高島易断
雷火豊|意味・卦辞爻辞解説
雷火豊䷶:一言で読む 豊は、盛大で満ちている卦です。同時に、盛りが極まると陰りやすい卦でもあります。雷電がともに至り、明るさと威がある時こそ、明るいうちに動き、日中の後の暗転を防ぎます。 現代語訳 豊は上卦が震で雷、下卦が離で火、日、電です。雷は物を動かし、日は物を照らし温めます。雷と電が同時に至れば、万物は動かされ、照らされ、豊かに茂ります。震は動、離は明です。明と動が合って、豊となります。
導入
一言で読む
豊は、盛大で満ちている卦です。同時に、盛りが極まると陰りやすい卦でもあります。雷電がともに至り、明るさと威がある時こそ、明るいうちに動き、日中の後の暗転を防ぎます。
現代語訳
豊は上卦が震で雷、下卦が離で火、日、電です。雷は物を動かし、日は物を照らし温めます。雷と電が同時に至れば、万物は動かされ、照らされ、豊かに茂ります。震は動、離は明です。明と動が合って、豊となります。
卦辞は「豊は亨る。王之に假る。憂うる勿れ、日中に宜し」と言います。豊が亨るのは、財が世を済うに足り、徳量が人を容れるに足り、事に窒碍がないからです。「王假之」の假は、高島は感通、至る、来るという方向で読みます。王者が誠をもって豊の道に感通できれば、天下を照臨できます。
しかし豊卦は最初から戒めを含みます。「憂うる勿れ」は、まったく心配がないという意味ではありません。豊盛の中では、日中のように明るく、公正で、中正でなければならないということです。正午の太陽は最も明るい。しかし正午を過ぎれば西へ傾きます。月も満ちれば欠けます。豊の大きさの中には、すでに衰えへ転じるきざしが潜んでいます。
実際の読み方
豊を得たら、今の勢いが本物かを問います。資金、人材、信頼、制度も豊かなのか。光明はまだあるのか。中心に事を主れる人がいるのか。
豊は明るいうちの決断を勧めます。同時に、過盛、驕り、人に遮られること、表面の賑わいと内実の空虚を警戒します。
卦辞
一言で読む
豊かな勢いは恐れず用いますが、正午の光のように公開・公正・中正を保ってこそ続きます。
現代語訳
豊は通じます。王がそこに至ります。憂えることはありません。日が中天にあるようであるのがよい。つまり、盛大な時は通じるが、王者が中心に至り、正午のような明るさを保つべきだ、という字面です。
高島は『正義』を引き、「財多く徳大なるをもって豊と称す」と説きます。財だけがあって徳がなければ奢りになります。勢いだけがあって明がなければ乱れになります。本当の豊とは、財、徳量、行動、光明がともに足りていることです。だから亨ります。
「日中に宜し」は特に大切です。離は日であり、日中は光が最大で、最も遠くまで照らします。王者が豊に処する時は、自分の明徳を天下に照らし、上下が公開で明らかな、公正な光の中で事を行うようにすべきです。そうして初めて、豊盛は少数者の享楽ではなく、天下がともに見られる明治になります。
ところが彖伝はすぐに警告します。「日中すれば昃き、月盈つれば食す。天地盈虚、時と消息す。而るを況や人においてをや、況や鬼神においてをや」。天地にも満ち欠けがあります。人事が永遠に盛って衰えないはずはありません。豊盛を長く保てるかどうかは、明が欲望に遮られないこと、動きが驕満によって中を失わないことにかかります。
実際の読み方
事業が熱くなり、家業が盛り、職位が高まり、名声が大きくなった時こそ、透明性、制度、危険、後継、財務、人心を点検します。
豊の時は、憂えて退縮しすぎてもいけません。満ちて目が見えなくなってもいけません。事を日中の光で照らせる状態に保つことです。
彖伝
一言で読む
明察してから動ける時に大業は成り、明が遮られると盛るほど乱れます。
現代語訳
豊とは大きいことです。明をもって動くので豊です。王がこれに至るとは、大を尊ぶことです。憂えるな、日中に宜しとは、天下を照らすべきだということです。日が中天にあれば傾き、月が満ちれば欠けます。天地の満ち欠けも時とともに消えたり伸びたりします。まして人や鬼神ではなおさらです。つまり、盛大な時ほど明るく照らし、満ちれば必ず変化することを知れ、という字面です。
帰妹の後に豊が来るのは、帰する所を得た後、事が大きくなるからです。豊が大きくなる理由は、下に離の明があり、上に震の動があるからです。明は見抜き、動は実行します。見てから動き、動いても光明を離れない。そこから事業が盛大になります。
高島は豊を人事に移し、人が最も憂うべきなのは不豊ではなく不明だと言います。不豊にはまだ補えます。不明になると、豊かな財はかえって心を暗くし、豊かな欲は乱れを生み、豊かな功は傲りとなり、豊かな勢は人を覆います。互卦には大過の象があり、中を過ぎると危険です。日が中を過ぎれば昏くなり、月が中を過ぎれば欠けます。過盛は必ず衰へ向かいます。
国家に推せば、豊は王者の明徳が上にあり、天下が熙然とする盛局です。しかし治乱盛衰は天運のように巡ります。文明で柔順、上下が信を通じ、邪を去り賢を任ずるなら、風雨や晦冥も日を傷つけません。反対に、上下が互いに蔽い、近習が権を弄べば、動けば動くほど困り、豊は不豊に変わります。
実際の読み方
豊を読む時の核心は「明はどこにあるか」です。誰が本当の情報を持っているか。誰が公開して判断できるか。誰が光を遮っているか。何が人に疑いと恐れを生んでいるか。
明がある限り、動きは豊を成します。明が遮られれば、賑わいが大きいほど危険も大きくなります。
象伝
一言で読む
事実を明るく照らし、決断する威も備える時は、裁きを遅らせず責任を定めます。
現代語訳
雷と電がみな至るのが豊です。君子はこれを見て獄を折り、刑を致します。つまり、明らかに調べ、威をもって裁きを実行する、という字面です。
雷は威を主り、電は明を主ります。明だけで威がなければ、問題を見ても処理できません。威だけで明がなければ、冤罪や乱断が起こります。豊の象は、明と威が同時に備わることです。
折獄とは案件を審らかに断つことです。離の明によって情実を見ます。致刑とは刑罰を施すことです。震の威によって罪と罰を相当させます。高島は、明は奸偽を洞察し、威は決断を推進すると説きます。明をもって威を運ぶので、察することも決することもできる。威によって明を助けるので、私せず枉げません。
豊の時は、事が多く、利が大きく、人が雑多になります。分別と裁断が遅れれば、盛局は乱れます。表面が豊かなほど、規則と賞罰を明らかにしなければなりません。草木が密に覆い、白昼に星が見えるような象は、明が遮られている印です。
実際の読み方
管理、組織、家族の大きな事を問うなら、豊は賑わう時ほど監査、事実確認、責任確定、裁断が必要だと言います。
人を恐れて判じないのも、勢いだけで乱断するのもよくありません。先に事実を照らし、それから責任を落とします。そうして初めて豊は腐りません。
占断
一言で読む
盛運は成りやすいが、財・権・名の豊かさほど透明性と裁断で腐敗を防ぎます。
現代語訳
高島の総占では、時運を問えば気運は旺盛です。しかし豊に当たって欠けを忘れなければ、長く保てます。経営では財利が豊かですが、公平を守らなければ訴訟に巻き込まれる恐れがあります。功名では、雷電に威名発達の象があり、明断と威を要する職に向きます。戦いでは雷電が皆至るので、兵威は顕著で、攻戦に勝ちやすい。
婚姻は雷電が天合の象を持ちます。家宅は東南向きで財気が豊かと見ます。病は古占では肝火上昇などを取り、清泄と静養を言いますが、現実には医療機関を受診します。失せ物は速やかに追究すれば得られます。行人は訴訟などの巻き込みを防ぎます。
豊は大きいことを恐れません。大きいのに明がないことを恐れます。旺いことを恐れません。旺いのに主がないことを恐れます。金が多いことを恐れません。金が多く不公であることを恐れます。名が盛んなことを恐れません。名が盛んで驕ることを恐れます。
実際の読み方
上昇期にいるなら、透明な帳目、明確な分担、適時の裁断を整えます。遅らせてはいけない決定があります。
熱度は高いのに情報が曖昧で、人が雑多で、内実が空なら、豊の後半に出る蔀、沛、豊屋無人の象を警戒します。
初爻
一言で読む
相応しい協力者に会ったら短期で礼を守って動き、時限を過ぎないほど評価されます。
現代語訳
その配主に遇います。十日であっても咎はありません。往けば尊ばれることがあります。つまり、相応しい相手に会い、ほどよい期間で進めば咎なく評価される、という字面です。
配主とは、勢いが相当し、配することのできる主人です。初と四は応じるので、客が厚く礼遇してくれる主人に遇うような形です。旬は十日であり、また均等の意味もあります。その期限の中で往来し相処すれば、大きな咎はなく、往くことに称すべきものがあります。
ただし象伝は「旬しと雖も咎なしとは、旬を過ぐれば災あるなり」と戒めます。豊は過盛と過久を恐れます。出会いはよいことです。礼遇もよいことです。しかし止まることが長すぎ、親しみ過ぎ、時限を逃せば、かえって災いになります。初爻は盛局の開き始めで、出会いがちょうどよいので、時にかなうことが大切です。
占例では、明治三十一年に英仏両国の交際を占って、豊が小過に変じる初九を得ました。高島は、豊は雷電が相遇う卦で、二つの雄が並び立つ象だと読みました。初爻は英、四爻は仏で、両国は敵しつつも相配し、表面は和しながら内には猜疑と侵奪があります。英が謀を恃まず、仏が勇を恃まず、それぞれ徳と勇義を明らかにできれば、往有尚で豊を保てると断じました。
実際の読み方
時運は人の助けを得て、短期に良い運があります。経営では十日ほど、または短期内に貨物が売れ、期限を過ぎると不利です。功名は即日によい知らせがあることもあります。
戦いでは敵我が相遇うので速進がよく、長引けば敗象です。婚姻は縁分が相当し、時を逃さず成すのがよい。病は良医に遇い、旬日で癒えることがありますが、長く引くと不利です。
二爻
一言で読む
明るいはずの場が疑いに覆われたら、力押しせず誠で疑いをほどくと吉に戻ります。
現代語訳
その蔀を大きくします。日中に北斗を見ます。往けば疑いの病を得ます。誠があって発き開けば吉です。つまり、光が遮られ疑われるが、真実が通れば吉、という字面です。
蔀は光を遮るものです。雲、草、覆いなどとして読めます。六二は本来、離明の中にいて日中のような所です。しかし草木が密に茂り、邪なものが上を覆うため、昼が夜のようになり、斗星まで見えます。
高島はこれを殷の紂王の昏乱、奸臣の弄権にたとえます。白昼が隠れ、北斗がかえって現れる。周の文王ほどの聖人でも、羑里に囚われることを免れませんでした。だから「往きて疑疾を得」です。疑疾とは普通の病ではなく、猜疑、忌憚、讒言に遮られて生じる病です。
転機は「孚有りて発若」です。孚は真実、誠です。忠であっても讒を受ける人は、力づくで疑いを壊すことはできません。誠を積み、主を感ぜしめ、遮りがだんだん開くのを待つ必要があります。疑いが開けば、明は戻り、凶は吉に転じます。
占例では、明治三十一年に自由党の気運を占い、豊が大壮に変じる六二を得ました。高島は、白昼に斗を見るのは臣が君を蔽い、陰が陽を蔽う象であるとし、自由党が庶民の私議をもって政府に上干し、言論が狂妄で疑疾を招くと断じました。後に悔い悟り、勢力で相凌がず、貞誠で相感ずれば吉へ転じると読み、後に自由党は政府案に順って大過を免れました。
実際の読み方
時運は蒙難しても正を守れば、凶を吉に変えられます。経営は見識が明らかでなく、疑いが重いので、誠信によって人の助けを得ます。功名は先凶後吉です。
戦いでは伏して発せず、内応を待ちます。婚姻は初め疑い、終わりに和します。家宅は花木が茂りすぎて光を遮るので、開けるのがよい。病は疑鬱から来るものとして、心を開くことも必要です。失せ物は塵草を払えば得ることがあります。
三爻
一言で読む
遮りが深まり右腕を失うほどの損傷が出ても、現実を認めれば大きな咎を避けられます。
現代語訳
その沛を大きくします。日中に沫を見ます。その右肱を折ります。咎はありません。つまり、さらに暗くなり大事な腕を失うが、咎には至らない、という字面です。
沛は水草が多く茂ること、沫は昧とも通じ、暗さや星象を含みます。二爻では蔀が日を遮りました。三爻では水草がさらに密で、光明がより深く遮られます。
「右肱を折る」は重い言葉です。君にとって臣は股肱であり、右肱は最も力のある腕です。高島は、文王が紂王に羑里で囚われたことをもって説明します。紂は讒言を聞き、自分の右腕を折りました。右腕は折れても、文王は終身紂に仕えたので、文王の側には大きな咎がありません。しかし紂の側から見れば、天下の大事を成す腕を失っています。
この爻は普通の小損ではありません。重要な実行力、核心の補佐、右腕となる人物が折られる象です。それでもなお豊盛を装えば、事はさらに悪くなります。損傷を認め、権を弄んで光を遮る者を退けるなら、残った局面を保てます。
占例では、友人がある会社に入るべきかを問うて、豊が震に変じる九三を得ました。高島は、会社の中には小人が多く、君子に権がなく、白昼が昏黒となっていると読みました。「右肱を折る」は、社中で最も権を弄ぶ者を去らせることによって大過を免れる意味です。友人には入らないよう勧め、後にその会社は閉鎖されました。
実際の読み方
時運は、白昼なのに夜のように見える時で、災いを防ぎます。ただし一時、身命は保てることがあります。戦いでは旗が進む時、風雲の急変と右軍の損失を防ぎます。
経営では価格の大きな上下で損耗しやすい。功名はついに用いられにくい。病は右腕、右側、または重要機能の損傷に注意します。家宅は田園が荒れ、水草が茂り、長居には向きません。
四爻
一言で読む
暗い局面でも信頼できる相手に出会えれば、停滞は動き出します。
現代語訳
その蔀を大きくします。日中に北斗を見ます。その夷主に遇います。吉です。つまり、暗く遮られた中でも、平らかな主に出会えば吉、という字面です。
九四は六二と同じく、蔀があり斗が見えます。つまり同じように光明が遮られた局面です。しかし六二は陰が陰位に居り、明が覆われて疑いを生じます。九四は陽剛で動く力があり、遮りを払いに動けます。
「夷主」は卑しい主人というより、平らかで平易、互いに遇える主人です。高島はこれを「王假」とつなげます。信じられ、感通できる主人に遇えば、前の疑疾は解け、遮蔽は開き、動いて吉になります。
象伝は「位不当なり」「幽にして明ならざるなり」と言います。九四はなお最も正しい位置ではなく、環境も暗い。しかし「吉行」とあるように、その吉は動いて人に遇うところにあります。二爻が疑いの中に閉じ込められるのに対し、四爻は外へ出て、相手に遇える爻です。
占例では、豪家の支配人が気運を問うて、豊が明夷に変じる九四を得ました。高島は、この人は以前必ず抑えられて、自分を明らかにできなかったが、今は幸いに主に遇い、事を謀ることができると読みました。ただしその主はもともと昏庸な性質があるので夷主と言う。本人が誠実で信頼に足るなら、信用を得て吉行できると断じました。
実際の読み方
時運は、以前は蔽われていましたが、今は改めて動く好機があります。戦いでは兵が幽谷に入って道を見失うが、幸いに案内者に遇います。経営では貨物の真偽が混じりますが、買い手に遇えば利を得ます。
功名は機会に遇って名を立てます。婚姻は良縁に偶然遇う象です。家宅は位置が暗くても、人に遇い、改作すれば吉です。病は目に翳が生じる象で、良医を得れば治せます。
五爻
一言で読む
盛大さを本物にするには、文徳ある人を招き、慶びと名誉を皆に届かせます。
現代語訳
章を来します。慶びと誉れがあります。吉です。つまり、文徳あるものが来て、喜びと名誉が生じ吉になる、という字面です。
章は文采、美しい徳です。慶は賞賜、誉は名誉です。二爻では往くと言い、五爻では来ると言います。五は尊位にいて二と応じ、明徳の才を招くことができるので、慶びと誉れがあります。
高島はこれを文王の事につなげます。二爻が誠信をもって往き、五爻はその到来によって慶を得ます。慶は上から出て、誉は賢に帰ります。一人に慶があれば、兆民がその恵みに頼る。豊卦の本当の吉は、財や勢が多いだけではありません。君主、家主、責任者が賢才を見分け、忠言を納れ、賞罰を正しくするところにあります。
占例一では、ある富翁が気運を問うて、豊が革に変じる六五を得ました。高島は、この家は富盛で、五は家主だから本来は極めて吉である。しかし全卦には明が遮られる象があり、必ず家臣が権を弄び、善悪が転倒しているだろうと読みました。家主が正直で信頼できる人の言を聞き、邪を去り賢を任ずれば、吉不吉はここで転じると説きました。占例二では、岩手田老村の海嘯後、旧友落合氏について占い、同爻を得ました。高島はその家に必ず生き残った者がいると断じ、後に次男、四男が先に隣村へ行っていたため助かったことが分かりました。
実際の読み方
時運は盛運が大きく来て、実が至り名が帰します。経営は貨物の往来に利があり、名声も得ます。功名は恩賞と名利を兼ねます。
婚姻は門第が明らかで資財も豊か、天合の良縁です。戦いは戦わずして成功し、凱旋して賞を受けることがあります。家宅は表彰される名門。病は名医が来て癒えることがあります。失せ物は探さずとも戻ることがあります。秋収は大豊です。
上爻
一言で読む
大きさだけを誇って中身と担い手を失えば、盛運は一気に空洞化します。
現代語訳
その屋を大きくし、その家を覆います。その戸をのぞくと、しんとして人がいません。三年会えません。凶です。つまり、外は大きくても内が空で、人に会えないほど閉ざされる、という字面です。
屋を豊いにするとは、自ら高く大きくすることです。家を蔀うとは、自らの家を覆って光を入れないことです。外は大きいのに中は空で、戸の内をのぞけば、しんとして人がいません。
高島は、上六は重陰で卦の極にあり、動きが極まって疲れとなり、明が極まって暗となり、豊が極まって衰えに至ると説きます。盛りの極では宗社が傾き、宮室は空になります。紂王が瑶台璇室に深く隠れ、自ら楽しみ自ら蔽い、祭祀に務めず、ついに宗廟に三年人を見ないような象です。豊屋はよい屋ではなく、自分を蔽う屋です。
この爻は豊卦の終局の警告です。財産は大きいが経営する人がいない。組織は大きいが本当の責任者がいない。名声は盛んだが内実に人がいない。制度は華やかだが実質がない。豊盛が建物、看板、見せ場だけになると、「闃其無人」へ至ります。
占例では、明治十五年、高島が横浜洋銀取引所で西村ら三人に会い、大蔵省の増税が重く、軽減願いが許されるかを問われました。豊が離に変じる上六を得ました。高島は、取引所は表面では一日の出納が数十万金で、まさに豊屋である。しかし内実には不足があり、減税の議にも本当に担える人がいない恐れがある。三年たっても許可は得にくいと断じました。翌日、その店は果たして停業しました。
実際の読み方
時運は、屋があって人がない大凶の象です。戦いでは営塁が空虚で、敗亡を招きます。経営は貨物だけが空しく残り、管理する人がいません。功名は身を保てず、名も得にくい。
婚姻は不利です。家宅は田園が富んでいても破落し、人煙が少ない。病は古占では命限の重さを見ますが、現実には速やかに医療機関を受診します。行人は帰り集まる期が定まりません。
雷火豊:読みの覚え
雷火豊は、盛大で満ちている卦です。光と勢いがある時ほど、陰りの前に公正な処理をしておきます。
正午の光で決める
豊では、盛りを恐れず用いますが、正午の光が長く続かないことも知ります。透明性と裁断がなければ、豊かさはすぐ空洞化します。
明るいうちに決めるべきことを決めます。大きさだけを誇るより、中身、担い手、陰りへの備えを見る卦です。
立てておきたい問い
- 今の豊かさは、何を明るみに出すために使えますか。 - 盛りの後に来る陰りへの備えはありますか。 - 大きさだけを誇り、中身や担い手を失っていませんか。
盛りのうちに処理する
繁忙期、好決算、名声、権限が集まる時は、明るいうちに決めるべきことを決めます。疑いが出たら力押しせず、誠でほどくことが吉です。
あわせて読む
火天大有は大きく持つ卦で、雷火豊は盛りが極まる卦です。水火既済と読むと、満ちた後の保守が見えてきます。
本卦の問い
今の豊かさは、何を明るみに出すために使えますか。
隠れていた問題、未処理の責任、配分の不公平を明るみに出せます。豊かさは、見えるうちに整えるために使います。
盛りの後に来る陰りへの備えはありますか。
繁忙期、好決算、名声、権限はいつか落ち着きます。後任、休息、財務、判断の透明性を早めに用意します。
大きさだけを誇り、中身や担い手を失っていませんか。
規模が大きくても、担い手が疲れ、内容が薄くなれば豊は空洞化します。人数や数字の奥にある実質を見ます。
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