高島易断
沢山咸|意味・卦辞爻辞解説
沢山咸䷞:一言で読む 沢山咸は、感応の卦です。人を力ずくで引くのではなく、自分を虚しくし、正を守り、自然に通じ合うことを説きます。 現代語訳 咸は上が兌沢、下が艮山です。山の上に沢があり、沢の気は下を潤し、山は虚静に受けます。山と沢の気が上下に交通するので、咸と言います。咸は感に通じますが、高島はここを細かく見ます。意識して人を感動させようとすれば、すでに作為があります。無心で自然に相通じるところに、咸の妙があります。
導入
一言で読む
沢山咸は、感応の卦です。人を力ずくで引くのではなく、自分を虚しくし、正を守り、自然に通じ合うことを説きます。
現代語訳
咸は上が兌沢、下が艮山です。山の上に沢があり、沢の気は下を潤し、山は虚静に受けます。山と沢の気が上下に交通するので、咸と言います。咸は感に通じますが、高島はここを細かく見ます。意識して人を感動させようとすれば、すでに作為があります。無心で自然に相通じるところに、咸の妙があります。
上経は乾坤から始まり、天地を万物化生の本原とします。下経は咸恒から始まり、夫婦を人倫の始まりとします。乾坤は父母の象であり、咸は少男少女性情の相感です。艮は少男で下にあり、兌は少女で上にあります。男が女に下る形で、婚礼の親迎に合います。軽薄な追逐ではなく、礼をもって求め、正をもって感ずる卦です。
卦辞は「咸、亨、利貞。女を取るに吉」と言います。感応は亨ります。しかし必ず正を守る必要があります。少年少女は最も相悦びやすく、同時に最も境界を越えやすい。だからこの卦は、感通を認めながら、すぐ貞を言います。
実際の読み方
咸を得たら、この感応が自然で誠実なものか、一時の衝動かを見ます。互いを成就させるものか、私欲で引き合うものかを分けます。
恋愛では礼と節度が必要です。協力では互いに承け合い、強く引っ張りません。リーダーと民心では、まず自分を虚しくして人を受けます。咸は感を恐れません。恐れるのは、感して正を失い、動いて止を失うことです。
卦辞
一言で読む
心が通じるほど、礼と正しさを添えなければ、感応はすぐ私欲へ傾きます。
現代語訳
咸は通ります。正しく守ることが利です。女を娶るには吉です。つまり、人と人が感応すれば通じるが、正を守ってこそ婚姻も吉になる、という字面です。この卦辞は、咸の良さと限界を同時に示します。人と人が相感すれば通じます。男女の相悦、朋友の相知、上下の相応、売買の相合はみな咸です。しかし正を失えば、感応はすぐ迷恋、依存、党同、諂媚、争奪へ変わります。
高島は、男女相合の七卦を比べて、咸が最も正しいと見ます。恒は長男長女で長久を主とし、既済未済は中男中女、漸と帰妹は少長の相遇、損も少男少女ですが女が男の下にあります。咸は少男が下、少女が上で、男子が親迎し、礼をもって女に下る意味にかないます。
女を取るに吉とは、好きなら何でも吉ということではありません。古礼では納采から親迎まで六礼が備わり、女子は貞を守って行き、男子は尊を降して求めます。これが吉です。関雎の「窈窕たる淑女、君子の好逑」も、ただ欲を歌うのではありません。淑女には幽閑貞静の徳があり、君子は正道で配を求めるという意味です。
実際の読み方
恋愛や婚姻では、心の動きだけでなく、誠意、礼、責任を見ます。協力では、双方の位置が正しいか、一方が他方を操っていないかを見ます。人を動かす力が強いほど、節度を守る必要があります。
咸の亨通は感応から来ます。咸の長久は守正から来ます。
彖伝
一言で読む
感応は足先の微動から天下の和平まで届くが、悦びに止まる力があって初めて正しく通ります。
現代語訳
咸とは感ずることです。柔は上にのぼり、剛は下にくだり、二つの気が感応して互いに与します。止まって悦び、男が女に下ります。だから通じ、正しく守ることが利で、女を娶るのに吉です。つまり、心が動いても止まる力と礼があれば、感応は正しく通る、という字面です。柔は上にあり、剛は下にあります。陰陽の二気が互いに感応します。艮は止、兌は悦です。悦びながら止まることができ、男が女に下るので、通じ、守正し、婚姻が吉となります。
止而悦は咸卦の急所です。悦だけで止がなければ、楽しみは放縦になります。止だけで悦がなければ、約束は生気を失います。咸の正しさは、心が動きながら節度があるところにあります。吸引がありながら礼があるところにあります。少男少女の情は動きやすいので、艮山の止が兌沢の悦を節します。
人事で見れば、咸は夫婦人倫の始まりです。序卦伝は、男女があって夫婦があり、夫婦があって父子、君臣、上下があると言います。夫婦は小天地ですが、人倫全体を動かします。咸の六爻が多く人体を取るのも意味があります。拇、腓、股は下体、心、脢、輔頬舌は上体です。感応は足の微動から心念へ、さらに言語行動へ深くなります。
国家では、上卦は政府、下卦は人民です。沢気が遍く敷き、山体が安止します。九五は君位で、諸爻がこれに感応します。国の上下が痛痒を共にし、一気に連絡し、君が己を虚しくし、民が感通するなら、聖人が人心を感ぜしめて天下和平となります。上が口舌で煽り、下が情欲で躁るだけなら、咸の正道ではありません。
実際の読み方
咸を読む時は、感がどこまで届いているかを見ます。足の親指がわずかに動いた段階か、ふくらはぎがつられて動く段階か、大腿が身を運ぼうとしている段階か。心が往来しているのか、口舌で説き回っているのか。
影響が深くなるほど、守正、虚心、止の力が必要です。
象伝
一言で読む
人を本当に感動させる人は、先に心を空け、人の善を受け止められる人です。
現代語訳
山の上に沢があるのが咸です。君子はこれを見て、心を空しくして人を受け入れます。つまり、山が沢の潤いを受けるように、人も自分を満たし切らず相手を受ける、という字面です。山が硬く満ち塞がっているだけなら、沢の潤いは入りません。山が虚静であるから、沢気は上り下りし、潤いが通じます。君子はこの象を取り、急いで自分を見せるのではなく、まず心を空け、人の善意、意見、才能を受けます。
高島は、天下で最も静かで虚しいものは山だと言います。虚とは、定見がないことではありません。私我が塞がっていないことです。心が自満であれば、人の一言も入りません。心が公正で広ければ、寂然として動かない時にも清明を保ち、大公の地で性情を安んじられます。
舜が人の善を取り、禹が善言を拝して受け、周公が吐哺握髪したのは、みな己を虚しくして人を受けた例です。本当に人心を感動させる人は、必ずしも最も多く語る人ではありません。心に空間があり、人のよいものが見られ、受け止められる人です。
実際の読み方
リーダーは、まず聞いてから断じます。関係では、相手をすぐ制御しようとせず、相手の言葉が落ちる場所を作ります。学習では、自分に空きがあると認めてこそ益を受けます。修身では、咸の第一歩は人を説き伏せることではなく、虚心に人を受けることです。
占断
一言で読む
吸引、応答、協力、婚姻、人心の感動が起こる時です。吉は相感して正しいことにあり、凶は衝動、口舌、私欲に引かれることです。
現代語訳
高島の総占では、戦いは軍が前進する時に坑や陥穽を防ぎ、山谷では伏兵に注意します。城を守る時も、敵が地道を通じることを防ぎます。咸には山沢通気の象があります。通気はよいことですが、戦いでは暗道、潜通、伏撃にもなります。
経営では、山沢は財を生む地で、財源のある所です。虚しくして人を受け、物産を買い入れ、運んで販売すれば大利を得ます。功名では、山上に沢があるので、高い所にいて危うきを思う意があります。己を虚しくして人を待てば、名位を長く保てます。家宅は山に傍い水に臨む家が多く、止を知れば吉です。病は虚弱の症で、滋補調養に向きます。婚姻は山沢通気、二姓が和して大吉。訴訟は少年の意気争いが多く、和解がよい。妊産は男を主に見ます。失物は空洞で水のある所に落ち、戻りにくい。
現実では、恋愛、婚配、提携、宣伝、コミュニティ、民意、顧客反応に多く現れます。人を感動させる力は力ですが、境界が要ります。境界のない吸引はしがらみになります。誠意のない遊説は空談になります。
実際の読み方
感情では少しゆっくり進み、心の動きが責任へ落ちるかを見ます。協力では、双方の位置と利益を明らかにします。伝播やマーケティングでは、真実に応答し、スローガンだけに頼りません。健康では、虚弱、四肢、背、口舌、心神を見ます。
初爻
一言で読む
感応が足の親指ほど微かに始まっただけなら、まだ本当の行動ではありません。
現代語訳
足の親指に感じます。つまり、感応は起こったばかりで、まだ一歩を踏み出すほどではない、という字面です。拇は足の親指です。初六は全卦の最下で、感応が始まったばかりの時です。足指が軽く動いただけで、まだ一歩を踏み出していません。これは心に方向、念、外へ向かう志が生じたことを示します。象伝が「志、外に在るなり」と言うのはこのためです。
この爻には吉凶が直接ありません。動意はまだ微かだからです。微動は悪ではありません。正を守れば、後の行動の始まりになります。しかしすぐその動きに連れて行かれれば、偏ることもあります。咸が足の拇から始まるのは、大事の最初が心中の一糸の触動であることを示します。
明治二十三年、高島はある貴顕の運を占って、咸が革に変じる初六を得ました。拇は人身の最小部で、その動不動は本来大局に関わりません。しかし初爻は九四に応じ、九四は尊位に近いので、九四を貴顕、初爻を来占者と見ます。貴顕は老いても志願は衰えず、指し示す所に人が悦んで従います。また志在外は、当時の国家が外交を要務としていたことにも応じ、老運なお尽きないと読みました。
実際の読み方
戦いでは、兵刃が初めて交わる時で、四日目に勝機を見ることがあります。売買では初めての貿易で、貨物は備わっていてもまだ出していません。功名は早く足を出した者が先に名を得る象です。家宅は外地へ移る志があります。病は足の親指に初めて毒瘡が起こるような象で、外敷がよい。婚姻は少男が少女を求める形で、結婚に吉。妊産は男を主とし、初胎の象です。
二爻
一言で読む
感応に引かれてふくらはぎのように随動する時は、軽く動けば凶、居れば吉です。
現代語訳
ふくらはぎに感じます。凶です。居れば吉です。つまり、自分で主導せず足につられて動く段階では、軽く動けば凶、止まれば吉、という字面です。腓は小腿、ふくらはぎです。足の拇より上、大腿より下にあります。ふくらはぎには自分の方向がありません。足が動けば従って動き、足が誤れば一緒に害を受けます。
六二は陰で陰位に居り、本来は柔静です。完全に動いてはいけないのではありません。外の動意につられて乱動してはいけないのです。自分の柔静の性に従い、時を待てば害を受けません。咸がここまで来ると、初爻より感は深いですが、なお下体の随動で、心の明断には至っていません。
ある華族が、友人の新発明事業に資金を貸したが、事業が広がるか、資金の損益はどうかを問いました。高島は咸が大過に変じる六二を得て、咸は山沢通気で、二物が相依る象だと読みました。友人の発明は資金を借りて事業となり、双方が互いに用い合います。腓が足に随うように、資金は貨物の流通に随って動きます。ただし新業は出始めで販売に阻みがあり、貨を積んで待てば後に利を得る、始めは凶でも居れば終に吉としました。
実際の読み方
戦いでは固守して動かないのがよい。経営では奔走する行商に不利で、店舗を守り、蓄えて待つことに利があります。功名は人に依って成るだけで、遠大な自立はまだ難しい。病は四肢痿痺、歩行困難を見ます。婚姻はすでに成っても変があり得ますが、順守すれば終に吉。妊産は男を主に見ます。
三爻
一言で読む
感応が大腿まで来て身を動かそうとする時、随うことへの執着は恥を招きます。
現代語訳
大腿に感じます。随うことに執着します。往けば吝です。つまり、感応が身体を動かすほど強くなり、人に随うことへ執着して進めば恥がある、という字面です。股は大腿で、下体の上にあり、足指やふくらはぎより力があります。しかし大腿もなお身に従って動くもので、独りで主宰するものではありません。九三は陽で陽位にあり、本来は力がありますが、感情に牽かれ、上六に応じ、初二を率いて動かそうとします。
この爻の病は、自分で自分を処せないことです。自分の正位がなく、外の吸引に従って行き来し、身近な人まで一緒に動かせば、羞吝があります。咸が九三に至ると、軽い心の動きではありません。身体が出発し、行動が形になろうとしています。ここで、自分は正道で動くのか、人、欲、気分に随うだけなのかを問う必要があります。
友人が気運を占い、咸が萃に変じる九三を得ました。高島は、山沢通気、陰陽相感で本来は旺相だが、第三爻は内卦の主で上六に応じ、少男少女が相悦ぶ形であり、九三は志が人に随うので、情欲に溺れ、陽が陰に累され、疾病や厄運を防ぐべきだと読みました。友人は初め悟ったようでしたが、後にまた沈溺し、終身落魄しました。
実際の読み方
戦いでは退守がよく、攻めて往くべきではありません。経営では、合資や株式の事業に主宰者が必要です。主事者が自主できず人に随って上下すれば利は得にくい。功名では、付和雷同で品格が低く、勝ちにくい。家宅は山のそばで安居できるのに、人に随って移れば悔いがあります。婚姻は媒人や中間者を過信し、配偶が合わないことを防ぎます。妊産は男を主に見ます。
四爻
一言で読む
感応の根は心なので、正しければ吉、私念が往来すれば仲間まで乱れます。
現代語訳
正しく守れば吉で、悔いは消えます。心がふらふら往来すれば、仲間はあなたの思いに従います。つまり、心が正しければ感応は吉だが、私念が行き来すれば周囲もそれに引かれる、という字面です。四は三陽の中にあり、心の位置です。咸卦の鍵でもあります。前の拇、腓、股、後の脢、輔頬舌は、すべて心から発します。万般の感応は、根が心にあります。
心の本体は、霊明で安静です。しかし外物に触れると、思いが生じ、欲が生じ、往来します。心が正しければ、感応は害にならず、吉で悔いがありません。心が正しくなければ、念が憧憧として行き来し、朋友、党類、身近な人もその私意に従って動き、物事をかき乱します。象伝が「未だ光大ならざるなり」と言うのは、私念の感応だからです。
明治二十二年、ある縉紳が貴顕の気運を占い、咸が蹇に変じる九四を得ました。高島は、四爻は九五に近く、貴顕大臣の象であり、心は百体の主なので、心が正しければ百体みな正しいと読みました。その貴顕は心正直で、国を思って家を忘れ、公を思って私を忘れ、天下を己の任とするので、貞吉悔亡です。しかし心に不正があれば朋党が起こり、初めは一身を害し、最後には一国を害します。
実際の読み方
戦いでは、全軍は主帥を心とします。万軍が集まる時、一帥が鎮定し、令行禁止でなければ乱れが生じます。経営では、利を求めても義を守ります。見利忘義なら争奪を招きます。功名では位は至尊に近く名声は顕れますが、不正に得れば害が従います。家宅は通りや魚米の地に近く交際が雑なので、朋友を慎みます。病は心神恍惚で、静養がよい。婚姻は女家の家教不謹を防ぎます。妊産は女を主に見ます。
五爻
一言で読む
深く感じても迎合して動かない背のようであれば、感応に乱されず悔いはありません。
現代語訳
背肉に感じます。悔いはありません。つまり、感じても前へ迎合せず、背のように静かに受け止めれば悔いはない、という字面です。脢は、心の上、口の下とも解されますが、高島は背脊の肉の意味を取ります。心は前にあり、背は後ろにあります。背は動かない所です。艮卦の「其の背に艮まる」も、背を止の象とします。九五は中正で尊位にあり、人を感ずることができても、人に牽かれて乱動しません。
これは前の爻と違います。初、二、三は下体が感ぜられて動き、九四は心念が往来し、上六は口舌が騰がります。九五は背です。露わに迎合せず、言葉や欲に随って動かず、深い所で痛痒を共にします。本当の大きな感応は、必ずしも熱烈な言葉ではありません。民の艱難、人情、責任を背に負うことです。
明治二十一年、ある縉紳が貴顕の気運を占い、咸が小過に変じる九五を得ました。高島は、九五は君位ですが、易は一例に拘らず、臣子にも君位の象を取ることがあるとしました。その貴顕は国政を担う人であり、至誠をもって上下を感孚すべきです。咸其脢とは、民の艱難を切に思い、百姓の疾苦を心背の間に負い、隔てて見ないことです。だから無悔であり、長寿厚福の象もあります。ただし象伝の「志末なり」は、その志がなお完全には光大でないことも戒めます。
実際の読み方
戦いでは敵の背後を潜襲すれば勝ちがあり、敗れにくい。経営では、象伝が志は末微と言うように、事業は大きくなく利も薄いことがあります。功名では背に敗北の意味があり、求めても必ず名を成すとは限りません。病では背脊の象がかえって寿のしるしとなり、病は癒え長寿を得ることがあります。妊産は女を主に見ます。
上爻
一言で読む
感応が口先だけになると、人を動かせても空言や讒言に傾きやすくなります。
現代語訳
頬の内側、頬、舌に感じます。つまり、感応が口舌の働きとして現れ、言葉で人を動かす段階になる、という字面です。輔は頬の内側、頬は外側、舌は口の中です。舌が動けば、輔も頬も共に動きます。咸が上六に至ると、感応は口舌の層に現れます。人を悦ばせ、誘い、煽り、時には讒言で上を惑わせる危険が出ます。
上六は陰柔で中を失い、全卦の尽きる所にあります。尊位に近く、巧言佞語で上位に影響する人の象でもあります。爻辞に直接凶と書かれていないのは、凶が象の中に露われているからです。象伝の「口説を騰ぐ」とは、口を開いて言辞を馳せることです。誠実がなければ、ただ美しい言葉で世を欺くことになります。
明治二十五年、岩平县の衆議院議員佐藤昌藏が地租修正議案について問いました。奥羽諸県は地租増加の部に入っていましたが、本県は土地が貧しく、さらに増税するのは不適当でした。高島は咸が遁に変じる上六を得て、兌は口であり、輔頬舌は言語を主るので、まさに議院の弁論だと読みました。地租増加を空論で競うだけで、実益がなければ、人民をどうして従わせられようか。後に佐藤は来て、断の的中を謝しました。
実際の読み方
戦いでは間者、誘導、言葉の罠を防ぎます。経営では口舌是非が起こりやすい。功名では、策を献じ言を述べて召されることがありますが、言葉には実が必要です。家宅は家人の口が和せず、争いが起こりやすい。病では譫語、寝言、心魂不安を防ぎ、安神と祈りがよい。婚姻では媒人の言葉を全て信じてはいけません。妊産は女を主に見ます。
沢山咸:読みの覚え
沢山咸は、心が自然に響き合う卦です。人を動かそうとするより、自分を空けて正しい感応を受け取ります。
微かな響きを急がせない
咸の感応は、足先の小さな動きから始まります。早く形にしようと焦ると、響き合いは私欲や口先の誘導へ傾きます。
自然な感応には、余白があります。相手の反応をすぐ利用せず、感情が動く時ほど正しさを保ちます。
立てておきたい問い
- これは自然な響き合いですか、私が動かそうとしているだけですか。 - 微かな兆しを、大きな約束と取り違えていませんか。 - 感情が動く時ほど、正しさを保てていますか。
相手の反応を利用しない
恋愛、交渉、相談、協力では、相手の反応を急いで利用しません。心の根が正しければ吉ですが、私念が往来すれば仲間まで乱れます。
あわせて読む
風沢中孚は内なる誠が外へ届く卦で、沢山咸は相互の感応を読みます。雷沢帰妹と読むと、情が礼を追い越す危うさが見えてきます。
本卦の問い
これは自然な響き合いですか、私が動かそうとしているだけですか。
自然な響き合いには、押しつけの匂いがありません。相手を急かし、反応を引き出そうとしているなら、咸の感応から外れています。
微かな兆しを、大きな約束と取り違えていませんか。
小さな反応は、小さな反応として大切にします。まだ育っていないものを大きな約束にしてしまうと、響きは壊れやすくなります。
感情が動く時ほど、正しさを保てていますか。
感情が動くこと自体は悪くありません。問題は、感情を理由に礼、境界、約束の順序を飛ばしていないかです。
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