高島易断
雷水解|意味・卦辞爻辞解説
雷水解䷧:一言で読む 解は、険難がほどけ始める卦です。冬の水に春雷が動き、氷が解け、鬱した気が散ります。ただし解けた後には、休養と後始末が必要です。 現代語訳 解は上が震雷、下が坎水です。坎は水であり雨でもあり、震は春雷です。雷雨が作ると、冬の閉じた寒気が動かされ、堅い氷が解け、草木が芽を出します。だから解です。蹇は難が前にある卦でした。解は、その難がすでに散り始める卦です。
導入
一言で読む
解は、険難がほどけ始める卦です。冬の水に春雷が動き、氷が解け、鬱した気が散ります。ただし解けた後には、休養と後始末が必要です。
現代語訳
解は上が震雷、下が坎水です。坎は水であり雨でもあり、震は春雷です。雷雨が作ると、冬の閉じた寒気が動かされ、堅い氷が解け、草木が芽を出します。だから解です。蹇は難が前にある卦でした。解は、その難がすでに散り始める卦です。
高島は、解は蹇を解く卦だと言います。止まって動けない時が蹇であり、動いて険を免れる時が解です。ただし、この動きは乱動ではありません。時機が至り、方向が合い、雷雨が発して、先に鬱結していた気が散るのです。
解は「すべて終わった」という卦でもありません。氷が解ければ水は流れます。苦境がほどければ、残った事を収める必要があります。旧怨が解ければ赦しが必要で、悪根がまだ残れば断って除く必要があります。初爻はただ無咎を求め、上爻は高墉の隼を射ます。全卦は、難を解く一連の過程を示します。
実際の読み方
解を得たら、難が本当にほどけ始めているかを見ます。もう行くべき所がなければ、本位へ戻り、元気を養います。まだ後患があるなら、早く処理します。
解で避けたい誤りは二つです。脱したばかりでまた乱れ動くこと。もう一つは、片づけるべき時に先延ばしすることです。
卦辞
一言で読む
難がほどけた後は、用事がなければ戻って休み、残務があれば早く片づけるのが吉です。
現代語訳
解は、西南が利です。行く所がなければ戻って吉です。行く所があれば早くして吉です。つまり、難がほどけた後は、用事がなければ戻り、残務があれば早く動く、という字面です。解も西南に利がありますと言います。西南は坤であり、順、衆、平易の象です。蹇で方向を転じた後も、解の後にはなお、広く平らで人の助けがある道を取ります。
無所往とは、険難がすでに平らぎ、さらに大きく動く必要がないことです。この場合は、戻って元気を回復するのが吉です。大病が癒えたばかりで、すぐ激しく働けばまた損ないます。戦乱が初めて平らいだ時に、大きな工事を興せば民を疲れさせます。来り復ることが吉です。
有攸往とは、まだ後患や残務があることです。この場合は、遅らせてはいけません。夙とは早いことです。残った結び目があるなら、早く動き、早く片づけ、また絡まないようにします。解の節度はここにあります。無事なら静、有事なら速です。
実際の読み方
事業では、危機が過ぎた後、まず残務の有無を見ます。なければ休整と体勢の立て直しです。あれば早く一覧を作って片づけます。関係では、誤解が解けたなら古い話を蒸し返しません。まだ大切な言葉が残っているなら、早く言います。
訴訟、債務、病気では、ほどけ始めた後こそ、結案、調養、復診を怠りません。
彖伝
一言で読む
険の中で時を得て動き、動くことで険を免れるのが解です。
現代語訳
解とは、険の中にいて動くことです。動いて険を免れるのが解です。つまり、危険の中で時にかなって動き、その動きによって難を脱する、という字面です。坎の険は下にあり、震の動きは上にあります。人が険の中にいて、まったく動かなければ困り死にます。しかし乱れて動けば、さらに険になります。解は、時を得て動き、その動きによって険を免れることです。
利西南、往けば衆を得るとは、解難には衆の力が必要だということです。坤は衆であり、西南は坤の方です。蹇の九五に大蹇朋来があり、解でも同じく、大難は孤勇で解くものではありません。方向が正しく、群力が互いに助け合う時、解が成ります。
其れ来り復りて吉とは、内に帰って養うことが中を得るからです。有攸往、夙くして吉とは、外にまだ処すべき難がある時、早く往けば功があるからです。高島は、来復は内を治め、夙往は外を治めると言います。内外をともに処理して、解の事は尽きます。
彖伝はまた、天地が解けて雷雨が作り、雷雨が作れば百果草木がみな甲坼すると言います。天地の鬱閉がほどけると、新しい生命が殻を破ります。人事も同じです。長く圧された局面が解けると、新しい生機が出ます。しかし芽は初めほど弱い。大事に養い、後患を戻さないことが必要です。
実際の読み方
解を読む時は、ただほっとするだけでは足りません。戻って元気を養うべきか。早く後患を除くべきか。旧過を赦して人を新しくさせるべきか。高い壁の隼を射つべきか。
この四つを分けて読むと、解の吉が現実になります。
象伝
一言で読む
難がほどける時は、改められる過ちは赦し、軽い罪は宥めて人を再び生かします。
現代語訳
雷雨が起こるのが解です。君子はこれを見て、過ちを赦し罪を宥めます。つまり、鬱した難がほどける時は、赦せるものを赦して人を再び生かす、という字面です。坎は罪、災の象を持ち、震は緩み、生の象を持ちます。雷は号令のように天下を震わせ、雨は恩沢のように鬱結をほどきます。君子はこの象に従い、難が解ける時に、赦すべき過ちを赦し、宥めるべき罪を宥めます。
これは悪を縦にすることではありません。軽重を分けることです。長く閉じ込められていた人が、赦せる過ち、宥められる罪を持つなら、枷を解き、日を見る道を与えることで、心の鬱気は散ります。解は更新の卦です。難が解けた後に、人をいつまでも旧い結び目へ縛らないのです。
ただし赦しには境界があります。上爻ではなお隼を射ます。反復して害をなす根、外に強く悖るものは、ただ寛大にするだけでは足りません。内の過ちは赦し、外の禍源は除く。解の成熟は、恩と威を並べて用いる所にあります。
実際の読み方
管理では、危機後に追責だけをしないことです。改められる人には再出発の道を与えます。家庭では、旧い過ちを放せるなら放しますが、繰り返し人を傷つける問題には境界を置きます。
法律、制度、組織運営では、軽い過ちは寛大に扱い、主犯と後患は明らかに処します。
占断
一言で読む
災難がほどける時は、休養、収束、赦し、除患を分けて扱うほど気勢が正しく振るいます。
現代語訳
高島の総占では、時運は災難を脱し、奮発振作する象です。戦いでは威武がひとたび振るえば、大寇は滅び、小寇は服します。功名では、雷声が百里に震い、沢が群生を潤すような兆しがあります。経営では、時令を得て、雷雨の動きが満ち、大利があります。
婚姻では、震雷と坎雨で陰陽が交わり、生育が盛んで吉です。家宅では、上に動き、下に難があるので、祈りや解除、また家の不安要素を積極的に取り除くことを読みます。行人は一時帰ることがありますが、小災に注意します。訴訟は寛宥されて無罪となる望みがあります。妊産は男を主に見ます。
これらはすべて雷雨作の象をめぐります。雷は行動、号令、振作です。雨は潤い、寛ぎ、恩沢です。雷だけなら剛猛に過ぎ、雨だけなら滞りやすい。解の時には、動くことと緩めることを併せます。
実際の読み方
どんな問いでも、まず状態を分けます。すでに解けたなら回復へ。解け始めたなら安定へ。後患があるなら早く除く。赦せる人がいるなら寛大に扱う。
すべてを同じ「吉」と読むと、解の細かい効き目を失います。
初爻
一言で読む
難が解け始めたばかりの時は、大功を求めず、乱れを作らないことが無咎です。
現代語訳
咎はありません。つまり、難が解け始めたばかりの時は、大きな功を求めず、乱れを作らなければ咎がない、という字面です。解卦の初めで、険難はようやく緩みました。まだ大功を語る段階ではありません。最も大切なのは、もう一度乱れを作らないこと、脱したばかりで妄りに動かないことです。初は四と応じ、四の剛健の力によって眼前の険が解けるので、大過がありません。
象伝は「剛柔の際、義として咎なきなり」と言います。剛は四、柔は初です。初四が応じ、剛柔が接して事に受け止めができるから、平安です。解の初めは功を誇らず、ただ無咎と言う。この節度が大切です。解け始めは、勝つことより安定することが重いのです。
明治二十四年三月、鄭永寧と清国公使館の通信をめぐり議論が起こり、真偽が定まらない時、製紙分社長が虚実を占って、解が帰妹に変じる初六を得ました。高島は、解には罪過を解く意味があり、初爻がただ無咎と言うのは、天が口を開いて鄭氏の無罪を示すようなものだと読みました。初陰が四陽に応じるので、鄭氏と公使の情分は厚くても、国家の大義に害はない。後に審官も情を原ね、無稽の文書で深く追及しないだろうと断じました。
実際の読み方
時運は困難が初めて解けた所で、時に安んじ分を守ればよい。戦いでは、重囲を脱したばかりなので、養精蓄鋭して妄動しません。経営では、これ以上失わないことが幸いです。
功名は旧位を守ります。家宅は平安無害。訴訟は和解がよい。初六の教えは、難が解けた直後に自分で次の難を作らないことです。
二爻
一言で読む
難を解くには、惑わす小人や病根を除き、中正でまっすぐな手段を得ることが吉です。
現代語訳
狩りをして三匹の狐を獲ます。黄色い矢を得ます。正しく守れば吉です。つまり、人を惑わすものを除き、中正でまっすぐな手段を得れば吉、という字面です。田は狩りです。坎には狐の象があり、狐は人を惑わすものです。三狐は、さまざまな邪妄、奸巧、人心を乱す小人や病根を象ります。黄矢は、黄色が中、矢が直を表し、中正でまっすぐな道具です。
九二は陽で陰位に居て、剛柔が中を得ます。また六五に応じて上を助けることができます。賢を進め邪を退ける爻です。難を解くには、寛大にするだけでは足りません。人を惑わす狐の根を見つけ、取り除く必要があります。狐を去り、矢を得て、内治が清まるので、貞を守れば吉です。
ある商人が気運を問うて、解が豫に変じる九二を得ました。高島は、狐を獲て矢を得るので、財も名も求めて利があり、災難は解け、求めるものは得られると読みました。来占者の品行も正直で、狐媚に惑わされないとしました。高島自身が鼻痔に苦しみ、金杉氏の鼻科治療を受けるべきか占った時も同じ爻でした。鼻中の疣を身中の怪物、三狐を数多い病根、黄矢を治療器具と読み、後に麻薬と電気銅線で数個の疣を切除して病苦が解けました。横須賀砲台の石運びをめぐる争いでも、三狐を妨害する三人、黄矢を正直な当事者と読み、仲介によって平和に解けました。
実際の読み方
時運は邪を去って正へ戻れば安吉です。戦いでは敵の渠魁を狩り、兵器も得る象です。経営では利を狩るように厚利を得ます。功名は獲るものがあり、得るものがあります。
家宅では、人事の欺きや狐のような惑いを清めます。婚姻では、初め偏った縁があっても後に正配を得ることがあります。病は怪疾、邪病、病根を正確に見つければ治ります。
三爻
一言で読む
徳と位が合わないまま重荷と高位を抱えると、解けた後にも盗賊のような禍を招きます。
現代語訳
背負い、さらに車に乗ります。盗賊が来る原因を作ります。正しくしても吝です。つまり、ふさわしくない人が重荷と高位を抱えれば、禍を招く、という字面です。負うとは背負うことですが、不正に負う、盗み負う意味も含みます。乗るとは車に乗ることで、本来は身分ある人の事です。ふさわしくない人が、不正なものを背負い、さらに高い位の車に乗れば、盗賊を招き、羞辱を招きます。
高島は、六三が坎体の中にあり、もともと寇の象を持つと見ます。小人が乱に乗じて位を盗み、堅車に乗り高位を占めれば、別の寇がそれを見て、自分も寇で顕れようとします。寇をもって寇を招くのです。険難が解けたばかりの時、不正な人を高位に置けば、それは用いる者が自ら禍を招くことになります。
ある人が某区長の品行を問うて、解が恒に変じる六三を得ました。高島は、負は小人の役、乗は君子の分であり、負且乗は小人が君子の位置を盗み居ることだと断じました。寇が寇の顕れるのを見れば、後から取って代わろうとする者が必ず出る。後にその区長は罷免されました。
実際の読み方
時運そのものが悪いというより、素行が正しくなければ人に笑われます。戦いでは、破れ口を自分から開き、盗賊が起こります。経営では盗難や横取りに注意します。功名は徳が位に合わず、長く保てません。
家宅は門戸の不備や用人の不正から盗みを招きます。婚姻は両家が正しくなければ、富んでいても羞があります。訴訟は双方の理がまっすぐでない。行人は満載して帰っても来路が正しくない恐れがあります。失せ物は多く盗まれています。
四爻
一言で読む
小さな束縛から解き始め、朋友と信じ合えれば大きな解決へ進めます。
現代語訳
あなたの足の親指を解きます。朋友が来て、そこで信じ合います。つまり、まず小さな束縛が解け、信じ合える助けが来る、という字面です。震は足であり、拇は足の親指です。四は震の始めで、解卦外卦の主に当たりますが、位は正しくありません。だからまず解けるのは足の親指ほどの小さな所で、大難全体が解けたとは言えません。
この爻は蹇の五から来ます。蹇の五は朋来と言い、解の四は朋至と言います。自分一人の力は足りません。朋友が来て、しかも互いに孚す、信じ合う時、解拇から解心へ進みます。多くの難局も同じで、まず小さな所が緩み、関係に信が生まれ、助ける人が来て、全体の解へ向かいます。
群馬県高崎市のある人が、高島に手紙で問いました。隣人乙某の子が病危うく、榛名神社に祈ると癒えた。乙某は喜んで神社へ謝礼に行った後、急に遺金を子に渡し、殺される恐れがあると言って出走し、家族が悲しんでいるというのです。高島は病中だったので門弟に占わせ、解が師に変じる九四を得ました。門弟は、乙某は山にも入らず水にも投じず、東方の朋友の家にいると断じました。理由は、険により動き、動いて険を免れるのが解であり、拇は足指、父子一体で子は下にある足指のようなもの、遺金して別れるのが解拇であり、朋至斯孚が明らかに朋友の家を示すからです。後に踪跡はその通りでした。
実際の読み方
時運は、年齢や段階としては事を成せるが、運がまだ正しくなく、人の助けが必要です。戦いでは足傷に注意しますが、救兵が来て囲みを解けます。経営では、今の得は小さくても、衆心が孚すれば一、二年後に厚利を望めます。
功名は今は卑下でも、次の科や次の機会で登れることがあります。婚姻は有力な媒人の取り持ちが必要。訴訟は朋友が調停すれば止められます。
五爻
一言で読む
本当の解決は、力で押さえるより徳で人心をほどき、小人まで退かせる形です。
現代語訳
君子には解く道があります。吉です。小人も信服します。つまり、徳ある人が正しく難を解けば、悪い者や弱い者も納得して退く、という字面です。ここでの君子は、大象が言う、過ちを赦し罪を宥める人です。五は尊位にあり、二と応じます。二は中道で邪を除き、五は情を原ね、改められる人に新しく出直す道を与えます。
象伝は「君子に解く有り、小人退くなり」と言います。本当の君子は、何でも力で小人を追い払う必要がありません。正気があり、寛容さがあり、公心があります。小人は自ら同じ場に居づらくなって退きます。古来、奸邪が政を害するのは、多くの場合、君子が小人を感化できず、小人も君子を信じないため、互いに傾け合うからです。六五は、徳によって結び目を解くことを言います。
横山孫一郎が、福地氏の下獄を憂え、彼が得た金草文は賄賂や私利とは別であるとして、解救を占い、解が困に変じる六五を得ました。高島は、五爻は解の主で、君子と称して吉を繋けるので、罪はその罪ではないと読みました。維有解とは、強いて救わずとも自然に罪が解けることです。有孚于小人とは、陥れた者にも不忍の心があり、罪を認めて退くことです。高島は東京裁判検事に会ってこの占を述べ、まもなく福地氏は出獄しました。後に永井泰次郎が訴訟の嫌疑で巻き込まれた時も、その妻の占が同じ爻となり、最後に無罪放免されました。
実際の読み方
時運は正運が通り、邪は退きます。戦いでは、一人を殺さず、一矢を加えずに外人が服する象です。功名は正人に利があり、邪人には利がありません。経営は苦しい計略をしなくても、自然に利を得ます。
家宅は福曜が照らし、邪気が遠ざかります。婚姻は吉。行人はすぐ帰ります。病は外邪が散り、正気が戻ります。訴訟は理が直な者が勝ち、曲がる者が服し、争いを止められます。
上爻
一言で読む
最後に残った害は、ためらわず狙いを定めて除けば、後患を断てます。
現代語訳
公が高い垣の上にいる隼を射ます。これを捕らえれば、利でないことはありません。つまり、最後に残った強い害を高い所から射落とせば、すべてに利がある、という字面です。震には諸侯の象があるので公と言います。坎は弓、離は飛鳥、坤は城墉です。隼は強く猛い鳥で、高い垣にとまります。外にある強悍な禍患、または悖逆の首を象ります。前の爻では、赦し、除き、解き、感化しました。しかし最後に強害が外に残るなら、射って獲なければなりません。
象伝は「公用て隼を射るは、以て悖を解くなり」と言います。解の上爻では、もうゆっくり寛宥する段階ではなく、悖逆の根を処理します。ただし爻辞は獲ると言い、滅ぼすとは言いません。この隼にも才能があるかもしれない。ただ飛揚跋扈して善類を害しているだけなら、捕えて用いる道もあります。
高島が鎌倉円覚寺の今北洪川和尚を訪ねる前、易理と禅味が合うかを疑って占い、解が未済に変じる上六を得ました。彼は、仏法は煩悩を解脱することを宗旨とし、上爻が解と言わず射ると言うのは、仏法で外魔を摂伏するようなものだと解しました。内魔は二爻の三狐、外魔は上爻の隼です。横浜商人左右田金作が利根運河株の売買を問うた時もこの爻で、高島は、今売れば難得の利益を得て後日の災いを免れる、これは高墉の隼を一矢で射下ろす象だと断じました。左右田はその通り売って利を得ましたが、後に利に誘われて買い戻し、損を招きました。明治三十一年に伊藤内閣の気運を占った時もこの爻で、公を内閣、高墉を高位、隼を政党首領と見ました。政党首領は政府外で飛揚し、政府を難じるので、捕えて用い、その悖心を解くべきだと読みました。
実際の読み方
時運は吉順ですが、外へ出る時は小寇を防ぎ、急に防ぎ急に治めます。戦いでは、敵兵が城外で劫掠するので、高所に伏せて射れば一撃で捕らえられます。経営では、貨物輸送に盗難を防ぎ、厳備すればかえって利があります。
功名はすでに貴顕で、外で功を立てるのによい。家宅は牆垣を高くし、外窃を防ぎます。婚姻は射雁の象で吉。訴訟は悖逆が自ら解け、利があります。
雷水解:読みの覚え
雷水解は、険難がほどけ始める卦です。解けた後に何を休ませ、何を早く片づけるかを分けます。
解けた後に、何をするか
解では、解放だけで終わりません。赦すべき過ち、除くべき病根、戻って休むべき人、急いで片づける残務を見ます。
緊張がほどけた後の軽さはありがたいものですが、その軽さに乗ってまた乱れを作らないことです。残った害は狙い定めて除きます。
立てておきたい問い
- 難がほどけた今、休むべきですか、すぐ片づけるべきですか。 - 赦してよいものと、除かなければならないものを分けていますか。 - 解決後の軽さに乗って、また乱れを作っていませんか。
まず緊張を解き、残務を片づける
トラブル収束、病後、和解、災害後の対応では、まず緊張を解きます。その後、残った害を狙い定めて除けば後患を断てます。
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水山蹇が難路で止まる卦なら、雷水解は難がほどける卦です。地雷復と読むと、解けた後に正しい道へ戻る段取りが見えてきます。
本卦の問い
難がほどけた今、休むべきですか、すぐ片づけるべきですか。
身体や関係の緊張はまず休ませます。一方で、期限のある残務、再発の原因、危険物は早く片づけます。
赦してよいものと、除かなければならないものを分けていますか。
人の過ちは赦せても、仕組みの穴や病根は残せません。解では、優しさと処置を混同しないことです。
解決後の軽さに乗って、また乱れを作っていませんか。
解放感で判断が軽くなることがあります。戻る場所、休む期間、片づける順序を決めてから動きます。
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