六十四卦 意味・読み方
沢山咸|意味・卦辞爻辞解説(たくざんかん)
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。
引
沢山咸は感応の卦です。力ずくで引くのではなく、自分を虚しくして自然に通じ合います。
卦象と卦名
咸は上が兌沢、下が艮山です。山の上に沢があり、沢の気は下を潤し、山は虚静のままそれを受けます。山と沢の気が上下に行き交うので、咸と言います。咸は感に通じますが、この卦はそこを細かく分けます。意識して人を感動させようとすれば、そこにはもう作為が混じります。無心のまま自然に相通じるところに、咸の妙があります。
卦の中心的な意味
上経は乾坤から始まり、天地を万物化生の本原とします。下経は咸恒から始まり、夫婦を人倫の始まりに置きます。乾坤が父母の象であるのに対し、咸は少男少女の性情が相感じ合う象です。艮は少男で下にあり、兌は少女で上にあります。男が女に下る形は、婚礼の親迎にそのまま重なります。軽薄な追逐を退け、礼をもって求め、正をもって感ずる。それがこの卦の構えです。
卦辞は「咸、亨、利貞。女を取るに吉」と言います。感応は亨ります。ただし必ず正を守らなければなりません。少年少女はいちばん相悦びやすく、同時にいちばん境界を越えやすい間柄です。だからこの卦は、感通を認めたうえで、すぐに貞を言い添えます。
向いている問い
咸を得たら、この感応が自然で誠実なものか、一時の衝動かを見ます。互いを成就させるものか、私欲で引き合うだけなのか。そこを分けるのが先です。
恋愛なら礼と節度を置きます。協力では互いに承け合い、強く引っ張りません。リーダーと民心では、まず自分を虚しくして人を受けます。咸が恐れるのは、感そのものではありません。感じて正を失い、動いて止を失うことのほうです。
卦辞
心が通じるほど、礼と正しさが要ります。添えなければ、感応はすぐ私欲へ傾きます。
原文
咸:亨。利貞。取女吉。
書き下し文
咸は亨る。貞に利あり。女を取るに吉なり。
現代語訳
咸は通ります。正しく守ることが利です。女を娶るには吉です。
卦辞の読み解き
この卦辞は、咸の良さと限界を同時に示しています。人と人が相感すれば、確かに通じます。男女の相悦、朋友の相知、上下の相応、売買の相合は、どれも咸です。ただし正を失えば、感応はたちまち迷恋や依存、党同や諂媚や争奪へ変わってしまいます。
高島は男女相合の七卦を比べ、咸を最も正しいと見ます。恒は長男長女で長久を主とし、既済未済は中男中女、漸と帰妹は少長の相遇、損も少男少女ながら、女が男の下にあります。咸だけは少男が下、少女が上で、男子が親迎し、礼をもって女に下る意味にかないます。
女を取るに吉とは、好きなら何でも吉という話ではありません。古礼では納采から親迎まで六礼が備わり、女子は貞を守って行き、男子は尊を降して求めます。これが吉です。関雎の「窈窕たる淑女、君子の好逑」も、ただ欲を歌った句ではありません。淑女には幽閑貞静の徳があり、君子は正道によって配を求める。そう読むべき句です。
実際の読み方
恋愛や婚姻では、心の動きだけでなく、誠意、礼、責任を見ます。協力なら、双方の位置が正しいか、一方が他方を操っていないかを確かめます。人を動かす力が強いほど、節度が要ります。
咸の亨通は感応から来ます。そして咸の長久のほうは、守正から来ます。
彖曰
感応は足先の微動から天下の和平まで届きます。止まる力があってこそ、正しく通ります。
原文
咸、感也。柔上而剛下、二気感応以相与、止而説、男下女、是以亨利貞、取女吉也。天地感而万物化生、聖人感人心而天下和平、観其所感、而天地万物之情可見矣!
書き下し文
咸は感なり。柔上りて剛下り、二気感応して以て相与し、止まりて説び、男は女に下る。是を以て亨り貞に利あり、女を取るに吉なり。天地感じて万物化生し、聖人人心を感ぜしめて天下和平なり。其の感ずる所を観れば、天地万物の情見るべし。
現代語訳
咸とは感ずることです。柔は上にのぼり、剛は下にくだり、二つの気が感応して互いに与します。止まって悦び、男が女に下ります。だから通じ、正しく守ることが利で、女を娶るのに吉です。天地が感応して万物が化生し、聖人が人心を感化して天下が和平になります。その感応するところを観れば、天地万物の実情を知ることができます。
彖伝の読み解き
心が動いても、止まる力と礼があれば、感応は正しく通ります。彖伝はそれを卦体で示します。柔は上にあり、剛は下にあって、陰陽の二気が互いに感応します。艮は止、兌は悦です。悦びながら止まることができ、男が女に下るので、通じ、守正し、婚姻が吉となります。
止而悦は咸卦の急所です。悦だけで止がなければ、楽しみは放縦へ流れます。止だけで悦がなければ、約束のほうが生気を失います。咸の正しさは、心が動きながらも節度があり、吸引がありながらも礼があるところに宿ります。少男少女の情は動きやすいので、艮山の止が兌沢の悦を節します。
人事で見れば、咸は夫婦人倫の始まりです。序卦伝は、男女があって夫婦があり、夫婦があって父子、君臣、上下があると言います。夫婦は小天地でありながら、人倫の全体を動かします。咸の六爻が多く人体を取るのにも理由があります。拇、腓、股は下半身、心、脢、輔頬舌は上半身。感応は足の微動から心念へ、さらに言語や行動へと深まっていきます。
国家で読めば、上卦は政府、下卦は人民です。沢気が遍く敷き、山体は安んじて止まります。九五は君位で、諸爻がこれに感応します。国の上下が痛痒を共にし、一気に連絡し、君が己を虚しくし、民が感通するなら、聖人が人心を感ぜしめて天下和平となります。上が口舌で煽り、下が情欲で躁ぐだけなら、それはもう咸の正道から外れた形です。
実際の読み方
咸を読む時は、感がどこまで届いているかを見ます。足の親指がわずかに動いた段階か、ふくらはぎがつられて動く段階か、大腿が身を運ぼうとしている段階か。心が往来しているのか、口舌で説き回っているのか。
影響が深くなるほど、守正と虚心と止の力が要ります。そこが咸を読む勘所です。
象曰
人を本当に動かすのは、先に心を空けて、人の善を受け止められる人のほうです。
原文
山上有沢、咸、君子以虚受人。
書き下し文
山の上に沢有るは咸なり。君子以て虚しくして人を受く。
現代語訳
山の上に沢があるのが咸です。君子はこれを見て、心を空しくして人を受け入れます。
象伝の読み解き
山が沢の潤いを受けるように、人もまた自分を満たし切らないで相手を受けます。それが虚受人の教えです。山が硬く満ち塞がっているだけなら、沢の潤いは入りません。山が虚静であるから、沢気は上り下りし、潤いが通じます。君子はこの象を取り、急いで自分を見せるのではなく、まず心を空け、人の善意、意見、才能を受けます。
天下で最も静かで虚しいものは山だ、と高島は言います。ここでの虚は、定見がないという意味ではありません。私我が塞がっていない状態を指します。心が自満であれば、人の一言も入りません。心が公正で広ければ、寂然として動かない時にも清明を保ち、大公の地で性情を安んじられます。
舜が人の善を取り、禹が善言を拝して受け、周公が吐哺握髪したのは、みな己を虚しくして人を受けた例です。本当に人心を感動させる人は、いちばん多く語る人とは限りません。心に空間があり、人のよいところが見え、それを受け止められる人です。
実際の読み方
リーダーは、まず聞いてから断じます。関係では、相手をすぐ制御しようとせず、相手の言葉が落ちる場所を用意します。学習では、自分に空きがあると認めてこそ益を受けます。修身で言えば、咸の第一歩は人を説き伏せる技術にはありません。虚心のまま人を受けるところにあります。
占断
吸引と応答が起こる時です。正しければ吉、衝動や口舌に引かれれば凶へ傾きます。
総合的な占意
現実では、恋愛、婚姻、提携、宣伝、コミュニティ、民意、顧客反応に多く現れます。人を感動させる力は確かに力です。ただし境界が要ります。境界のない吸引はしがらみになり、誠意のない説得は空論に終わります。
項目別の占断
- 戦い:行軍では穴や谷間の伏兵、守城では敵の地下道に注意します。
- 経営と功名:己を空しくして人を受け、物産を運び売れば利があります。高位にいて危うさを忘れなければ、名位を長く保てます。
- 家宅と健康:山に沿い水に臨む家は、止まる所を知れば吉です。病は虚弱が多く、滋養と調養に向きます。
- 婚姻と訴訟:両家が心を通わせれば婚姻は大吉です。若い意気からの争いは和解します。
- 妊産と失せ物:妊産は、古くから男子と判じられてきました。失せ物は水のある空洞に落ちて、戻りにくいと見ます。
- 現代での応用:恋愛、協力、発信、世論では、誠実さと境界によって感応を支え、執着や空論を避けます。
六爻の要点
- 初六:感応が足の親指に兆す初めは、まず観察してすぐ行動しません。
- 六二:衝動がふくらはぎまで来ても、静かに止まれば吉です。
- 九三:全身が感応に動かされる時こそ、人に盲従して主体を失わないことです。
- 九四:感応が心に入ったら正しさを守れば吉で、心が揺れれば往来も乱れます。
- 九五:深く安定した感応で接し、迎合や追従をしなければ悔いはありません。
- 上六:口先だけで人を動かそうとすれば、空論や中傷に陥ります。
実際の読み方
感情では少しゆっくり進み、心の動きが責任へ落ちるかを見ます。協力なら、双方の位置と利益をはっきりさせておきます。伝播やマーケティングでは、真実に応答し、スローガンだけに頼りません。健康で見るのは、虚弱、四肢、背、口舌、心神です。
初爻
感応は足の親指ほどの微動から始まります。まだ一歩も踏み出していない段階です。
原文
初六:咸其拇。
書き下し文
初六、其の拇に咸ず。
現代語訳
足の親指に感じます。
爻辞の読み解き
拇は足の親指を指します。初六は全卦の最下にあり、感応が始まったばかりの時です。足指が軽く動いただけで、まだ一歩も踏み出していません。心に方向と念、外へ向かう志が生じただけの段階です。象伝が「志、外に在るなり」と言うのは、そのためでしょう。
この爻には吉凶が直接書かれていません。動意がまだ微かだからです。微動そのものは悪くありません。正を守るなら、後の行動のよい始まりになります。しかしすぐその動きに連れて行かれれば、偏ることもあります。咸が足の拇から始まるのは、大事の最初が心中の一糸の触動であることを示します。
実際の読み方
戦いでは、兵刃が初めて交わる時で、四日目に勝機を見ることがあります。売買では初めての貿易で、貨物は備わっていてもまだ出していません。功名は早く足を出した者が先に名を得る象です。家宅は外地へ移る志があります。病は足の親指に初めて毒瘡が起こるような象なので、外敷がよいでしょう。婚姻は少男が少女を求める形なので、結婚に吉です。妊産は男を主とし、初胎の象があります。
高島の占例
明治二十三年、ある貴顕の運を占って、咸が革に変じる初六を得ました。拇は人身の最小部で、その動不動は本来大局に関わりません。しかし初爻は九四に応じ、九四は尊位に近い位置です。そこで九四を貴顕、初爻を来占者と見ます。貴顕は老いても志願が衰えず、指し示す所に人が悦んで従います。また志在外は、当時の国家が外交を要務としていたことにも通じます。老運なお尽きない、というのが高島の断でした。
二爻
ふくらはぎのように随って動く時です。軽く動けば凶、静かに居れば吉となります。
原文
六二:咸其腓、凶、居吉。
書き下し文
六二、其の腓に咸ず、凶なり、居れば吉なり。
現代語訳
ふくらはぎに感じます。凶です。居れば吉です。
爻辞の読み解き
腓はふくらはぎで、足の拇より上、大腿より下にあります。ふくらはぎには自分の方向がありません。足が動けば従って動き、足が誤れば一緒に害を受けます。自分で主導せず足につられて動く段階なので、軽く動けば凶、止まれば吉です。
六二は陰で陰位に居り、本来は柔静です。戒められているのは、動くこと自体ではありません。外の動意につられて妄動することです。自分の柔静の性に従い、時を待てば害を受けません。ここまで来れば初爻より感は深くなっていますが、まだ下肢の随動にすぎず、心の明断には届いていません。
実際の読み方
戦いでは固守して動かないほうがよいでしょう。経営では奔走する行商に不利で、店舗を守り、蓄えて待つほうに利があります。功名は人に依って成るばかりで、遠大な自立にはまだ届きません。病は四肢痿痺、歩行困難を見ます。婚姻はすでに成っても変があり得ますが、順守すれば終に吉です。妊産については、旧説が男子を取ります。
高島の占例
ある華族が、友人の新発明事業に資金を貸したが、事業が広がるか、資金の損益はどうかを問いました。咸が大過に変じる六二が出ました。咸は山沢通気で、二物が相依る象だ、というのが高島の読みです。友人の発明は資金を借りて事業となり、双方が互いに用い合います。腓が足に随うように、資金は貨物の流通に随って動きます。ただし新業は出始めで販売に阻みがあり、貨を積んで待てば後に利を得る、始めは凶でも居れば終に吉という断でした。
三爻
大腿まで感応が来ました。人に随うことへの執着のまま進めば、恥が残ります。
原文
九三:咸其股、執其随、往吝。
書き下し文
九三、其の股に咸ず、其の随うに執す、往けば吝なり。
現代語訳
大腿に感じます。随うことに執着します。往けば吝です。
爻辞の読み解き
股は大腿で、下肢の上部にあり、足指やふくらはぎより力があります。とはいえ大腿もやはり身に従って動く部位で、独りで主宰するものではありません。感応が身体を動かすほど強くなり、人に随うことへ執着したまま進めば、恥が残ります。九三は陽で陽位にあり、本来は力がありますが、感情に牽かれ、上六に応じ、初二を率いて動かそうとします。
この爻の病は、自分で自分を処せないところにあります。自分の正位を持たないまま外の吸引に従って行き来し、身近な人まで一緒に動かせば、羞吝が残ります。九三まで来れば、もう軽い心の動きの域ではありません。身体が出発し、行動が形になろうとする段階です。ここで問うべきは、自分が正道で動いているのか、人と欲と気分に随っているだけなのか、という一点です。
実際の読み方
戦いでは退守がよく、攻め往くのは避けます。経営では、合資や株式の事業にこそ中心になる者が要ります。その中心が自分で判断できず、人に随って上下するようでは、利は得にくいでしょう。功名では付和雷同で品格が低く、勝ちにくいところです。家宅は山のそばで安居できるのに、人に随って移れば悔いがあります。婚姻は媒人や中間者を過信し、配偶が合わないことを防ぎます。妊産は、昔の断だと男子に当てます。
高島の占例
友人が気運を占ったところ、咸が萃に変じる九三が出ました。山沢通気で陰陽が相感じるので、本来は旺相です。ただし第三爻は内卦の主で上六に応じ、少男少女が相悦ぶ形になり、九三の志は人に随ってしまいます。情欲に溺れて陽が陰に累されるから、疾病や厄運を防ぐべきだ、と高島は読みました。友人は初め悟ったようでしたが、後にまた沈溺し、終身落魄しました。
四爻
感応の根は心にあります。正しければ吉、私念が往来すれば仲間まで引きずられます。
原文
九四:貞吉悔亡、憧憧往来、朋従爾思。
書き下し文
九四、貞にして吉、悔亡ぶ、憧憧として往来すれば、朋爾の思いに従う。
現代語訳
正しく守れば吉で、悔いは消えます。心がふらふら往来すれば、仲間はあなたの思いに従います。
爻辞の読み解き
四は三陽の中にあって、心の位置にあたります。咸卦の鍵と言ってよい爻です。前の拇、腓、股も、後の脢、輔頬舌も、すべて心から発します。万般の感応は、根を心に持っています。
心の本体は霊明で安静です。それが外物に触れると、思いが生じ、欲が生じ、往来が始まります。心が正しければ、感応は害にならず、吉であって悔いもありません。心が正しくなければ、念が憧憧として行き来し、朋友も党類も身近な人も、その私意に従って動き、物事をかき乱します。象伝が「未だ光大ならざるなり」と言うのは、それが私念の感応だからでしょう。
実際の読み方
戦いでは、全軍は主帥を心とします。万軍が集まる時、一帥が鎮定して令行禁止でなければ、乱れが生じます。経営では、利を求めながらも義を守ります。見利忘義に傾けば、争奪を招きます。功名では位は至尊に近く名声は顕れますが、不正に得れば害が従います。家宅は通りや魚米の地に近く交際が雑なので、朋友を慎みます。病は心神恍惚なので、静養がよいでしょう。婚姻は女家の家教不謹を防ぎます。妊産は、昔の占例だと女子です。
高島の占例
明治二十二年、ある縉紳が貴顕の気運を占い、咸が蹇に変じる九四を得ました。四爻は九五に近く、貴顕大臣の象です。心は百体の主だから、心が正しければ百体もみな正しい、というのが高島の見立てでした。その貴顕は心正直で、国を思って家を忘れ、公を思って私を忘れ、天下を己の任とするので、貞吉悔亡です。これがもし心に不正を抱えていれば、朋党が起こり、初めは一身を害し、最後には一国まで害することになります。
五爻
背のように深く受けて迎合しないなら、感応に乱されることもなく、悔いはありません。
原文
九五:咸其脢、無悔。
書き下し文
九五、其の脢に咸ず、悔なし。
現代語訳
背肉に感じます。悔いはありません。
爻辞の読み解き
感じても前へ迎合せず、背のように静かに受け止める。そこが九五に悔いのないゆえんです。脢は心の上、口の下とも解されますが、高島はここを背脊の肉と取ります。心は前にあり、背は後ろにあって、動かない所です。艮卦の「其の背に艮まる」も、背を止の象とします。九五は中正で尊位にあり、人を感ずることができても、人に牽かれて妄動しません。
他の爻と並べると違いがはっきりします。初、二、三は下体が感ぜられて動き、九四は心念が往来し、上六では口舌が騰がります。九五が担うのは背です。露わに迎合せず、言葉や欲に随って動かず、深い所で痛痒を共にします。本当に大きな感応は、熱烈な言葉よりも、民の艱難と人情と責任を背に負うところに現れます。
実際の読み方
戦いでは敵の背後を潜襲すれば勝ちがあり、敗れにくいでしょう。経営では、象伝が志は末微と言うように、事業は大きくなく利も薄いことがあります。功名では背の字に敗北の意味があるので、求めても必ず名を成すとは限りません。病では背脊の象がかえって寿のしるしとなり、病は癒え長寿を得ることがあります。妊産は、伝統的な断で女子と見ます。
高島の占例
明治二十一年、ある縉紳が貴顕の気運を問うたときは、咸が小過に変じる九五が出ました。九五は君位ですが、易は一例に拘らず、臣子にも君位の象を取ることがあります。高島の断はそこから始まりました。その貴顕は国政を担う人であり、至誠をもって上下に信を通わせるべき立場です。咸其脢とは、民の艱難を切に思い、百姓の疾苦を心背の間に負って、他人事として見ないことをいいます。だから無悔であり、長寿厚福の象も添います。ただし象伝の「志末なり」は、その志がなお完全には光大でないことも戒めます。
上爻
感応が口先だけになる爻です。人は動かせても、空論や讒言へ傾きやすくなります。
原文
上六:咸其輔、頬、舌。
書き下し文
上六、其の輔と頬と舌とに咸ず。
現代語訳
頬の内側、頬、舌に感じます。
爻辞の読み解き
上六まで来ると、感応は口舌の働きとして現れ、言葉で人を動かす段階に入ります。輔は頬の内側、頬は外側、舌は口の中を指します。舌が動けば、輔も頬もともに動きます。人を悦ばせ、誘い、煽り、時には讒言で上を惑わせる危険がここで出てきます。
上六は陰柔で中を失い、全卦の尽きる所にあります。尊位に近いので、巧言佞語によって上位へ働きかける人の象にもなります。爻辞に直接凶と書かれていないのは、凶がすでに象そのものに露われているからでしょう。象伝の「口説を騰ぐ」とは、口を開いて言辞を馳せることです。誠実がなければ、美しい言葉で世を欺くだけに終わります。
実際の読み方
戦いでは間者、誘導、言葉の罠を防ぎます。経営では口舌是非が起こりやすい時です。功名では、策を献じ言を述べて召されることがありますが、言葉には実が必要です。家宅は家人の口が和さず、争いが起こりやすいでしょう。病では譫語、寝言、心魂不安を防ぎ、安神と祈りがよいとされます。婚姻では媒人の言葉を全て信じてはいけません。妊産は、古い読みでは女子に当てます。
高島の占例
明治二十五年、岩手県の衆議院議員佐藤昌蔵が地租修正議案について問いました。奥羽諸県は地租増加の部に入っていましたが、本県は土地が貧しく、さらに増税するのは不適当でした。咸が遁に変じる上六を得ます。兌は口であり、輔頬舌は言語を主るので、これはまさに議院の弁論だ、というのが高島の読みでした。地租増加を空論で競うばかりで実益がなければ、人民を従わせることなどできません。後に佐藤は来て、断の的中を謝しました。
沢山咸:読みの覚え
沢山咸は、心が自然に響き合う卦です。人を動かそうとするより先に、自分を空けて正しい感応を受け取ります。
微かな響きを急がせない
咸の感応は、足先の小さな動きから始まります。早く形にしようと焦れば、響き合いはたちまち私欲や口先の誘導へ傾きます。自然な感応には余白があるものです。相手の反応をすぐ利用せず、感情が動く時ほど正しさのほうを保ちます。
響きを確かめる三つの問い
- これは自然な響き合いですか、私が動かそうとしているだけですか。 - 微かな兆しを、大きな約束と取り違えていませんか。 - 感情が動く時ほど、正しさを保てていますか。
相手の反応を利用しない
恋愛、交渉、相談、協力では、相手の反応を急いで使いにいきません。九四が示すとおり、心の根が正しければ吉ですが、私念が往来すれば仲間まで引きずられます。 上六まで行けば、感応は口舌の働きだけになります。言葉で人を動かせても、実がなければ空論や讒言へ転げ落ちます。
恒と帰妹との違い
雷風恒とあわせると、咸は感応が始まる時、恒は関係が長く続く時であり、心が動いた後に日常の常道へ育つかを見られます。雷沢帰妹とあわせれば、咸は双方の感応、帰妹は名分や位置の不安定さを問い、感情と正しい位置を分けて読めます。
沢山咸:読みの覚え札記を開く
沢山咸は、心が自然に響き合う卦です。人を動かそうとするより先に、自分を空けて正しい感応を受け取ります。
微かな響きを急がせない
咸の感応は、足先の小さな動きから始まります。早く形にしようと焦れば、響き合いはたちまち私欲や口先の誘導へ傾きます。自然な感応には余白があるものです。相手の反応をすぐ利用せず、感情が動く時ほど正しさのほうを保ちます。
響きを確かめる三つの問い
- これは自然な響き合いですか、私が動かそうとしているだけですか。 - 微かな兆しを、大きな約束と取り違えていませんか。 - 感情が動く時ほど、正しさを保てていますか。
相手の反応を利用しない
恋愛、交渉、相談、協力では、相手の反応を急いで使いにいきません。九四が示すとおり、心の根が正しければ吉ですが、私念が往来すれば仲間まで引きずられます。 上六まで行けば、感応は口舌の働きだけになります。言葉で人を動かせても、実がなければ空論や讒言へ転げ落ちます。
恒と帰妹との違い
雷風恒とあわせると、咸は感応が始まる時、恒は関係が長く続く時であり、心が動いた後に日常の常道へ育つかを見られます。雷沢帰妹とあわせれば、咸は双方の感応、帰妹は名分や位置の不安定さを問い、感情と正しい位置を分けて読めます。
この卦を読む前に
本卦、動爻、問いを照らす
卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。
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本卦の問い
咸が出ました。すぐ動いたほうがよいのですか。
初六はまだ足の親指が動いただけの段階です。兆しは兆しとして扱い、正を守っておけば、後の行動のよい始まりになります。急いで大きな約束に変えると壊れます。
相手の気持ちを引き出したいのですが、押してもよいですか。
押すほど咸から遠ざかります。この卦の順序は、まず自分の心を空けて相手を受けるところから始まります。相手の言葉が落ちる場所を作るほうが早く届きます。
言葉を尽くしても届きません。何が足りないのでしょう。
上六の輔頬舌になっている恐れがあります。口先だけの感応は、巧いほど疑われます。九五の背のように、相手の困りごとを黙って引き受けている姿のほうが人を動かします。
縁談で咸が出たら、吉と見てよいですか。
卦辞は女を取るに吉と言いますが、好きなら何でも吉という話ではありません。少男が礼をもって下る形が前提です。誠意と手順が伴っているかどうかで、吉かどうかが決まります。
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初六はまだ足の親指が動いただけの段階です。兆しは兆しとして扱い、正を守っておけば、後の行動のよい始まりになります。急いで大きな約束に変えると壊れます。
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押すほど咸から遠ざかります。この卦の順序は、まず自分の心を空けて相手を受けるところから始まります。相手の言葉が落ちる場所を作るほうが早く届きます。
言葉を尽くしても届きません。何が足りないのでしょう。開く
上六の輔頬舌になっている恐れがあります。口先だけの感応は、巧いほど疑われます。九五の背のように、相手の困りごとを黙って引き受けている姿のほうが人を動かします。
縁談で咸が出たら、吉と見てよいですか。開く
卦辞は女を取るに吉と言いますが、好きなら何でも吉という話ではありません。少男が礼をもって下る形が前提です。誠意と手順が伴っているかどうかで、吉かどうかが決まります。
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