高島易断
地沢臨|意味・卦辞爻辞解説
地沢臨䷒:一言で読む 地沢臨は、近づいて責任を持つ卦です。上が下へ臨み、強いものが弱いものへ臨み、事が目の前へ来ます。成長の勢いと、後の衰えへの警戒が同時にあります。 現代語訳 臨は上が坤地、下が兌沢です。地が沢の上にあり、上位者が下位者へ近づくような形です。また大地が沢の水を容れ保つ象でもあります。臨は、上から圧しつけることではありません。教え、養い、監督し、保護し、責任をもって近づくことです。高島は「臨」に、君が臣民に臨むこと、賢否を品別すること、人才を器に応じて用いること、監守することの意味を見ると説きます。
導入
一言で読む
地沢臨は、近づいて責任を持つ卦です。上が下へ臨み、強いものが弱いものへ臨み、事が目の前へ来ます。成長の勢いと、後の衰えへの警戒が同時にあります。
現代語訳
臨は上が坤地、下が兌沢です。地が沢の上にあり、上位者が下位者へ近づくような形です。また大地が沢の水を容れ保つ象でもあります。臨は、上から圧しつけることではありません。教え、養い、監督し、保護し、責任をもって近づくことです。高島は「臨」に、君が臣民に臨むこと、賢否を品別すること、人才を器に応じて用いること、監守することの意味を見ると説きます。
卦の下には二つの陽があり、上には四つの陰があります。下から陽気がしだいに伸び、陰は退き始めています。だから臨には、好機が近づく、責任が来る、上級者や貴人、顧客が近づく、事が門前に来るという読みがあります。しかし卦辞は同時に「八月に至れば凶あり」と言います。勢いが伸びている時ほど、後の転衰を思う必要があります。
実際の読み方
仕事では、機会が近づきます。上司、顧客、責任、案件が目の前に来たら、逃げずに現場へ臨みます。管理では、命令だけでなく、教え、訓練し、支えます。家庭では、親や年長者が子どもや若い人に近づき、話を聞き、保ちます。営業や商売では、来た流れを受けますが、周期反転に備えます。
臨を得た時は、今近づいているものを受け止めること。そして、順調のうちに制度、引き継ぎ、資金、体力、次の備えを作ることです。春に秋を思うのが臨です。
卦辞
一言で読む
勢いが伸びて機会が目の前に来る時ほど、盛りの後の衰えを先に備えます。
現代語訳
臨は大きく通り、正しく守ることが利です。ただし八月に至れば凶があります。つまり、今は成長して通じる時だが、盛りが極まった後の衰えを先に警戒せよ、という字面です。臨には坤の順、兌の悦があり、陽気が下から伸びているので、元亨利貞の道があります。高島は、臨を二月の卦とします。二月は陽気がまさに長じる時です。しかし八月になると陽は消え、陰が長じていきます。凶の道は、盛りの後に伏しています。
「至」は、まだ至っていない時に先に防ぐことです。「有」は、まだ現れていない時に先に慮ることです。凶が実際に目の前に来てから避けようとしても遅い。臨は、好調の時にこそ衰えを読む卦です。
実際の読み方
事業では、今は成長できます。しかし退路、資金、後継、次の商品、契約の更新を先に作ります。商売では、市況がよい時ほど周期反転を見ます。関係では、親近が強い時ほど礼と正を守り、過熱を避けます。管理では、人心が順っているうちに制度を作ります。
臨を見て「吉」とだけ言うのは半分です。前半には成長、接近、感応、得人があります。後半には、盛極必消と防微杜漸があります。この二つを一緒に読むことが臨の眼目です。
彖伝
一言で読む
下から伸びる力が順に応じる時は大きく通りますが、伸びるものはやがて消えると知って備えます。
現代語訳
臨は、剛が少しずつ長じることです。喜んで順い、剛が中を得て応じます。大きく通り正しいのは天の道です。八月に至れば凶があるとは、消える時が遠くないからです。つまり、下から新しい力が伸び、上下が応じる時は通るが、消長の理を忘れてはいけない、という字面です。剛とは下の初九、九二の二陽です。浸は、じわじわ伸びることです。内卦の兌は悦び、外卦の坤は順いです。九二は剛中で、六五の柔中に応じます。ここに剛柔が助け合うことがあります。
高島は、剛がしだいに長じる時、君子は天に応じて行うことができると見ます。しかし剛がやがて消え始める時も、先に戒めなければなりません。これが陰陽消長の天道です。
実際の読み方
人事では、強さと柔らかさを配します。強硬だけなら人を圧します。柔順だけなら守りを失います。組織では、下から新しい力が伸びています。上にいる人は、それを恐れるのではなく、容れ、任用し、正しい道へ導きます。個人では、才気が伸びる時ほど正を守ります。
高島は、寒くなる前に衣を考え、飢える前に食を考えるべきだと言います。悪が現れる前に自ら点検し、邪が盛んになる前に防ぐ。臨の「八月有凶」は、まさに吉の中の予防です。
象伝
一言で読む
人に臨むとは支配ではなく、尽きない教えと限りない保護で近づくことです。
現代語訳
沢の上に地があるのが臨です。君子はこれを見て、教える思いを尽きなくし、民を容れて保つことに限りを置きません。つまり、上に立つ者は下へ近づく時、教えと保護を惜しんではいけない、という字面です。地は高く、沢は低いので、上が下へ臨む象です。しかし地が沢に臨むのは、水を奪うためではありません。水を容れ、保ち、潤いを受け止めます。高島は、臨下の道は教と養の二字に尽きると見ます。
兌には悦びがあります。教えるには、人が心から悦服するような道が必要です。坤には順いと承載があります。養うには、多くの人を載せて保つ厚さが必要です。教えに思いがあり、容れて保つ量がある時、臨は圧迫ではなく徳になります。
実際の読み方
リーダーは、命令だけを下しません。人を教え、守り、成長させます。親や師は、子や学生に近づき、実際の状態を見ます。会社では、研修、制度、安全感、相談窓口、現場訪問を通じて人に臨みます。地域や国家では、下情を上へ通し、報告書だけで民を見た気になりません。
本当の臨は、顔を出すだけではありません。甘い言葉をかけるだけでもありません。長く教え、長く容れ、相手が自分に影響される結果まで引き受けることです。
占断
一言で読む
臨を得た時は、運がしだいに長じ、貴人や案件が近づき、商流が通り、家業が盛んになります。ただし引き延ばし、甘言、盛極の衰えを防ぎます。
現代語訳
高島の占断では、時運は活きた水のように流れ、好運が伸びています。商業では、沢を貨物、地を販売・輸送の地と見て、利は厚く遠く及びます。家宅は水沢の地に近いことがあり、家業が旺じ、財も人も盛んです。戦いでは水辺に布陣し、一時の勝ちだけでなく民が帰服する象もあります。病は命を保てますが長引きやすい。訴訟も長引く恐れがあります。婚嫁は二姓が和合し、長く栄える象です。失物は川岸で探します。
六爻は臨の質を分けます。初九と九二は咸臨で、正と中によって感応します。六三は甘臨で、甘言で悦ばせるだけなので利がありません。六四は至臨で、本当に事へ親しく臨みます。六五は知臨で、人を知り任せる大君の宜です。上六は敦臨で、最後を厚道に収めます。
実際の読み方
案件なら機会が近づいています。営業や販売では、流通と販路に利があります。住宅では水辺や地勢を見ます。協力や契約は、よい時を逃さず結びます。病や訴訟では長期化に備え、計画と忍耐が必要です。
臨は、上が近づくことでもあり、事がこちらへ近づくことでもあります。近づいて来たものをどう受けるか、そして近づいた後にどう責任を持つかが問われます。
初爻
一言で読む
正しく感応して近づき始めるなら、最初の一歩は吉になります。
現代語訳
感じて臨みます。正しければ吉です。つまり、互いに感じ合って近づく時も、正しさを守れば吉になる、という字面です。初九は陽気が初めて長じる爻で、六四と応じます。咸は感です。互いの気が通うことを示します。初九は剛で正を得ており、六四は柔で位を得ています。それぞれが正を守るため、相感して進み、上位の治理を助けられます。臨の始まりで最も大切なのは正です。最初から正しければ、後の臨は圧迫にも迎合にもなりません。
実際の読み方
時運は新しく交わり、正を守れば利があります。商業では、新貨が出て市価も平正、運ぶに利があります。家宅は忠厚中正の家で、吉事が近づきます。戦いでは初めて敵に臨み、大道から進むのがよいです。病は初起なら正気があり速く癒えます。婚嫁は家格と品行が合います。
ある友人の気運占で高島は初九を得ました。四爻には貴顕の象があるが、まだ力が足りず、来占者も初めて会う段階で急いで事を望むべきではない。翌年、九二の咸臨の時を待てばよいと読みました。初九は、近づき始めた時ほど、急がず正感を育てる爻です。
二爻
一言で読む
中正の力で人と感応して臨むなら、吉で不利はありません。
現代語訳
感じて臨みます。吉で、利のないものはありません。つまり、中を得た力で上と感応して近づくなら、吉で何事にも利がある、という字面です。九二は臨卦を成す主です。剛であり中を得て、六五の柔中の君に応じます。初九は正によって感じ、九二は中によって感じます。だから爻辞は特に「吉、無不利」と讃えます。とはいえ九二はまだ下位にあり、任官や任用の浅い段階です。衆陰がすべて服しているわけではありません。上位者がその才徳を感じ取り、時に応じて用いることが重要です。
実際の読み方
時運はよく、貴人の照応があって大吉です。商業では、初回が吉で、二度目はさらに利があります。家宅は福星が臨み、前後とも吉です。戦いでは再び進めば吉ですが、部下の不服に注意します。婚嫁は利があります。訴訟は敗れませんが、すぐ順には進まないこともあります。
金原明善が孫娘の婚配を問うた時、高島は九二を得ました。老母と少女が相臨する象、二五相応の婿入りの象から、速やかに婚姻を成すべきで、時を逃せば三四爻の不利へ移ると読みました。九二は、よい時機が来たら遅れず受けることを教えます。
三爻
一言で読む
甘い言葉で人を喜ばせるだけの臨み方は利がなく、気づいて改めてこそ咎を免れます。
現代語訳
甘く臨みます。利するところはありません。すでにこれを憂えるなら、咎はありません。つまり、甘言で人に近づくだけでは利がないが、それを憂えて改めれば過ちはない、という字面です。甘は人が好む味です。そこから、悦ばせる、取り入る、甘言で近づく意味になります。六三は陰で陽位にいて、中正を失っています。徳で人に臨むことができず、甘い言葉や巧みな態度で人に媚びようとします。
高島は、言葉が甘くても位置が正しくなければ何の利があるか、と戒めます。ただし自分の臨み方が正しくないと知り、恐れ、反邪帰正できれば、咎は長く残りません。
実際の読み方
時運はよくなく、行いも正しくないが、改めれば後運を望めます。商業では、立地や基盤が悪く、甘味や糖業のような象を除けば利が薄いことがあります。家宅は運が悪く、移転が吉になる場合があります。戦いでは営地が悪く、移営がよいです。病では薬が合わず、苦辛の薬を用いる必要があります。婚姻には不合があります。
横浜の沼地を安く買い、後に高く担保へ売って大きな利を得た商人の占で、高島は六三を得ました。一時の利で驕り、甘言や機巧で家政を専らにする象を見て、改めれば咎を免れると読みました。六三は、甘い臨み方ほど早く変質すると教えます。
四爻
一言で読む
人や事実に近づく時は、姿を見せるだけでなく、誠をもって深く至ることが大切です。
現代語訳
至って臨みます。咎はありません。つまり、遠くから眺めるだけでなく実際に近づき、誠をもって臨めば過ちはない、という字面です。六四は君位に近く、柔順で正を得ています。才志はそれほど強くなくても、地位の上下を忘れ、下の初九の剛正の賢に応じます。尊賢尚徳の心が深く、情意が懇ろに至るので至臨と言います。高島は、大臣に善を好む誠があり、自分を誇らず満ち足りず、至誠で賢者に感応し、国事を共に謀る姿として読みます。
実際の読み方
時運では、よい運がすでに来て、位置も当を得ます。商業では、販売・輸送が時を得て、行くところに利があります。家宅では宅位がよく、家業が興ります。戦いでは、時機が来て敵に臨み勝てます。病は危篤に至っても大患を残さない可能性があります。婚姻は相互に喜び、家格も合います。行人はすぐ至り、失物もすぐ得ます。
ある貴顕の気運占で高島は六四を得ました。内卦兌は口、外卦坤は衆であり、世論を聞き民情を量ってから臨事する象と見ました。四爻は柔中の徳で下の剛正に応じ、勢を忘れて賢に礼する至誠があります。六四は、本当に近づくとは、姿を見せることではなく、真実を聞くことだと教えます。
五爻
一言で読む
上に立つ人の知恵は、自分で抱え込まず賢者を知って任せるところにあります。
現代語訳
知によって臨みます。大君にふさわしく、吉です。つまり、上に立つ者が人を知り、賢者を任せる知恵で臨めば吉、という字面です。知臨とは、智慧によって臨むことです。高島は、一人で天下の広さに臨み、自分の知だけに任せるのは不智だと説きます。天下の善を取り、天下の事を任せられる人に任せるのが大智です。六五は柔中で尊位にあり、下の九二の剛中の賢臣に応じます。誰が賢いかを知り、その人を任用できます。
舜が大智と称されたのも、好んで問い、近い言葉を察し、天下の知を自分の知にしたからです。六五の知は、独断の賢さではなく、善を集める賢さです。
実際の読み方
時運は時を得て、よい人の助けもあり、事が成りやすいです。商業では、過去と未来を知り、市況を通じて利を得ます。家宅には五福が臨みます。戦いでは、軍心を得て、彼我を知り勝ちます。病では、良医が病因を知れば癒えます。婚姻は家に宜しく室に宜しい象です。
明治十二年、ある貴顕の気運を占って高島は六五を得ました。五爻は大君の位であり、人臣が自ら居るべきではない。したがって九二をその貴顕と見て、君上に知られて政に臨み、善政の功は君に帰すべきと読みました。六五は、上に立つ人ほど、自分一人の知を大きく見ないことを教えます。
上爻
一言で読む
収束の時は新しい功を争わず、厚い心で人と事を収めるほど吉へ向かいます。
現代語訳
厚く臨みます。吉で咎はありません。つまり、臨の終わりを厚い心で収めれば、吉で過ちはない、という字面です。敦は篤く厚いことです。上六は臨の最後にあります。卦の上爻は過極になりやすいものですが、この爻は厚道で収めます。志は内卦の二陽にあり、尊を屈して卑に従い、高きを降ろして下へ就きます。礼意が篤いので、吉で咎はありません。これは熱く近づく臨ではなく、長く照顧する臨です。
実際の読み方
時運では、好運は尾に近いが、心が忠厚なら過失はありません。商業では内地への販売に吉があります。家宅では、世代にわたり忠厚で、内外が整います。戦いでは、兵糧や兵を増し、内地を守ることを重んじます。病では元気を養い、薬なしで喜びがある場合もあります。失物は室内にあり、本当には失っていないことがあります。
ある友人の謀事占で高島は上六を得ました。臨の極で功業はすでに終わり、別に新しい図はない。だから臨の道にさらに敦厚を加えれば事は成ると読みました。上六は、収束期には新局を争わず、厚く守ることが最善だと教えます。
地沢臨:読みの覚え
地沢臨は、近づいて責任を持つ卦です。相手や案件が目の前に来る時、導く力と、やがて来る退潮への備えを同時に読みます。
近づくほど、責任が増える
臨は支配ではなく、近づいて教え、守り、任せることです。距離が縮まるほど、相手をよく見て、必要な所まで深く至る責任が生まれます。
勢いが伸びる時ほど、八月に至れば凶という衰えの予告を忘れません。盛りのうちに、退く時の備えを作ります。
立てておきたい問い
- 私は近づく相手を、本当に見ていますか。 - 甘い言葉だけで人を喜ばせていませんか。 - 今の盛りが退く時の備えはありますか。
抱え込まず、任せる
管理職、子育て、顧客対応、支援活動では、距離を縮めるだけでなく深く至ることが大切です。上にいる人は自分で抱えすぎず、賢者を知って任せます。
あわせて読む
風地観が見て感化する卦なら、地沢臨は近づいて関わる卦です。地天泰と読むと、通じている時に衰えをどう防ぐかが見えてきます。
本卦の問い
私は近づく相手を、本当に見ていますか。
近づくほど、相手の実情を見る必要があります。自分の善意や期待だけで近づくと、支援が支配になりやすいです。
甘い言葉だけで人を喜ばせていませんか。
臨の優しさは、ただ喜ばせることではありません。必要な教え、守り、任せ方まで含めて相手の前に立つことです。
今の盛りが退く時の備えはありますか。
人手、資金、人気、体力はいつか退きます。臨は勢いの中でこそ、後任、制度、距離の取り方を準備する卦です。
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