高島易断

山天大畜|意味・卦辞爻辞解説

山天大畜䷙:一言で読む 山天大畜は、強い力を殺す卦ではありません。剛健な力をいったん止め、養い、鍛え、時が熟してから大きく用いる卦です。 現代語訳 大畜は上が艮山、下が乾天です。乾は剛健で、動き、前へ進もうとします。艮は山で、止まり、収め、重く落ち着きます。天は本来、休まず運行しますが、この卦では大きな天の力が山の中に収められているようです。だから大畜と言います。畜には、躁進を止めること、徳を蓄えること、才力を養うことの三つがあります。

導入

一言で読む

山天大畜は、強い力を殺す卦ではありません。剛健な力をいったん止め、養い、鍛え、時が熟してから大きく用いる卦です。

現代語訳

大畜は上が艮山、下が乾天です。乾は剛健で、動き、前へ進もうとします。艮は山で、止まり、収め、重く落ち着きます。天は本来、休まず運行しますが、この卦では大きな天の力が山の中に収められているようです。だから大畜と言います。畜には、躁進を止めること、徳を蓄えること、才力を養うことの三つがあります。

高島は大畜を小畜と明確に分けます。小畜は一陰が三陽を畜えるので、力はまだ弱く、小さく引き留めるだけです。大畜は艮山が上にあり、厚く実で、乾天の強い動力を本当に畜えられます。雑卦伝の「大畜は時なり」は、この卦の中心です。力が使えないのではありません。時が来るまでは乱用してはいけないのです。

無妄の後に大畜が来ることも深い意味があります。無妄は、動きが真実で正しいことを求めます。しかし健やかに動けても、止まることを知らなければ災いになります。大畜は、健やかでありながら止まれることを教えます。才能、資本、名望、気力は、制御、訓練、蓄積を経て初めて大任に耐えます。

実際の読み方

大畜を得たら、すぐ「突進してよいか」と問うより先に、力が本当に蓄えられているかを問います。能力、資源、制度、人材、信用、体力は足りているか。訓練は済んでいるか。資本は厚いか。時機は来ているか。

止まるべき時に止まり、養うべき時に養い、待つべき時に待つ。それができる人だけが、後に大きく進めます。大畜のよさは、今の強がりではなく、蓄え切って将来大事を担えることです。

卦辞

一言で読む

大きな力は、正しく蓄えて家にしまい込まず、公に用いる時、大難も渡れます。

現代語訳

大畜は、正しく守ることが利です。家で食べているだけでなく、外で用いられれば吉です。大きな川を渡るのに利があります。つまり、大きく蓄えた力は正しく保ち、私蔵せず、時が来れば大事に用いる、という字面です。大きく蓄えるには、正を守ることが必要です。自家の飯を食べて自分だけ安らぐのではなく、養った徳才を外へ出して用いられるなら吉です。蓄えが十分になれば、大きな川、大きな難事も渡れます。

利貞は空言ではありません。大畜は艮で乾を止めます。止め方が正しくなければ、人材を圧するだけになります。進み方が正しくなければ、躁進して禍を招きます。正道で養い、正道で待ち、正道で発用する時、初めて大畜です。

家食せずは重要です。高島は、蓄えた徳を朝廷に用い、賢を養い、自分の家だけで食べないことと読みます。現代的には、能力が自分の安定のためだけなら小用です。修養、技術、資源、信用が、公共の責任、組織の責任、専門的な責任を担えるところまで育てば、家食せずの吉です。

大川を渉るに利がありますとは、大畜が永遠に止まる卦ではないことを示します。蓄えるのは用いるためで、止まるのは通るためです。徳才、資本、制度、船、楫、人、糧が備わって初めて川を渡れます。備えずに渡れば冒険です。備えたのに渡らなければ、所蓄を無駄にします。

実際の読み方

仕事では、今の飯碗を守る段階か、より大きな職責を担える段階かを見ます。投資では、資本とリスク管理が厚いかを見ます。関係では、信頼が難関を共に越えられるほど養われたかを見ます。大きな事業では、先に蓄え、先に正し、先に人を養います。

大畜は、準備なしの冒険を認めません。しかし準備が満ちた後の大用を恐れる卦でもありません。

彖伝

一言で読む

剛健な力を厚く止めて養えるから、才能は日々磨かれ、時が来れば大事に用いられます。

現代語訳

剛健で篤実なので、光が輝き、その徳は日ごとに新しくなります。剛が上にのぼって賢者を尊び、健やかな力を止められるのは大きく正しいことです。家で食べないのは賢者を養うからで、大川を渡るのに利があるのは天に応じるからです。つまり、大畜は強い力を正しく止め、賢を養い、天の時に応じて大事へ向かう、という字面です。内に乾があるので剛健です。外に艮があるので篤実です。剛健だけなら急ぎ、外へ走りすぎます。篤実だけなら停滞します。大畜ではこの二つが合うため、内に力があり、外に落ち着きがあり、徳業の光が日に新しくなります。

剛上りて賢を尚ぶとは、上九の剛が高い所に居り、賢を尊ぶことを言います。能く健を止む、大正なりとは、艮が乾を止め、しかも正しく止めることです。高島は、大畜は下の進取心をただ押さえつける卦ではないと繰り返します。政府、上位者、父母、指導者が、下の人の出頭を恐れて抑え込むなら、それは大畜ではありません。人材を見つけ、養い、成熟を待って用いるのが大畜です。

家食せず、吉は、彖伝では養賢と説明されます。大川を渉るに利がありますは、天に応ずることです。賢を養うのは私蔵ではなく、天時に応じて世務を成し遂げるためです。本当に大川を渡る人は、平素すでに徳、才、器具、組織を備えています。

六爻を一つの道として見ると、初九は危険を知って自ら止まり、九二は車の輹が外れたように時勢上進めないことを知ります。九三は良馬となりますが、なお日々車馬と護衛を訓練します。六四は童牛の角が伸びる前に牿を加え、早く衝突を防ぎます。六五は豕の牙を根本から制し、鋭さと躁りを化します。上九では天の衢が開き、蓄えの極みがついに大通となります。

実際の読み方

大畜を読む時は、単純に「止まる」か「進む」かだけを見ません。力が使えるところまで訓練されているか。人材が任せられるほど養われているか。制度が大難を越えられるほどできているかを見ます。

まだなら止めます。蓄えが満ちたなら、家に私蔵せず、用いるべき所へ出します。大畜の止は、未来の大行のための止です。

象伝

一言で読む

知識や経験をただ集めるのでなく、前人の言行を自分の徳として蓄えるのが大畜です。

現代語訳

天が山の中にあるのが大畜です。君子はこれを見て、昔の言葉と昔の行いを多く知り、それによって自分の徳を蓄えます。つまり、大きな力を内に収めるように、前人の知恵と実例を自分の徳へ蓄える、という字面です。天ほど大きいものが山の中に収められている。これが大畜の象です。天の広大さが失われたのではなく、いったん収められ、沈み、蓄えられているのです。

前言とは、古人が残した訓戒、言葉、道理です。往行とは、古人が行った事業、功績、失敗、成敗の実例です。君子はこれを多く知ります。しかし博識を誇るためではありません。前人の言行を自分の身に照らし、事に遇う時の判断、節度、責任へ変えるためです。

高島のこの読みは、現代にもそのまま通じます。歴史を読む、古典を読む、事例を検討する、失敗例を省みる、前人の成功と破綻を研究する。これらはみな前言往行を多く識ることです。真の大畜は、資料の量ではなく、それが人の判断力、節度、徳性になっているかです。

実際の読み方

学習では、新奇な知識だけを追わず、自分の判断へ変えます。管理では、前例を見て、一時の血気で決めません。創業では、前人がどこで勝ち、どこで敗れたかを見ます。修身では、見識を広げ、落とし所を実にします。

大畜は、知識を蓄えるだけでなく、知識を徳へ蓄える卦です。読んだことが節度に変わり、見たことが責任に変わって初めて、徳が畜えられます。

占断

一言で読む

先に守って蓄え、後に通じて用いる時です。今は躁進せず、蓄えが満ちれば大成します。

現代語訳

高島の総占では、戦いは精を養い鋭を蓄え、時を待って動くのがよく、動けば大勝しやすい。時運は、今は志が高くてもまだ動けず、運が来て福が至るのを待ちます。駿馬が空へ駆けるような時が来れば、往くに不利はありません。商いでは、しばらく守るのがよく、近ければ三か月、遠ければ三年、日々積み重ねた後に広がり、利源が絶えません。

家宅は山に近い所、嶺上、谷中によく、素封の家、家業が日々隆盛する象があります。功名は、少年時に才気があっても妨げを受けやすく、三十以後に一挙に名を成し、国や家のために事を担う大材となることがあります。妊産は男で貴い象。訴訟は初め屈しても後に理を伸ばせます。病は初爻から五爻までは多く保てますが、上爻では寿源の妨げに注意します。婚姻はおおむね吉です。

これらの占断の共通点は、すぐ咲くのではなく、先に根を厚くすることです。戦いは鋭を蓄え、商いは貨と信を蓄え、功名は学と徳を蓄え、家宅は家業を蓄え、関係は信頼を蓄えます。急いで証明したい、急いで外へ出たい、急いで蓄えを現金化したいという心は、卦意に反します。

実際の読み方

目の前の行動では、先に守り、先に練り、先に備えます。長期発展では、大畜はむしろよい卦です。あなたに蓄えるべき材があることを示すからです。

突破の時機は、家食の段階を越えて、大きな責任を担えるかで見ます。大川を渡るための船、人、糧、道がそろっているなら、止から通へ移ります。

初爻

一言で読む

勢いがあっても危険が見える初めは、止まれることがいちばんの利です。

現代語訳

危ういことがあります。止めるのが利です。つまり、前へ進む力はあっても、危険が見える今は止まる方がよい、という字面です。初九は乾体の最下にあり、陽気が起こったばかりで、性質は剛健、前へ行きたがります。しかし応じる六四は艮に属し、艮は止です。初九が動こうとすれば、すぐ外の制限に当たります。能力がないのではありません。能力は始まったばかりで、時位がまだ足りないのです。

有厲は危険があること、利已は止まるのがよいことです。高島は、初九は危険を知って止まるので災いを犯さないと読みます。創業、求名、出兵、訴訟、遠出の初めに、一股の勢いだけで進むと大きな形勢に押さえられます。先に止まれる人が、未来を残します。

高島がある県の士族の気運を占って大畜初九を得た例があります。その人は才力が強いが一時には成りにくく、躁って貴顕に取り入ろうとすれば禍があると断じました。本人は聞かず、権貴に干謁し、さらに書記官の戒めにも従わず、三日以内に警視庁に拘留されました。後に悔悟し、この爻に感服しました。初九は、才がないから止まるのではなく、才があっても止まれなければ災いになると教えます。

実際の読み方

戦いでは守るのがよく、攻めてはいけません。援助が得られてから進みます。商業では資本がまだ浅いので、慎重に守り、後に助けがあって利を得ます。功名では才学が高くても早く外へ出しすぎず、大器晩成がよい。婚姻では夫が妻に制される象があり、順えば災いなし。出行はしばらく止まって時を待ちます。病は大碍なく保てます。

二爻

一言で読む

客観的に進めない時は、車を止めて時を待つ判断が身を守ります。

現代語訳

車の輹が外れます。つまり、車軸を留めるものが外れて、車が今は進めない、という字面です。輿は車、輹は車軸を結び留める部材です。車から輹が外れれば、車は進めません。九二は剛健で中を得ており、本来は才力があります。しかし正応の六五は大畜の主位にあり、畜止の力が強い。九二は勢いに逆らえないことを知り、躁らず止まります。

初九は前に危険があるので自ら止まります。九二は車の進行機構そのものが外れ、客観的に進めません。ここで無理に引けば、車を壊します。高島は、九二は中を得ているため過失がないとします。時勢が許さない時に車を停めるのは、敗北ではなく明知です。

高島はある県人の気運を占い、政府は人才を不要としているのではなく、浮ついて性急に進む人を嫌っているのだと読みました。権貴の周りを走り回り、互いに標榜する人は、かえって当道に軽んじられます。九二のように退蔵して時を待つ方が便宜を得ます。また明治三十年の国家財政を占い、乾を金、艮を藏蓄とし、貨幣が政府の軍費や準備に畜えられて商工へ流通せず、百業の進展が阻まれると読み、後に財政と工商の困難がその通り現れました。

実際の読み方

戦いでは鋭進すれば敗れるので、退くことで進みます。売買では、貨物は早めに売り、大利はなくても損を少なくします。家宅は旧家が破れても、守れば復興できます。功名は時を待ち、一時を争いません。婚姻は二五相応なので貴い縁の象があります。病は腹疾が多く、一時に癒えにくいが大害は少ない。訴訟は初め敗れて後に和します。

三爻

一言で読む

走れる力が整った時ほど、毎日訓練し防備を固めてから進みます。

現代語訳

良馬が追い進みます。艱難を知って正しく守るのが利です。日々、車と護衛を訓練します。往くところがあるのに利があります。つまり、進める力が出てきても、備えと訓練を怠らなければ進んでよい、という字面です。乾は馬です。九三は乾体の上にあり、才徳がすでに成って、良馬が走れるような状態です。逐は追い、並び進むことです。ここでは、永遠に畜えられるだけでなく、前へ行く条件が整い始めています。

しかし爻辞はすぐ、艱貞と日閑輿衛を言います。閑は訓練です。輿は車、衛は護衛と防備です。良馬がいても、車を扱う技術、護衛、防備を毎日練らなければなりません。高島は、善く騎る者がかえって馬から落ち、善く泳ぐ者がかえって溺れることを戒めます。得意で進める時ほど、恐れて備えます。

高島が友人の馬購入を占って九三を得た時、馬は確かに健やかで速く走るが、御しにくく、訓練と防備が必要だと読みました。話が終わらないうちに馬が引かれて来ました。友人が試乗しようとすると、岸辺につないだ船の大きな音に驚いて、馬は後退して溝へ落ちました。友人は購入をやめました。また別の士族の気運占では、その人に任用すべき才があり、艱難の任に耐え、守衛の職に就くと読み、後に警部となりました。

実際の読み方

事業では、時機は近く、進めますが、制度、リスク管理、人員を走りながら訓練します。戦いでは馬到成功の象がありますが、臨事に恐れることが必要です。商いでは、売り手と買い手が同心し、行動が速く、険に遭っても越えられます。功名は青雲の道を得ます。家宅は勤倹で起こり、日に進んでも安きに危うきを忘れません。婚姻は男女の志が合い大吉。病は慎んで養えばよいです。

四爻

一言で読む

荒い力が小さいうちに規矩を置けば、強く罰せずに大吉へ向かいます。

現代語訳

小牛に牿を付けます。大いに吉です。つまり、力がまだ幼く荒れ切らないうちに制すれば大吉、という字面です。童牛は小牛です。牿は牛馬を制する横木や囲いです。牛がまだ成長して衝突の性を強くする前に、あらかじめ制します。最も力が少なく、最も吉です。高島は、天下の事は未然を防ぐのは容易だが、すでに成ったものを制するのは難しいと言います。奸邪、衝突、躁暴が形になる前に化すれば、上は厳刑を用いず、下も傷つきません。

六四は艮の始まりで、初九を畜止する位置です。初九の陽剛はまだ幼く、童牛のようです。六四は柔で位を得ており、始まりの所でこれを制できます。これは事後の罰ではなく、早期教育、早期の風土作り、早期のリスク管理です。子ども、チーム、事業、国家、どれも小さなうちの境界は保護になります。

高島が攝綿土の販売を占って六四を得た例があります。攝綿土は石灰や粘土などから作り、長く置くと石のように固まる品でした。高島は大畜の象から、今年は急いで売らず、牿をかけるように倉に蓄え、後に価格と用途が通じた時に売るべきだと読み、後にその通りになりました。また韓国とロシアの交際を占い、韓国を内卦乾の進もうとする力、ロシアを外卦艮の押さえる力と見ました。ロシアが大国の威力で韓国を制するのは童牛に牿を加えるようなもので、韓国が早く策を立てなければ、西伯利亜鉄道完成後は保全が難しいと読みました。

実際の読み方

教育や管理では、問題が小さいうちに規則を置きます。商業では、新しい貨物や時節の貨物は先に蓄え、価格を待ちます。功名では、少年の才器は将来用いられますが、まず規範を受けます。家宅では新宅の前や道路に阻みがあっても後に通じます。病では幼子の災いに注意します。訴訟は拘束を受ける象がありますが、後には解けます。婚嫁は少年の婚が吉です。

五爻

一言で読む

鋭い牙を折るより、根本の荒さを養い変える方が本当の制御です。

現代語訳

勢いを制された猪の牙です。吉です。つまり、突進する荒さを根本から制すれば吉、という字面です。豮豕は小猪、また処置された猪です。高島は牙の字を細かく考え、ここでは牙そのものだけでなく、互に通じ、遮る木、隔て、突進を止める意味もあると見ます。要点は、牙が長じてから力ずくで折ることではありません。根本から暴れ突く性を制し、暴衝できないようにすることです。

六五は尊位にあり、下の九二と応じます。九二は乾陽の才ですが、まだ若く、稚く、任せれば躁進して衝突する恐れがあります。六五はこれを畜止し、同時に禄を与えて養い、潜修させて器にします。だから吉であり、慶があります。よい指導者は人才を殺しません。食べるもの、規矩、訓練、待つ場を与えて、鋭さを器量へ変えます。

高島は明治二年の時勢を占って六五を得ました。友人は、箱館平定後に各藩士族が政府へ集まり、争権や乱が起こらないかと問いました。高島は、下乾を各藩士族、上艮を政府と見て、政府はその躁進を止め、しかも禄を与えて養い、英才を隠居潜修させ、大器へ養成すると読みました。後にその通りとなり、友人はたびたびこの占に感服しました。

実際の読み方

戦いでは、敵軍が野猪のように突進することを防ぎ、険湿の地にあらかじめ禁制を設け、謀ってから動きます。商業では、初めての貿易のように資本がまだ小さく、約束や制限を受ける方がかえって吉です。互市通商の象もあります。功名では、少年が名を求めて躁りやすいので、まず自分で止まることを知ります。家宅は前に二つの水が交わる象で多く吉。病は木旺水虧に属し、節制して調えます。婚姻は木水相生で、制伏もあり大吉。妊産は女を主に見ます。

上爻

一言で読む

蓄えが満ち切った時、止められていた力は大きな道へ出て通じます。

現代語訳

なんと天の大通りであることか。通ります。つまり、蓄えが極まって天の大路が開き、大きく通る、という字面です。ここでの何は、荷う、天の助けを受ける意味にも読めます。衢は四方へ通じる大路です。天の衢とは、広く開けて妨げのない道です。大畜が上九に至ると、もうさらに押さえ込む段階ではありません。畜えが極まり、通じる時です。

高島は、艮の畜は永久に行かせないことではなく、才を養成して後に大行させることだと言います。四は初を畜え、五は二を畜え、上は三を畜えます。上九に至ると、九三の良馬はすでに訓練を終え、車馬と護衛も備わり、道が開いて通行無碍となります。象伝は、道が大いに行われると言います。

戦いでは、旌旗が道に満ち、一戦して成功する象があります。経営では、前の苦しい貿易が、畜えの極みに至って大きな利を得ます。功名は青雲の道を得ます。家宅は大道のそば、また天祐を得る象があります。婚姻は天作の合です。妊産は男を主に見ます。

高島は明治十四年の国会開設請願について、賁から大畜へ変じる象で政治時勢を推し、明治二十年が大畜上爻に当たると見ました。過去に剛健に事を行った者たちは艱難を経て時勢を知り、もはや畜止される必要はなく、道は豁然と開く。特に鉄道建築が盛んになると読みました。後に明治二十年には全国の人心が鉄道へ向かい、株式が流行し、建設が盛んになりました。まさに天衢の象です。

実際の読み方

上九を得たら、自分が本当に蓄え切ったかを見ます。訓練も制度も経験もないのに気分だけで進むなら、それは天衢ではありません。長く積み、制約を受け、艱難を知り、備えが整っているなら、ここで大いに行けます。

大畜はここで、止から通へ移ります。長い待機は、道を閉ざすためではなく、大道を開くためでした。

山天大畜:読みの覚え

山天大畜は、大きな力をいったん止めて養う卦です。能力を押し殺すのではなく、時が来た時に公へ用いるため蓄えます。

止めることが、養うことになる

大畜では、止めることが成長の一部になります。知識、徳、資金、人材を内に蓄え、日々磨き、準備が満ちてから大きな道へ出ます。

力があるからすぐ走るのではありません。大きな力ほど、訓練と防備を済ませてから外へ用いる必要があります。

立てておきたい問い

- 今止められている力は、何を養うためのものですか。 - 蓄えを家の中だけで腐らせていませんか。 - 走る前の訓練と防備は足りていますか。

蓄積を腐らせない

資格取得、研究、資金準備、人材育成では、急な成果より蓄積を重視します。ただし蓄えは、家の中だけで眠らせるためのものではありません。時が来たら、公の道へ出します。

あわせて読む

風天小畜は小さく蓄え、小さく止める卦です。山天大畜は大きな力を蓄え、公に出す時を待ちます。

本卦の問い

今止められている力は、何を養うためのものですか。

知識、信用、資金、胆力、人材などを養っている可能性があります。止められている理由を、ただの妨害ではなく準備として見直します。

蓄えを家の中だけで腐らせていませんか。

蓄えは、やがて用いるためのものです。学びや資源を抱え込むだけなら、大畜の力は重くなります。出口も考えます。

走る前の訓練と防備は足りていますか。

大きく動く前に、弱点、手順、協力者、資金の持ちを確認します。力が大きいほど、準備不足の反動も大きくなります。