高島易断
風水渙|意味・卦辞爻辞解説
風水渙䷺:一言で読む 渙は、散ることです。同時に、散った後にもう一度まとめ直す卦です。詰まり、険難、鬱結を吹き散らし、その後、共通の中心で人心を戻します。 現代語訳 渙は上卦が巽で風、下卦が坎で水です。風が水の上を行くと、水面は波立ち分かれます。鬱結が風に吹かれて開き、険阻が水に流されて通るような象です。渙の第一の意味は散です。水は分流し、風は四方へ布き、古い詰まりや固まりが開かれます。
導入
一言で読む
渙は、散ることです。同時に、散った後にもう一度まとめ直す卦です。詰まり、険難、鬱結を吹き散らし、その後、共通の中心で人心を戻します。
現代語訳
渙は上卦が巽で風、下卦が坎で水です。風が水の上を行くと、水面は波立ち分かれます。鬱結が風に吹かれて開き、険阻が水に流されて通るような象です。渙の第一の意味は散です。水は分流し、風は四方へ布き、古い詰まりや固まりが開かれます。
しかし渙は、ただ流失させる卦ではありません。卦辞は「渙は亨る。王有廟に假る。大川を渉るに利があります。貞に利があります」と言います。散乱が亨るのは、険を散らした後に、宗廟の誠、共同の本、正しい道があって、散った人心を再び収められるからです。
高島は、坎は水であり、水が散れば多くの流れに分かれる。巽は風であり、風が散れば四郊に行き渡ると説きます。風と水が遇えば、水は久しく留まらず、風も跡を残しません。これが渙です。散るだけなら流失です。険を散らし、鬱を散らし、邪を散らして、さらに廟へ帰り、正へ帰るなら亨ります。
実際の読み方
渙を得たら、疎通、解散、分流、脱険、詰まりの整理に向きます。関係なら誤解を解き、信頼を立て直す。組織なら古い小集団を解き、共同目標を立てる。身体なら鬱結を通す。事業なら財貨と情報を流通させる。
渙は塞ぎ込む卦ではありません。まず詰まった所を通す卦です。
卦辞
一言で読む
散らすだけでなく、共同の中心を立てて大きな険を渡る時に通じます。
現代語訳
渙は通じます。王が宗廟に至ります。大川を渡るのに利があります。正しさに利があります。つまり、散ったものを正しい中心へ戻し、大きな難を渡れば通じる、という字面です。
渙が亨るのは、難を散らし、険を釈くからです。難が散れば、道理は平らかになります。険が解ければ、人心は通じます。渙で最も恐ろしいのは、人心、組織、財用、信頼が散ったのに、それを再び収束する中心がないことです。
「王有廟に假る」とは、王者が宗廟に至り、精誠によって祖考や鬼神に感通することです。宗廟は古代の共同の根本であり、散った人心を本へ帰らせる場所でした。現代的には、共同信念、共同目標、共同制度、共同記憶です。
「大川を渉るに利があります」とは、渙が家の中で道理を語るだけではなく、大きな険を渡る力を持つことです。坎は大川であり、巽は木で、舟楫の象があります。散乱の局面で中心を立て、舟楫を備えるなら、険を渡って難を越えられます。
実際の読み方
組織がばらけ、家庭が不和となり、関係が冷え、案件が乱れた時、「散るな」と叫ぶだけでは足りません。
まず詰まりを開き、その後で、みなが何へ帰るのかを問います。廟がなければ散った後に帰る所がありません。舟がなければ散った後に険を越えられません。正がなければ散った後に流失します。
彖伝
一言で読む
剛が険中で窮まらず、柔が上に順って外へ通るから、散乱は疎通へ変わります。
現代語訳
渙は通じます。剛が来て窮まらず、柔が外で位を得て上と同じくします。王が宗廟に至るとは、王が中にあることです。大川を渡るのに利があるとは、木に乗って功があることです。つまり、中心があり、通る道具があれば、散乱の中でも難を渡れる、という字面です。
序卦伝は「兌は悦なり。悦びて後にこれを散ず、故にこれを受くるに渙を以てす」と言います。人心が悦んだ後、鬱結を散らすことができます。散った後に、新しい亨通が生まれます。渙が兌の後に来るのは、楽しみが終わって散会するという意味ではありません。悦びによる通達を使って、険難を解くということです。
「剛来りて窮まらず」は、坎中の剛爻が乾から来て、水が長く流れて尽きないような象です。「柔位を外に得て上に同じ」は、巽柔が外にあり、風に順って行き、上と同心になることです。剛は険中にあっても窮まらず、柔は外で上に順います。そこで険難を散らせます。
高島は渙を人事に用います。一身で胸が通らなければ病が生じ、意気が舒びなければ争いが起こります。家で内外が隔絶すれば弊が成り、上下が壅塞すれば乱が起こります。渙じることができれば、雲霧が風を得て散り、溝渠が水を得て通り、疑いは氷のように解けます。
実際の読み方
渙は、誰が誰を押さえるかを問う卦ではありません。どこが流れていないかを問う卦です。意思疎通が通らなければ関係はこじれます。金や貨物が通らなければ経営は傷みます。気血が通らなければ身体は病みます。上下が通らなければ組織は乱れます。
渙の方法は、疎かにするのではなく、ほぐし、通し、分け、そして帰らせることです。
象伝
一言で読む
詰まりを散らした後は、共同の敬いと本を立てて人心を戻します。
現代語訳
風が水の上を行くのが渙です。先王はこれを見て帝を享し、廟を立てます。つまり、散る時ほど、共同の敬いと帰る本を立てる、という字面です。
風は本来形がありません。水に遇って初めて波として見えます。鬼神も無形ですが、廟に入ると彷彿として見えるようになります。集まれば有りとなり、散れば無しとなる。だから先王は、大難がようやく定まり、人心がまだ安んじない時、帝を享し廟を立て、誠敬によって散乱した心を集めました。
高島は、物は天を本とし、人は祖を本とすると言います。帝を享するのは、天地生成の恩に報いることです。廟を立てるのは、祖考功徳の盛に報いることです。天下の人に尊ぶべきを尊ばせ、親しむべきを親しませ、その本を忘れさせなければ、人心は風に随って流散しません。
これは宗教形式だけの話ではありません。人心をまとめる仕組みの話です。災後、乱後、分裂後、人は命令だけで集まり直せるわけではありません。共同記憶、共同の敬い、共同の礼法が必要です。人が自分たちはどこから来て、どこへ向かうのかを知ることが必要です。
実際の読み方
再編、家庭和解、組織転換、地域の災後復興には、それぞれの「廟」が必要です。章程、使命、祖訓、儀式、記念、共同目標などです。
渙散した後に共同中心がなければ、人はすぐまた散ります。散らすことと、帰る所を置くことは一組です。
占断
一言で読む
塞がったものは疎通し、散った心は中心へ戻す。流すものと保つものを分けます。
現代語訳
高島の総占では、時運は亨通し、風に乗って波を破る象があります。戦いでは、海軍、水路、舟船の力を用いるのに向きます。経営では、財水が流通し、保護や助けを得て大きな利があります。功名は、風が帆に随い、水が渠に至るように、すぐに名が上がる象があります。
家宅は神祇に祈り、人心を安定させれば自然に福を得ます。婚姻は中男と長女で佳偶となる象です。病は古占で「風行水上、去って留まらず」や「立廟」の象から重く見ることがあります。現実には必ず医療機関を受診します。失せ物は多く得にくい。
渙では区別が大切です。険を散らすのはよい。本を散らすのは悪い。小集団の閉塞を散らすのはよい。共同の心を散らすのは悪い。鬱滞を散らすのはよい。財を無度に散らすのは悪い。渙には方向が必要です。散らすのは詰まりであり、保つのは中心です。
実際の読み方
関係が緊張しているなら、まず感情の詰まりを散らし、その後で信頼を立て直します。組織で内闘があるなら、小集団を解き、共同目標を立てます。資金が詰まっているなら、流れを戻します。
渙の薬方は、疎通してから再びまとまることです。
初爻
一言で読む
危険に落ち始めたら、意地を張らず信頼できる強い援助をすぐ受けます。
現代語訳
用いて救います。馬が壮んなら吉です。つまり、強い馬のような力で早く救えば吉、という字面です。
初は坎険の下にあり、危険に陥り始めた人です。坎の中に落ちたら、最も必要なのは救援です。初六は九二に近く、九二は乾の気を得ます。乾は馬であり、乾健なので馬は壮んです。初六が九二の力を借りれば、壮馬を借りて険を脱するようなものです。
象伝は、初六の吉は「順」にあると言います。初は本来坤体で、坤は順です。乾健の救いを順に受けるから吉です。危険が起こったばかりの時に、強がって自力で抜けようとせず、信頼できる援助に従う方が脱険できます。
占例では、友人が気運を問うて、渙が中孚に変じる初六を得ました。高島は、この人の時運は困難の中にあり、坎険に身を陥れたようで、一時は自分で脱け出しにくい。しかし幸いに朋友の救護に頼れば災厄を脱することができると読みました。朋友の言に順えば、凶を吉に変えられます。その友が馬年生まれ、または馬姓であることも、馬壮の象に暗合するかもしれないとしました。
実際の読み方
時運は険難が多いが、救援に遇って危から吉へ転じます。戦いでは初めて陣に臨み、優れた馬や速い機動で囲みを解きます。経営では資本が薄くても同僚の助けで利を得ます。
功名は馬運に遇えば成ることがあります。家宅は新築で禄馬が向きに臨む象。病は急治が必要で、良医を得れば吉です。行人は駅馬すでに動き、その日のうちに帰ることがあります。
二爻
一言で読む
散乱した時は、迷わず頼れる中心へ寄れば立て直せます。
現代語訳
渙の時、その几へ奔ります。悔いは亡びます。つまり、散乱の中で頼るべき支点へ急げば、悔いが消える、という字面です。
机は几に通じ、廟中の神几です。また広く、頼れる中心、支点とも読めます。散乱の時、人が最も恐れるのは依る所がないことです。九二は九五と応じ、上の正位へ奔ることができるので、願いを得て悔いが消えます。
高島はこれを「王有廟に假る」とつなげます。王が廟中にあり、神明と交わる。散った人心は誠敬によって帰る所を得ます。九二はまさに、乱れ散る中で廟几を見つけ、頼れる所を得る爻です。
占例では、梔尾某が土地抵当の買戻しをめぐって華族と争い、代言人や壮士に頼ったことから危険が生じ、高島に処置を問いました。渙が観に変じる九二を得ました。高島は、内卦坎は険、外卦巽は権変であり、二と五は応じるので、外へ奔避して、権変に長けた人に処置を任せれば悔いはないと断じました。
実際の読み方
時運は願いに順い、災いと悔いがともに消えます。経営では貨物輸送や貿易に頼る所があり、償いを得ます。功名は所願を遂げることがあります。
戦いでは敗れて奔っても拠る所を得て、回復を図れます。婚姻は女が年長で男が若い象があり、木水相生です。病は鬱々として楽しめないものが、良医によって解けます。
三爻
一言で読む
自分だけを守る執着を散らし、大局と外の助けに向かえば悔いはありません。
現代語訳
その身を渙らします。悔いはありません。つまり、自分の身への固執を散らせば悔いはない、という字面です。
躬は自分の身です。三は坎険の極にあり、深く険に陥っています。上には巽風があり、水は風に随って動き、木は水に浮きます。三の志は外にあり、外力を借りて険から出ようとします。この時、自分の身だけを顧みれば、かえって脱け出しにくい。身への執着を散らし、難に赴けば、悔いはありません。
高島は、三から上までの互卦に艮があり、艮を躬とするので、涣其躬と言うと説明します。象伝の「志在外」とは、心志を外卦、上方の救援に置くべきことです。
占例では、友人が気運を問うて、渙が巽に変じる六三を得ました。高島は、三爻は坎難の極で、身が険に陥り自ら解けず、ただ上爻の遠くから来る救援に頼って初めて渙然として消散できると読みました。この人の運途は淹蹇で、船が海に入り風波に遇うようなものです。遠くから巨舟の救いを得て、共に険厄を脱する必要があります。
実際の読み方
時運は険境にありますが、身を忘れて難に赴けば出られます。戦いでは国のために身を忘れる忠勇が嘉されます。経営では遠方の貨物が風波艱苦にあり、財を重くし身を軽くする象なので慎みます。
功名は身を殺して仁を成し、名を後世に垂れる象があります。家宅は水に臨み、宅主は外へ避けるのがよい。行人はまだ帰りません。
四爻
一言で読む
閉じた小集団をほどくと、かえって大きな再結集の土台ができます。
現代語訳
その群れを渙らします。大いに吉です。渙らして丘るものがあります。普通の人の思う所ではありません。つまり、古い群れを散らすと、かえって丘のような大きな集まりが生まれる、という字面です。
群は旧い衆、旧い仲間、旧い固まりです。涣其群とは、すべての人をばらばらにすることではありません。坎険の中に固まっていた旧い群れを解くことです。解散した後、さらに高丘のように集まるので、渙の中にも集まる働きがあります。
高島は、坤は衆であり、坤が巽に化すれば群は渙る。上互艮は丘であり、険を散らした後にまた高丘として聚まると説きます。巽は事に応じて宜しきを制し、隠れたり現れたり一定せず、化裁の妙が普通の人には測りがたい。だから「夷の思う所に匪ず」です。
占例では、長崎の女商人大浦阿啓が船で帰郷する際、名古屋丸が周防で遭難したという噂が立ち、家人が驚きました。高島は渙が訟に変じる六四を得て、「涣其群」は衆人を離れて険から出ること、「涣有丘」は脱険後に独り丘の上にいることだと読み、心配する必要はないと断じました。後に大浦から電報が届き、果たしてすでに脱険していました。
実際の読み方
時運は困難から解かれ、基業を再建できます。経営では大きな手段があり、財を散じて危を救い、また独り大業を成すことができます。功名は一時に独り抜きん出ることがあります。
戦いでは兵勢が急に散り急に集まり、変化が神妙です。病は外邪を散らし、元気を集めれば癒えます。家宅は隣居が遠く、独り一家を成す象。訴訟は群れが散れば争いも解けます。
五爻
一言で読む
正しい中心から明確な方針を行き渡らせれば、全体の詰まりがほどけます。
現代語訳
その大号を汗にします。王居を渙らして咎はありません。つまり、王の中心から大きな号令を汗のように発して散らせば咎がない、という字面です。
五は尊位であり、彖伝の王有廟の王です。号は号令、大号は大政令です。九五は天下の険を自分の険と見て、号令によって天下の険を散らそうとします。
「涣汗」は非常に分かりやすい象です。劉向は、号令は汗のようで、出たら返らないと言います。汗は身体の内から出て四体に行き渡り、邪熱は汗とともに解けます。仁政の号令も王居から出て、近くから遠くへ至り、天下の困苦を舒ばします。
「涣王居」とは、号令が中心の正位から出ることです。王居が正しくなければ、号令は人を服させません。正位で命を凝らせば、近い所が先に通り、遠い所も通ります。九五の渙は、統治の次元での疎通です。
占例一では、朝鮮の東学党の乱の時、朴泳孝が国を憂えて占い、渙が蒙に変じる九五を得ました。高島は、朝鮮の禍は王居に迫っており、王は速やかに号令を発して乱党を散らし、王居を安定させるべきだと読みました。朝鮮を救護する者は東方の日本にあるとも断じました。占例二では、日本兵が朝鮮へ渡航すれば開戦となるかを問われ、高島はこの爻から、日本は号令を発し艦を派し、険を散らし乱を救う意であって、必ずしも衝突を開くためではないと読みました。
実際の読み方
時運は、位が正しければ語るも黙るも動くも静まるも吉です。経営では地位が正当で、貨物が流通し、至る所に利があります。功名は至尊に近い位で、名が天下に聞こえます。
戦いでは号令が厳明で、軍威が整い、汗馬の功を立てます。婚姻は貴い婿の象があります。家宅は尋常の家ではありません。病は一汗して解けることがあります。
上爻
一言で読む
深い傷や恐れを遠ざけて流れを回復できれば、危機はもう過ぎています。
現代語訳
その血を渙らします。去って遠く出ます。咎はありません。つまり、血の滞りや恐れが散って遠く去れば咎はない、という字面です。
血は身体の流れです。流通すれば安らかで、鬱結すれば病になります。涣其血とは、血傷、血瘀、険害を疎散することです。逖は憂い恐れ、または遠い害と取れます。上爻は渙の極にあり、坎険を離れているので、憂患は遠ざかります。
高島は、上と三が応じ、三の体は坎で血卦なので、涣其血と言うと説きます。上九に至れば坎険はすでに遠く、害も遠い。別の説では、風が水上を行く義を取り、血は川水のように遠く流通し、風に乗って去り、もう滞らないとします。
占例一では、友人が気運を問うて、渙が坎に変じる上九を得ました。高島は、渙は脱難の卦で、上は渙の終わりにあり、困難がまさに消散しようとしている。病人の血脈が融通し、憂患がことごとく去るようだと断じました。占例二では、英国とロシアの交際を占い、同爻を得ました。高島は、英海軍とロシア陸軍が相対する形から、両国は声気を通じ、血戦の害を散らすべきであり、各国も遠害できると読みました。
実際の読み方
時運は災いが去り、福が来て、運途は通達します。戦いでは交戦すれば双方が傷つくので、声気を通じて害を遠ざけるのがよい。経営は商船が遠く出て、貿易が通じ、利を得ます。
功名は筆を投げて軍に従う象があります。婚姻は遠く嫁ぐ象です。家宅は血光を防ぎ、遠く避ければ大過を免れます。病は気血の鬱結を疎通することが大切です。失せ物は多くすでに遠くへ去っています。
風水渙:読みの覚え
風水渙は、散るものを散らし、散った後に中心へ戻す卦です。詰まりをほどき、人心をもう一度集め直します。
ほどいて、中心へ戻す
渙では、散らすこととまとめることを同時に考えます。鬱結や閉じた小集団をほどいた後、共通の敬いと方針で人を戻します。
散らすだけなら流失になります。詰まりをほどいた後に、人が戻れる中心を立てることが大切です。
立てておきたい問い
- 散らすべき詰まりは何ですか。 - 散った心を戻す中心はありますか。 - 自分だけ守る執着を手放せますか。
まず流れを作る
組織の停滞、感情の鬱結、災害後、離散した関係では、まず流れを作ります。明確な方針が中心から行き渡る時、全体の詰まりがほどけます。
あわせて読む
沢地萃が集める卦なら、風水渙は散らしてから再び中心を立てる卦です。雷水解と読むと、難がほどける時の扱いが見えてきます。
本卦の問い
散らすべき詰まりは何ですか。
鬱結、派閥、秘密、恐れ、古い恨みなどです。固まりすぎて流れを止めているものを、まずほどきます。
散った心を戻す中心はありますか。
共有できる方針、祈り、目的、場所、約束です。散った後に戻る所がなければ、解放はただの散乱になります。
自分だけ守る執着を手放せますか。
自分だけを守る握りしめが、全体の流れを止めていることがあります。渙は、その執着をほどく勇気も求めます。
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