六十四卦 意味・読み方
天雷無妄|意味・卦辞爻辞解説(てんらいむぼう)
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本ページは公開資料をもとに、卦辞、彖伝、象伝、占断、爻辞、占例を現代日本語で整理したものです。
引
私意を挟まず、事実と道理のほうから動くのが無妄です。素朴でありさえすればよい、とは言いません。
卦象と卦名
無妄は上が乾天、下が震雷です。雷が天の下で動きます。震は動き、乾は天の健やかな道です。動きが天理に合い、人の私心や妄念を挟まないので、無妄と言います。ここでいう無妄は、幼稚な単純さのことでも、何もしないことでもありません。動くのなら事実と正当性と自然の道理に従いなさい、というのがこの卦の言い分です。
卦の中心的な意味
無妄を突き詰めると、残るのは「誠」の一字です。中庸の「至誠息むなし」に近い言葉と考えてよいでしょう。復の後に無妄が来るのも自然です。人が迷いから復ってくれば、そこにはもう妄がありません。復は人道における回頭であり、無妄は天道における真実です。乾は健、震は動。健やかに動き、その動きが天に合う時、それが誠であり、無妄です。
この卦を「自分には悪意がないから大丈夫」と読むと危険です。卦辞はすぐ「其れ正に匪ざれば眚あり」と戒めます。主観的に邪心がなくても、行いが正理に合わず、時と位に合わなければ、そこから過ちが生まれます。無妄かどうかは自己申告では決まりません。この行動は事実と正道に合っているか、という一点で測られます。
向いている問い
無妄を得たら、まず動機と時位を調べます。幸運への期待、投機、過剰な願望、思い込みが混じっていないか。事実を見る前に、自分の想像で結論を作っていないか。
本分が明らかで、時に合い、正しいなら、行動は力強くて構いません。けれども妄求や越権が混じれば、動くほど眚が出ます。無妄は清らかな気分の卦というより、正しい根拠から動く卦です。
卦辞
私意なく動けば道は大きく通りますが、正を外れた途端に妄となり、進むほど過ちが増えます。
原文
無妄:元亨。利貞。其匪正有眚、不利有攸往。
書き下し文
無妄は元いに亨る。貞しきに利あり。其れ正に匪ざれば眚有り、往く攸有るに利あらず。
現代語訳
無妄は、大きく通り、正しく守ることが利です。それが正でなければ過ちがあり、往くところがあっても利はありません。
卦辞の読み解き
無妄は正と一体です。少しでも正理から外れれば、妄となって過ちを生みます。無妄は乾徳を具えるので、元亨利貞と言われます。しかしこの四徳をまとめれば、結局は一つの正です。正であれば無妄、正でなければ妄です。一毫でも私意が混じれば、自然の理から外れます。
無妄とは天から受けた真実自然の理であって、そこへ人の私意を混ぜてよいものではありません。正でなければ妄となり、妄は過ちを多くします。だから眚があります。すでに無妄であることを求めるなら、妄りに往くべきではありません。ここでの「往くに利なし」は、すべての行動を止めよという意味ではありません。戒めているのは、不正な動きと、時位に合わない動きだけです。
また、無妄では「災」と「眚」を分けて読むことが大切です。災は外から来る意外の禍で、必ずしも自分の責任とは限りません。眚は自分の過度、偏り、不正から生じます。六三は無妄の災、九五は無妄の疾、上九は行って眚ありです。これらを全部「運が悪い」で片づけてはいけません。
実際の読み方
仕事では、目的、手順、時機が正しければ動けます。投機、虚名、過剰な期待で動くなら止まります。関係では誠実な言葉がよく通じますが、試す、操る、わざと揺さぶるといった振る舞いは眚を招きます。健康では、外から来た偶発か、自分の妄動で作った病かを分けます。
訴訟や競争では、堂々と正しく行えば足ります。小細工で勝とうとすれば、かえって禍を呼びます。無妄の吉は正しさから来るのであって、自分で無妄を名乗ったところでついてきません。
彖曰
無妄の力はどこから来るのか。天理が動きの主人でいるあいだだけ、その力は保たれます。
原文
無妄、剛自外来、而為主于内。動而健、剛中而応、大亨以正、天之命也。其匪正有眚、不利有攸往。無妄之往、何之矣?天命不佑、行矣哉?
書き下し文
無妄は、剛外より来りて、内に主と為る。動きて健やかに、剛中にして応ず。大いに亨りて正しきを以てするは、天の命なり。其れ正に匪ざれば眚有り、往く攸有るに利あらず。無妄の往くは、何くにか之かん。天命佑けずんば、行かんや。
現代語訳
剛が外から来て内の主となり、動いて健やかで、剛が中を得て応じます。大きく通って正しいのは天の命です。それが正でなければ過ちがあり、往くところがあっても利はありません。無妄のまま往くならどこへ行くのでしょう。天命が助けなければ、行けるでしょうか。
彖伝の読み解き
無妄とは、天理が内の主人となって動くことをいいます。正を外れれば、天も助けてはくれません。
無妄では、内卦の初九が主です。この剛爻は乾天から来たように震の動きの中へ入り、内側の主となります。下は震で動き、上は乾で健やかです。九五は剛中正で、六二と応じます。動きに力があり、しかも正しい位置に応じています。天が命じるのは誠であり、正であり、無妄そのものです。天命に合って動くなら、大いに亨り、正です。
しかし正理でなければ、自分では邪心がないつもりでも、すでに妄へ近づいています。程伝はここを細かく言います。「正に匪ず」と「不正」は少し違います。わざと悪いことをしなくても、正理に合わないことはあります。無妄卦の鋭さはここにあります。人事で言えば、無妄の誠は生まれながらの天命の性です。尭舜が中を執り、湯武が中を用い、孔子が時中を行ったのも、大亨以正です。しかし動きすぎ、健やかすぎ、剛すぎれば、力があるように見えても無妄から外れます。聖と狂の差は、このわずかな偏りにあります。
実際の読み方
無妄を読む時は、先に結果の吉凶を急ぎません。自分の一歩が天理に合うのか、自分の欲に合うだけなのかを見ます。時に順って物を養うのか、苗を引っ張って伸ばそうとしているのか。正々堂々の旗なのか、幸運狙いの術なのか。
無妄は動く卦です。ただし、動きの主人は天理でなければなりません。自分の焦りや期待を主人にした瞬間、動きは妄に変わります。
象曰
万物には各々の時があるので、無妄の政は時に応じて養い、願望で周期を早めようとはしません。
原文
天下雷行、物与無妄、先王以茂対時育万物。
書き下し文
天の下に雷行き、物与に無妄なり。先王以て茂んに時に対して万物を育う。
現代語訳
天の下に雷が行き、物はともに無妄です。先王はこれを見て、盛んに時に応じ、万物を育てました。
象伝の読み解き
万物はそれぞれ天の時と性に従って動きます。ですから人もまた、時に応じて養うのです。雷が天下に行けば、陽気が動き、虫は目覚め、草木は萌え、鳥獣もそれぞれの性に従って動きます。万物は自分の命に従って発し、乱れた妄りはありません。これが物与無妄です。
先王はこの象を取り、万物を人間の思い通りに強制せず、天時に応じて育てました。春には生じ、夏には長じ、秋には収め、冬には蔵します。教育、政治、商業、農業、制度も同じです。時に応じて養う時、物はその性を尽くします。
無妄は時を行わせて物を生じさせ、物ごとに与えられた性を全うさせます。現代なら、子どもには成長の節、組織には成熟の節、病には回復の節、市場には需給の節。人の妄動は、その自然の誠を壊します。
実際の読み方
管理では、短期の数字のために無理に押し上げません。投資では、願望で周期を曲げようとはしません。教育では、性質と時期を見て育て、強く型へ押し込みません。健康では、自然に消化し解けるものを、強い処置で乱さないこともあります。
無妄の象は、天の時に従って万物を養うところにあります。正しい養いは放任と違い、時を知ったうえでの手入れです。
占断
吉は真実と守正から、凶は幸運狙いと妄求から生まれます。外から来る災と自作の眚は分けて読みます。
総合的な占意
判断の細部が効いてくる卦です。問いの本分が明らかなら、動きは力を持って構いません。しかし幸運狙い、投機、過剰期待が混じるなら、往くのは止めます。順に受けるべき時は受け、妄を止めるべき時は止めます。無妄は「よい人には災いが来ない」とは保証しません。災と眚を分けたうえで、災の中でも正を失わずにいられるか。そこが読みどころです。
項目別の占断
- 時運と商業:今は時を得て百事によく、商いは旱後の雨のように貨物が待たれ、よく売れる時。
- 家宅と戦い:家に響きや動きがあっても大害なく、家運は旺盛。戦いは正旗正陣で行い、詐術を避けます。
- 病:胸中の積物が動いてまだ化していない象です。時に従って調えれば「薬なくして喜びあり」となることがあります。
- 行人、婚姻、妊産:行人はすでに出発し当日帰ることがあり、旧来往来ある家同士の婚姻は吉。妊産は、古い占断では男子と見ます。
- 失物と天候:失物は鼓、臼、挽き臼の周辺を探し、天候は一雨の後に晴れます。
六爻の要点
- 初九:最初の誠が雑念に汚れていなければ、正しく進んで吉。
- 六二:収穫を先取りせず、本分を尽くすことで進む利を得ます。
- 六三:自分の罪でない災いでは、事実と責任の所在を冷静に分けます。
- 九四:力があっても妄動せず、正を守って止まれば咎はありません。
- 九五:自分が招いていない病や非難にはむやみに手を打たず、中正を守って自然に解けるのを待ちます。
- 上九:時位が尽きた後まで進めば、自ら過ちを作って利を失います。
実際の読み方
仕事では、事実に従って進め、虚名や投機に頼りません。病では、薬や手術を急がず、自然に解ける病かどうかを見ます。関係では、試し行為や操作をしません。競争では、詐術で取ろうとはしません。
無妄が最も恐れるのは、「自分は無妄だ」と言いながら実は正でないことです。誠実さは自己申告では示せません。行いが正理に合っているかどうかで測られます。
初爻
最初の誠がまだ濁っていないなら、そのまま正しく進んで吉となります。
原文
初九:無妄、往吉。
書き下し文
初九、無妄なり、往けば吉なり。
現代語訳
無妄です。往けば吉です。
爻辞の読み解き
初九は内卦震の主であり、乾の剛から来た陽です。陽剛が初めて起こり、誠意はまだ散らず、雑念もまだ生じていません。性に率って動き、その動きが天に合います。象伝は、往いて志を得ると言います。誠が通じれば志も遂げられる、ということです。
初九の無妄は、最も清い動きです。計算で作ったものでも、見せ方で飾ったものでもありません。はじめから虚妄がないのです。出行、求医、移転、進軍、商いなどに、往吉の象があります。
実際の読み方
時運は今吉で、外へ出て働くのによく、閉じこもって守るには向きません。商業は行商に利があり、座して待つより動く時です。家宅は移転によく、戦いは進むによい。病は外へ出て医を求めるとよいでしょう。行人は別件で他へ往くことも吉です。妊産は男を主とし、来月産む象があります。婚姻は婿入りが吉と出ます。失物は外を探します。
高島の占例
角抵士の毛谷村六介が進歩の運を問い、初九を得たことがあります。毛谷村は土州の人で、体格が大きく、体重も非常に重い力士でした。高島は上の乾を父、大、健とし、下の震を長男、足と見て、上体は大きく健やかでも下体が弱いと言います。しかも初爻が動いて震の足を傷めるので、足疾を恐れると読みました。あわせて六二の耕さずして穫るという言葉に、農をやめる象を見ています。後に毛谷村は実際に足を折り、別の仕事へ移りました。
二爻
収穫を先取りせず今の本分を尽くす人には妄心がないので、進むところに利があります。
原文
六二:不耕獲、不菑畬、則利有攸往。
書き下し文
六二、耕さずして獲ず、菑せずして畬せず、則ち往く攸有るに利あり。
現代語訳
耕す時から収穫を先取りして望まず、開墾する時から熟田を求めないなら、往くところがあるのに利があります。
爻辞の読み解き
今すべき本分を尽くし、結果を先に欲しがらない。そこに利が生まれます。乾は郊野、震は禾稼にあたるので、ここでは農の象を取ります。耕して後に穫り、荒地を開いて後に熟すのが常理です。しかし耕す時から収穫ばかりを計算し、開墾の時から成熟ばかりを求めるなら、そこに妄心が入ります。
この爻は、耕さずに収穫できると言っているわけではありません。耕す時に妄りな収穫を求めず、開く時に妄りな熟成を求めない。それだけのことです。道を求めるのは禄のためではなく、徳を修めるのも名のためではありません。自分にある本分を尽くし、外から来る結果を先に占有しようとしない。そこが無妄です。
実際の読み方
時運は正を得て、意外の財や禄が来ることがあります。商業では、謀らずして得るような大利があります。家宅では、相続の財や代々預かる田荘のような象があります。戦いでは、勝とうとして勝つより、不勝の形から勝つことがあります。病は薬なしに喜びを得ることもあります。婚姻は婿入りを主に見ます。行人は外で利を得て、すぐには帰らないことがあります。妊産は、古い例では女子と読まれてきました。
高島の占例
占例1
明治十四年、熱海で大隈らがロシアと清国の境界争議を問うたときに得たのが、この六二でした。上乾をロシア、下震を清国と見れば、乾金は巨鐘、震木は槌のようですが、清の力は弱くロシアに抗しきれず、終わりは和議になると高島は読みました。後にその通りになります。
占例2
東京青山の富商では、本家と末家が争い、敗れた本家が末家の産業を呑み込もうとしていました。この爻に照らして、末家には理の上で不満があっても、これは無妄の災として産を譲り、別に門戸を立てるのがよいと高島は断じました。後に末家は再び盛んになりました。
三爻
自分の罪ではない災に巻き込まれる時です。誰が得て誰が疑われるかを冷静に分けます。
原文
六三:無妄之災、或係之牛、行人之得、邑人之災。
書き下し文
六三、無妄の災いあり、或いは之に牛を係ぐ、行人の得るは、邑人の災いなり。
現代語訳
無妄の災いです。ある人が牛をつなぎ、通りすがりの人がこれを得て、邑の人が災いを受けます。
爻辞の読み解き
自分が作ったわけではない出来事に巻き込まれ、近くにいる者が災いを受ける。それが無妄の災です。誰かが牛を繋いでおいたところ、通りかかった人がそれを無主の牛と思って連れて行きました。役所が追及すると、近くの邑人がかえって災いを受けます。邑人がしたことではないのに、災いだけが落ちてくる。だから無妄の災と言うのです。
六三は位が中正でなく、事が意外な形で起こりやすい爻です。天数の中には、完全には避けきれない災もあります。二から四の互卦は艮で拘束の象があり、三から五の互卦は巽で縄の象があります。六三が一たび変ずれば下体は離となり、離の卦辞に「牝牛を畜う」とあるので牛の象を取ります。乾の健行は行人にあたり、震の守る所は邑人にあたります。上が牛を得て、三が災いを受ける形です。
実際の読み方
時運は窮屈で、意外の巻き添えを防ぎます。商業では、他人が利を得て自分が財を減らすことがあります。家宅では、外部の人の侵入や占有によって累が及ぶことに注意します。戦いでは、出行して攻める側が利を得、守る側は損に注意します。病は外から伝染することがあります。行人は帰れますが、家人のほうに災いが出る場合もあります。婚嫁は遠方の人との縁がよいことがあります。失物は路人に拾われた可能性を見ます。
高島の占例
友人が商業上の約会について占い、六三を得たことがあります。その友人は、ある人と当日会う約束をしていたのに、先方が急な家事を理由に断ってきたと言います。高島は、変体の離を牝牛また中女と見、寄託、離別、妊娠の象もあるとして、その人の家には遠来の親友がいて、女性を託す件、あるいは妊娠や離別の事があり、その寄託を受けるため友人にも災いが及ぶ恐れがあると読みました。数日後、事実は占辞に合いました。六三は、自分が招いたのではない他人の事情に巻き込まれることを示します。
四爻
力があっても正を守って止まるなら、無妄の誠は保たれ、咎はありません。
原文
九四:可貞、無咎。
書き下し文
九四、貞しくすべし、咎なし。
現代語訳
正しく守るべきです。咎はありません。
爻辞の読み解き
力があっても正しい位置に止まり、正を守れば過ちはありません。九四は陽剛で乾体の中にあり、剛健で私がありません。その本質は無妄です。しかし上下の交わる所にあり、外の局面は複雑です。固守が定まらなければ、偶然に妄へ触れることもあります。
無妄の心は天心であり、生まれながら備わっているもので、外から鋳造できるものではありません。乾の健やかさで無妄の体に乗るからこそ、乾の貞でその誠を保つ必要があります。能力があるからといって、さらに進めばよいとは限りません。正道を守って局面を鎮めることが、そのまま無咎につながります。
実際の読み方
時運は平順で、分に従えば得るものがあり、妄動すれば過ちがあります。商業では旧業を堅く守れば自然に亨ります。家宅は祖先からの基なので、長く保つのがよいでしょう。戦いでは外卦の地に入っており、城池を堅く守り、妄りに進んではいけません。病は静かに養えば、来月には薬なしに癒えることもあります。行人はまだ帰らなくても、外で大過はありません。妊産については、旧来の占で男子の象と伝えられます。失物は必ずまた得られます。
高島の占例
ある貴顕の気運を占って九四を得たことがあります。四爻は尊位に近く、徳は乾剛を秉るので、この貴顕の身位によく合います。その人は徳位ともに優れ、功業もすでに著しく、自分に妄念はありません。ただ下の民に妄動や進みたがる心があるので、貴顕が堅貞をもって鎮めれば過ちはない、というのが高島の断でした。九四は、上にある者が自分の正で他人の妄を鎮める爻です。
五爻
招いていない病や謗りに薬は要りません。中正を守るうちに、時が自然に解いてくれます。
原文
九五:無妄之疾、勿薬有喜。
書き下し文
九五、無妄の疾あり、薬すること勿かれば喜び有り。
現代語訳
無妄の病です。薬を用いてはいけません。喜びがあります。
爻辞の読み解き
自分が招いていない病や非難には、むやみに手を打ちません。時を待てば、それは喜びに変わります。九五は剛中で位を得ており、無妄の至りです。ここで言う疾は災に近く、必ずしも自分で招いた病とは限りません。病には自分で作るものもあれば、天時や偶然の触発から来るものもあります。自分で招いたのでないほうが、無妄の疾です。日食、暴風、長雨、急雷のように、一時の陰陽の偏りは、時が過ぎれば自然に平らぎます。
人事では、無端の謗り、意外な巻き添え、外来の病などがこれに当たります。こちらが中正なら、急いで弁解しすぎず、手当てをこじらせず、順に守ります。薬が合わなければ、無妄の疾を本当の病にしてしまいます。だから象伝は、無妄の薬は試すべきでないと言います。
実際の読み方
時運は正に当たり、意外な事を深く気にしすぎません。商業では物価が理由なく上下しても、過ぎれば平らぐので慌てて動きません。家宅は風雪で傷む恐れがあっても大害なく、かえって喜びがあります。戦いでは軍中の疫病を防ぎ、営屯を清潔にし、薬を乱用しません。行人は途中で意外があっても帰れます。訴訟は偶然巻き込まれても、弁じすぎず時を待てば解けます。妊産は、古法に従えば男子と読みます。失物は探さずとも得ることがあります。
高島の占例
占例1
ある貴顕の気運を占って九五を得たときは、その人は徳高く望みも厚いが、道が高いためにかえって謗りを招くと高島は読み、争わず時を待てば自ずから解けるとしました。忠告は用いられず、後に紛擾が深まって、翌年には閑職に退いています。
占例2
弟の徳右衛門が大腸痞結を患ったときは、医師が手術を勧めました。九五から出た高島の断は、この病は自ら招いたものではないから、安養して自然に任せれば三週間で癒えるというものです。手術はせず、補薬だけで三週間後に癒えました。
占例3
海軍の気運を占ったときも同じ爻で、十月ごろに非常の驚異があり、人力では防ぎ難いと高島は読みました。後の扶桑艦沈没がそれにあたります。
上爻
時位の尽きたところから先へ進めば、無妄を名乗る人でも自分の手で過ちを作ります。
原文
上九:無妄、行有眚、無攸利。
書き下し文
上九、無妄なり、行けば眚有り、利する攸なし。
現代語訳
無妄です。行けば過ちがあります。利するところはありません。
爻辞の読み解き
無妄であっても、時位が尽きた後にさらに進めば、自分で過ちを作ります。上九は無妄卦の終わりで、陽が極まった位置にあります。すでに行くべき所まで行っています。そこからさらに行けば、自分では無妄のつもりでも時位に合わず、眚が生まれます。正道にもまた、止まるべき所があります。
象伝の「正でなければ過ちがある」という言葉は、主に上九を指しています。上九は六三と応じ、三が邑人、上が行人にあたります。六三の無妄の災は、上の行人が牛を連れて行くことから起こりました。六三が巻き込まれた災であるのに対し、上九は自分が行き過ぎて眚を作ります。ここが大きな違いです。
実際の読み方
時運は好運が終わり、安守すべきで、動けば終わりに凶があります。商業では、貿易で利を得た後、年末や季節の変わり目には守り、さらに進んで損耗を招かないようにします。家宅は旧宅に住めば吉で、移れば眚があります。戦いでは地歩がすでに極まり、さらに進んではいけません。病は老年の養生を重んじます。行人はその日に帰れますが、帰った後さらに出てはいけません。妊産の見立ては、古い例では男子に傾きます。失物は追い回しても得にくいでしょう。
高島の占例
静岡県知事関口隆吉の当年の気運を占って上九を得たときは、爻象が凶で、行路中に突然の禍変へ遭い身体を大きく損なう恐れがあると高島は直言しました。後に新聞で、阿部川付近の車の衝突により関口知事が重傷を負ったと報じられました。さらに警部長相原が生命を問うたときは、泰の大畜、上六の城が堀へ崩れ戻る爻を得て、命は乱れて保ち難いと断じています。後に関口氏は亡くなりました。上九の行有眚は、出行、過度の推進、止まるべき時に止まらないことへ強く応じます。
天雷無妄:読みの覚え
天雷無妄は、私意や思い込みを混ぜずに動く卦です。素朴なら何でもよいわけではなく、天理と正しさから外れないことが条件になります。
起点に妄を混ぜない
無妄では、正しい起点から自然に動いているか、期待や欲で筋を曲げていないかを見ます。善意に見えても、まだ得ていない見返りを先に握っているなら、そこはもう無妄から離れています。
災と眚を取り違えない
この卦では、外から降ってきた災と、自分の行き過ぎが招いた眚を混ぜて考えません。六三の災は他人の事情に巻き込まれたもの、上九の眚は止まるべき所で止まらなかった結果です。 前者に必要なのは冷静な事実確認で、余計な罪悪感を足すことではありません。後者に必要なのは、言い訳ではなく足を止める判断です。
事実へ戻る
契約、治療、人間関係では、余計な策を減らして事実に戻ります。結果を無理に取りに行かず、いま自分の手にある本分を尽くす時、無妄の道は開きます。
大畜・大壮と並べて読む
山天大畜とあわせると、無妄はまず動機を正し、大畜はその上で力を蓄える卦であり、心が正しくなければ蓄えた力ほど危険になると分かります。雷天大壮とあわせれば、無妄は妄動を、大壮は強さへの驕りを戒め、力は動機にも行動にも正しさが要ると見えてきます。
天雷無妄:読みの覚え札記を開く
天雷無妄は、私意や思い込みを混ぜずに動く卦です。素朴なら何でもよいわけではなく、天理と正しさから外れないことが条件になります。
起点に妄を混ぜない
無妄では、正しい起点から自然に動いているか、期待や欲で筋を曲げていないかを見ます。善意に見えても、まだ得ていない見返りを先に握っているなら、そこはもう無妄から離れています。
災と眚を取り違えない
この卦では、外から降ってきた災と、自分の行き過ぎが招いた眚を混ぜて考えません。六三の災は他人の事情に巻き込まれたもの、上九の眚は止まるべき所で止まらなかった結果です。 前者に必要なのは冷静な事実確認で、余計な罪悪感を足すことではありません。後者に必要なのは、言い訳ではなく足を止める判断です。
事実へ戻る
契約、治療、人間関係では、余計な策を減らして事実に戻ります。結果を無理に取りに行かず、いま自分の手にある本分を尽くす時、無妄の道は開きます。
大畜・大壮と並べて読む
山天大畜とあわせると、無妄はまず動機を正し、大畜はその上で力を蓄える卦であり、心が正しくなければ蓄えた力ほど危険になると分かります。雷天大壮とあわせれば、無妄は妄動を、大壮は強さへの驕りを戒め、力は動機にも行動にも正しさが要ると見えてきます。
この卦を読む前に
本卦、動爻、問いを照らす
卦は一ページだけで読み切るより、問いの置き方、動いた爻、六十四卦全体の流れと合わせて見ると見え方が落ち着きます。
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本卦の問い
無妄が出たら、まず何を確かめればよいですか。
動機と時位です。まだ得ていない結果を心の中で先に握っていないか、いま動くのが時に合っているかを見ます。そこが澄んでいれば、行動は力強くて構いません。
悪気はなかったのに責められます。それでも自分の非でしょうか。
善意でも、事実を曲げたり相手の境界を越えたりすれば正から外れます。まずそこを点検し、思い当たらなければ、六三のように他人の事情へ巻き込まれた災と見て構いません。
今の不運は、放っておいてよいものですか。
九五の無妄の疾は、手を打つほどこじれる類いの困りごとです。自分の過ちなら即座に改め、外から来た災なら弁解や処置を重ねず、正しい手順を守って時を待ちます。
無妄が出たら、まず何を確かめればよいですか。開く
動機と時位です。まだ得ていない結果を心の中で先に握っていないか、いま動くのが時に合っているかを見ます。そこが澄んでいれば、行動は力強くて構いません。
悪気はなかったのに責められます。それでも自分の非でしょうか。開く
善意でも、事実を曲げたり相手の境界を越えたりすれば正から外れます。まずそこを点検し、思い当たらなければ、六三のように他人の事情へ巻き込まれた災と見て構いません。
今の不運は、放っておいてよいものですか。開く
九五の無妄の疾は、手を打つほどこじれる類いの困りごとです。自分の過ちなら即座に改め、外から来た災なら弁解や処置を重ねず、正しい手順を守って時を待ちます。
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