九四:烈火のように突然暴進すれば、焼かれ、死に、ついには見捨てられます。
- 六五:高い位置で憂いを知り、自省できれば危うさを転じられます。
- 上九:最後は首悪だけを罰し、無辜まで傷つけなければ正道に適います。
実際の読み方
事業では、透明化、ブランド化、教育化に向きます。ただし、明るく見せるために根を犠牲にしてはいけません。健康では、発熱、炎症、心神不寧、眼の問題を重んじます。関係では、熱情にも依り所を持たせて、急に熱く急に冷たくなる振れ幅を抑えます。リスクでは、火、電気、爆発的衝突、公開の世論に注意します。
初爻
明るい場に入った直後は足取りが乱れます。敬んで心を収めれば、咎はありません。
原文
初九:履錯然、敬之無咎。
書き下し文
初九、履むこと錯然たり、之を敬めば咎なし。
現代語訳
歩みが入り乱れています。これを敬めば咎はありません。
爻辞の読み解き
明るさの中で物事が交錯する初めでも、慎んで歩けば過ちはありません。履は歩みであり、実際に踏み行うことです。錯然とは、足取りや物事が入り交じる様子を指します。初九は離卦の始めで、夜が明けたばかりのように、さまざまな人情、仕事、情報が一度に来ます。眼前の光と色に乱されやすい時です。
これは事を謀り始めた時に譬えられます。局に入ったばかりの人は、心に光を持っていても、経験はまだ深くありません。敬慎がなければ、一歩動くごとに一歩誤ります。履卦では虎の尾を履んで危険を恐れることを知り、離の初九では、錯然とした道を歩みながら敬むことを知ります。敬があるから過失を避けられます。
実際の読み方
戦いでは軍が動き始め、旗鼓が交錯する時です。臨事に恐れ、側路から進むこともあります。商業では新事業で、南北往来の売買に関わることがあり、すぐ大利はありませんが、慎めば大過を免れます。功名は外力を得て成ることがあります。家宅は大道のそばが吉です。妊産は、古い占例では女子と読みます。
高島の占例
友人が気運を占って、離が旅に変じたことがあります。火の用は非常に大きく、照明にも暖にも調理にも役立ち、人の世に一日も欠かせないけれども、その禍もまた烈しい、と高島は読みました。とくに燃え始めの時が最も注意を要します。初爻と九四は初四の位で対しますが、ともに陽で正応にはなりません。ここは応爻の筋ではなく爻の順に読み、始めに慎まなければ、後に四爻の「突如其来」の火災のような大禍になり得ると見ます。三年後は特に注意し、四年目に転吉すると告げました。
二爻
黄は中央の色です。偏らない柔らかな明が中にあるので、人を養い、大吉となります。
原文
六二:黄離、元吉。
書き下し文
六二、黄離、元いに吉なり。
現代語訳
黄色い離です。大いに吉です。
爻辞の読み解き
中央の色のように偏らない明を保てるので大吉です。黄は中央の色であり、離は文明にあたります。六二は柔で柔位に居り、下卦の中を得ています。離卦の「柔、中正に麗く」の主となる爻です。刺すような白光でもなく、偏激な烈火でもありません。中に居て温厚で、正当な明です。
離卦の六爻のうち、最も中を得ているのがこの六二です。外には二陽の護りがあり、中の一陰は柔順です。明らかであっても亢らず、柔らかくても邪に流れません。だから大吉なのです。黄には土地、中央、養育の意味もあるので、この光は地に足がつき、人を養います。空中で一瞬光って消える明とは、質そのものが違います。
実際の読み方
戦いでは大有に変じ、大車が物を載せ、中営に糧が足り、軍心が勇健で勝てる象です。経営では南方に利があり、土地、木材、建築など土木相生の業にも利があります。功名では離が午位で、上に文昌へ応じ、文名が顕れます。家宅ではよい子弟が家門を振興します。婚姻は夫婦が相順う佳偶です。病は中焦の内熱鬱結が多いので、清涼に調えます。妊産は、旧来の占で女子の象と伝えられます。
高島の占例
ある貴顕について問われて、離が大有に変じたことがあります。離は火であり日であって、万物を温め、枯れたものを生き返らせる象がある、というのが高島の読みでした。六二と六五はともに陰で、陰陽相応の関係はありません。ここは君臣の位だけを借りて、六二を至尊を輔ける臣と取ります。黄は中央に属し、この貴顕は中道を握り、国家を治め、文明を開く人なので、爻辞が大吉と言うのだとしました。
三爻
日が傾く時に歌って心を安んじられず、老いを嘆くばかりなら、盛りは凶へ転じます。
原文
九三:日昃之離、不鼓缶而歌、則大耋之嗟、凶。
書き下し文
九三、日昃くの離、缶を鼓ちて歌わざれば、則ち大耋の嗟あり、凶なり。
現代語訳
日が西に傾いた離です。缶を打って歌わなければ、老いを嘆く大きなため息があり、凶です。
爻辞の読み解き
明が衰え始める時に、歌って心を安んじられず、老いの嘆きへ落ちれば凶です。日昃は日が西へ傾くこと、缶は腹が大きく口の小さい瓦器で、離の中虚によく似ています。缶を鼓って歌うとは、感情を節のある形で安んじることです。不鼓缶而歌は、その歌によって心を安んじられない姿を指します。そのため大耋の嗟、老境に入る嘆きへ陥ります。
九三は下卦の終わりにあって、明が暗へ移ろうとする位置です。ここで最も恐ろしいのは、時位の変化を受け入れられないことです。盛りから衰えへ移る時に、歌って心を安んじられず、ただ老いを嘆くばかりなら、すでに節を失っています。離卦が咎めるのは喜びでも憂いでもありません。いつ歌い、いつ止まり、いつ備えるかを知らずにいることです。
実際の読み方
戦いでは日暮れに近く、軍中の歌や嘆きが規律を乱し、夜襲に注意します。経営では市場が終わりに近く、人声が乱れ、喜憂の過度が正業を傷めます。功名は年を重ねて成らず、ただ嘆くことを戒めます。婚姻は偕老を望みにくいところです。妊産は古法に従えば女子と読み、養いにくいこともあります。
高島の占例
占例1
友人がある女性との婚姻を問い、離が噬嗑に変じたことがあります。日昃の離には、婚後にまた離散する象がある、と高島は読みました。鼓缶して歌えないのは、盛衰を受け入れて心を安んじられないことなので、かえって生離を主ります。大耋の嗟は偕老できない嘆きです。後に不信のまま婚姻しましたが、まもなく家門不和で離散しました。
占例2
日本とフランスの交際を占ったときは、離を甲、刀、矢、火砲と見ています。兵甲は時に応じて修備すべきであり、安逸に歌うのも、自分から衰弱を示すのも、どちらもよくないという判断でした。
四爻
火が突然噴き上がる爻です。焼かれ、身を害し、名まで失う暴発を先に防ぎます。
原文
九四:突如其来如、焚如、死如、棄如。
書き下し文
九四、突如として其れ来如たり、焚如たり、死如たり、棄如たり。
現代語訳
突然それが来ます。焼けるようで、死ぬようで、捨てられるようです。
爻辞の読み解き
火も、怒りも、権勢も、急に暴発すれば身と名を同時に焼きます。九四は離卦のなかでも最も激しい爻です。上下二つの火の間にあり、下の火は尽きようとし、上の火は燃え上がろうとしています。火炎は上へ向かい、勢いは急です。突如其来とは、突然来て防ぎようがない、という意味になります。焚如は家を焼くようであり、死如は身を害するようであり、棄如は名誉や身の置き場を失うようです。
読む範囲は火災に限りません。怒りの暴発、世論の暴発、親族の内乱、統制の利かなくなった経営、権勢の過盛が呼ぶ災い。急に燃え上がる禍を、この爻はまとめて示します。九四は陽剛でありながら中を得ておらず、明るさが急なので、長く保てるとは限りません。手に入りそうに見えるものほど、その後に払う代価まで考えておきます。
実際の読み方
戦いでは営塁が焼かれ、銃砲の暴烈な禍に注意します。来勢は非常に急です。経営では人も財もともに失う恐れがあるので、退いて身を保つのがよいでしょう。功名は名位がすぐ手に入りそうでも、顕れるほど災いを招くので、退くことを知ります。家宅では逆子、不孝の子が乱を起こすことに注意します。婚姻は大いに不吉です。妊産は女を主とし、養いにくいことがあります。
高島の占例
明治二十三年の春、友人が当年の気運を占ったところ、この九四が出ました。九四は二火の間にあって離卦でいちばん凶であり、陰険邪僻の人が内側で扇動する恐れがある、と高島は読みます。初めに気づかなければ、火勢が盛んになった時、家内に禍が及ぶだけでなく、自身の肌膚と名誉まで傷つきます。友人は柔弱で深く受け止めず、親族の少年を任用しましたが、後にその少年が妄作を重ね、家産を敗り、悔悟しても遅すぎました。
五爻
高い位置で涙を流すのは弱さではありません。先に憂える人だから、かえって吉です。
原文
六五:出涕沱若、戚嗟若、吉。
書き下し文
六五、涕を出すこと沱若たり、戚嗟若たり、吉なり。
現代語訳
涙が流れるように出ます。憂えて嘆くようです。吉です。
爻辞の読み解き
高い位置にあって先に危うさを憂えるなら、その悲嘆は弱さではなく吉に転じます。涕は涙、嗟は嘆きを指します。離は目なので涙の象があり、互卦の兌は口なので嗟嘆の象があります。六五は尊位にあり、上卦の中を占めます。本来なら光明顕赫の位置ですが、ここでは憂い、恐れ、悲嘆しています。衰弱から出る涙ではありません。
九三にも嘆きがあり、凶でした。六五にも涙と嘆きがあり、吉です。違いはどこにあるか。九三の嘆きは、時位が衰えるなかで喜憂の節を失った乱れでした。六五の涙は、高位にいながら盛を憂い危を防ごうとする目覚めです。一つは乱れ、一つは醒め。天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ、と高島はこの句を引きます。責任ある人ほど、明るい場所で先に汗と涙を流すものです。
実際の読み方
戦いでは、事に臨んで恐れることができれば謀ることができ、謀れば勝ちを制することができます。経営では、公家、王家、公共事業のような大きな仕事に向きます。小民の私計とは規模が違い、辛苦艱難の末にようやく成ります。功名は宰輔の高位に至ることがありますが、憂労は非常に重く、諸葛武侯のように身を尽くす象です。婚姻は門第が貴く、初めに憂哭があって後に喜びへ転じます。妊産は女を主とし、難産を防げば終に吉です。
高島の占例
ある豪商の時運を占って、離が同人に変じたことがあります。五は尊位ですから、国なら君、家なら主、郷里なら望みを寄せられる人にあたります。爻辞の涙と嘆きは、事の先に謀り、危を防ぎ盛を慮り、百計を尽くすことを示します。来占者は平日から艱苦を尽くしており、こうした継明察事の力があるから、家業を守り、親族の少年に欺かれずに済みます。それゆえ吉、というのが高島の読みでした。
上爻
悪を討つ時も、折るのは首悪だけです。脅されて従った者まで罰しなければ咎はありません。
原文
上九:王用出征、有嘉折首、獲匪其丑、無咎。
書き下し文
上九、王用て出征す、嘉すること有りて首を折る、獲るは其の丑に匪ず、咎なし。
現代語訳
王が出征に用います。嘉すべきことがあり、首を折ります。捕えるのはその同類ではありません。咎はありません。
爻辞の読み解き
悪を討つ時は首悪を正し、随従者まで濫りに罰しません。それができれば過ちはありません。王は六五を指し、実際に出征を行うのは上九です。離には兵戈の象があるので出征と言います。首は首悪、魁首を指します。丑はその同類、脅されて従った者たちです。嘉すべきは首悪を折服することであって、随従者を一概に殺し尽くすことではありません。
この爻が説くのは好戦ではありません。処罰の精確さです。教化がすでに明らかに天下を照らしていても、なお頑迷で民を害する者がいるなら、兵を用いざるを得ません。ただし王者の師は、国を正して民を安んずるために動くのであって、殺しを好んで動くのではありません。首悪を除き、脅従を赦し、範囲を広げすぎない。それが離卦の光明の道です。
実際の読み方
戦いでは、師出に名分があり、精確に首悪を討ち、濫殺してはいけません。経営では上等の佳品を取り、劣った貨を捨てれば利があります。功名は首選、第一等の象があります。病では折の字に夭折の意味があり、不利と出ることがあります。妊産の見立ては、古い例では女子に傾きます。管理や法務では主責を押さえ、関係者を一律に倒しにかかりません。
高島の占例
明治七年三月の佐賀の乱で、朝廷が出師征討しようとした時、ある軍官が占を求め、離が豊に変じました。爻辞の王用出征がまさに事に合う、と高島は読みます。乱党には必ず主謀があり、これが魁首で、罪は赦せません。一時応じた者の多くは脅従で、丑類です。朝廷が天下に布告し、倡乱の首悪だけを取り、脅従を濫りに問わず、渠魁を捕えた者を賞するなら、「有嘉折首、獲匪其丑」に合います。後に一か月足らずで首悪は誅され、佐賀は平定されました。
離為火:読みの覚え
離為火は、明るさと附くことの卦です。火が薪に附いて燃えるように、知性もまた正しい依り所に附いて人を照らします。
明るさは、何かに附いて燃える
離の明は、それだけでは善になりません。何に附くか、どう明を継ぐかによって、照らす力にも焼く力にも変わります。見えることは力ですが、見えすぎれば人を傷つけもします。
何に附いているかを確かめる
知識、制度、師、共同体、身体の状態。自分の明るさを支えている薪が何かを、一度数え上げてみます。依り所の弱い明は長く燃えません。 そして、その薪が正しいかどうかも見ます。虚名や短期の利益に附いた明は、盛んなほど危うくなります。
照らす力を慎む
文書、名誉、発表、技術、火や電気に関わる場面では、明るさの扱いに気を配ります。判断が明らかな時ほど、過熱と濫罰から遠ざかります。 九四の突如其来は、怒りでも世論でも経営でも、急に燃え上がる禍をまとめて指しています。手に入りそうなものほど、その後の代価を先に見積もります。
折るのは首悪だけ
上九は、悪を討つ時の作法を示します。折るのは首悪であって、脅されて従った者ではありません。範囲を広げすぎない処断が、そのまま光明の道になります。
明夷と噬嗑を並べて
地火明夷とあわせると、離は光を明らかに現し、明夷は傷ついた光を隠して守る卦なので、明を出す時と蔵す時を分けて読めます。火雷噬嗑とあわせれば、離は問題を照らして見抜き、噬嗑はその障害を噛み切って裁く働きなので、見極めてから処断する順序が分かります。
離為火:読みの覚え札記を開く
離為火は、明るさと附くことの卦です。火が薪に附いて燃えるように、知性もまた正しい依り所に附いて人を照らします。
明るさは、何かに附いて燃える
離の明は、それだけでは善になりません。何に附くか、どう明を継ぐかによって、照らす力にも焼く力にも変わります。見えることは力ですが、見えすぎれば人を傷つけもします。
何に附いているかを確かめる
知識、制度、師、共同体、身体の状態。自分の明るさを支えている薪が何かを、一度数え上げてみます。依り所の弱い明は長く燃えません。 そして、その薪が正しいかどうかも見ます。虚名や短期の利益に附いた明は、盛んなほど危うくなります。
照らす力を慎む
文書、名誉、発表、技術、火や電気に関わる場面では、明るさの扱いに気を配ります。判断が明らかな時ほど、過熱と濫罰から遠ざかります。 九四の突如其来は、怒りでも世論でも経営でも、急に燃え上がる禍をまとめて指しています。手に入りそうなものほど、その後の代価を先に見積もります。
折るのは首悪だけ
上九は、悪を討つ時の作法を示します。折るのは首悪であって、脅されて従った者ではありません。範囲を広げすぎない処断が、そのまま光明の道になります。
明夷と噬嗑を並べて
地火明夷とあわせると、離は光を明らかに現し、明夷は傷ついた光を隠して守る卦なので、明を出す時と蔵す時を分けて読めます。火雷噬嗑とあわせれば、離は問題を照らして見抜き、噬嗑はその障害を噛み切って裁く働きなので、見極めてから処断する順序が分かります。
この卦を読む前に
本卦、動爻、問いを照らす
卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。
関連記事
本卦の問い
離が出たとき、まず何を確かめますか。
自分がいま何に附いているかです。正道、規則、専門、信頼できる関係に附いた明は長く続きます。虚名や短期の利益に附いた明は、明るいほど危うくなります。
正しい指摘のはずなのに、相手が傷つきます。
離では、何を照らすかと同じくらい、どれくらいの熱で照らすかが効きます。六二の黄はまさにその温度です。中に居て温厚な光は人を養い、白光のような鋭さは人を焼きます。
一度うまくいっても、続きません。
継明が抜けています。一度の発表や成功より、学び、記録、後継、点検といった仕組みのほうが火を保ちます。今日だけ明るくても、この卦の明には届きません。
離が出たとき、まず何を確かめますか。開く
自分がいま何に附いているかです。正道、規則、専門、信頼できる関係に附いた明は長く続きます。虚名や短期の利益に附いた明は、明るいほど危うくなります。
正しい指摘のはずなのに、相手が傷つきます。開く
離では、何を照らすかと同じくらい、どれくらいの熱で照らすかが効きます。六二の黄はまさにその温度です。中に居て温厚な光は人を養い、白光のような鋭さは人を焼きます。
一度うまくいっても、続きません。開く
継明が抜けています。一度の発表や成功より、学び、記録、後継、点検といった仕組みのほうが火を保ちます。今日だけ明るくても、この卦の明には届きません。
本ページの現代語訳は gaodaoyijing.com が独自に整理・翻訳したものです。© 2026 gaodaoyijing.com。無断転載、複製、機械的な大量取得、商用データベースでの利用を禁じます。